第14話 机の上に輝きを②

 日暮れとほぼ同時、諸々の用事を済ませた二人はお店兼自宅に帰ってきていた。


 東部道草街道は夜であっても活気がある。むしろ昼とは表情を変え、酒とご飯を求めた者たちが主役となる。


 アーシスは微かに聞こえてくる喧騒に耳を傾けつつ、リゼッタから預かったオオコガモの羽を眺めていた。


 大きさは普通、形も普通。しかし、心無しか少しだけ重い羽。


 ミルク色でつるりとした羽軸うじくと、規則正しく生えている蒼色の羽枝うしは、それぞれが宝石のように輝いていた。


 そしてよく見ると、羽枝うしの付け根にキラリと小さな粒が――


「綺麗ですよね、すっごく」


 カウンターの後ろにある棚をゴソゴソとしながらリゼッタが言う。


「キラキラしてて宝石みたい」


「それ、あながち間違いじゃないですよ――あ、あった」


 リゼッタは棚から小さな木箱を引っ張り出すと、ソファーに座るアーシスの向かいに腰かけた。


 机に置かれた木箱が気になったアーシスだったが、直前の発言の方が興味をそそられたらしい。


 木箱をから視線を外し、「というと?」と続きを促す。


「アーシスさんは風切羽かざきりばって知ってますか?」


「う~ん……名前を聞いたことがあるくらい?」


風切羽かざきりばは主に翼の先端辺りに生えていて、他と比べて大きく、羽ペンによく使われます。


 そしてオオコガモやその近縁種の風切羽かざきりばを別名、翼鏡よくきょうと言うんです」


「あぁ、さっき言ってたやつね」


 アーシスは観葉植物専門店の前でリゼッタ言っていた言葉を思い出す。


「それでこの翼鏡とやらがどうしたの?」


 アーシスが疑問を口にすると、リゼッタは腕を組み、何度も小さく頷いた。まるで「うんうん、よく聞いてくれた」と言いたげである。


「ずばり、翼鏡よくきょうは魔鉱物で出来ているんです!」 


「……?」


「すごいですよねっ。これこそ自然の神秘!」


 興奮しているのか急に立ち上がったリゼッタ。アーシスはそんなリゼッタを見つめ――


「いやいや、そんなわけないっ。魔鉱物でしょ? つまりは石、羽になるわけない!」


 流石に騙されないぞという気持ちを込め、アーシスは人差し指を突き付けた。


 しかし、リゼッタは動じない。むしろ「やれやれ」と言いたげに肩をすくめている。


「な、なんだよぉ。その世間知らずを見るような目つきを止めて!」


「……い、いや、すいません。そんなつもりはなく」


 リゼッタは咳ばらいをして椅子に腰かける。


「そもそもの話をしてなかったです。まずは魔鉱物について説明します」


「本当に今更だね」


「と、とにかく、聞いてください。まず、魔鉱物の種類は大きく分けて二つです」


 リゼッタはジト目のアーシスから目を逸らしつつ、二本指を立てる。


「大地の魔力由来か、魔物の魔力由来か。鉱物が発生する過程で、必ずどちらの魔力が混じり、魔鉱物は出来上がります」


「……ふむ。つまり、翼鏡よくきょうは魔物由来ってこと?」


 アーシスの問いに、リゼッタは「いいえ」と答える。


「オオコガモは鳥系の魔物でしょ!」


「確かに、オオコガモは魔物に分類されます。けど、これは少し特殊です」


 納得いかない様子のアーシスを宥め、翼鏡よくきょうを受け取るリゼッタ。


翼鏡よくきょうは大地由来であり、魔物由来です。これにはオオコガモの生態が関係しています。


 オオコガモの雌は産卵期、とても性格が獰猛になります。その際は外敵に向かって高速で飛行し、クチバシや翼鏡よくきょうで攻撃するんです。


 でも、命を守るための武器が弱いと群れは全滅。子供を守れません。だから魔鉱物などの硬い物を食べて、武器を硬く、鋭くします。触ってみてください」


「本当だ。全然ふわふわじゃない。毛って感じしない……」


 差し出された翼鏡よくきょうに触れ、ポツリとつぶやくアーシス。


「でしょう」


「じゃ、じゃあさ!」


「はい」


 アーシスが質問の意思を表明するように右手を上げる。


蛍晶石レミリライトを食べたオオコガモの羽は、蛍晶石レミリライトになるってこと?」


「そうですね。ただ蛍晶石レミリライトはそこまで硬くないのであまり食べな――」


「今はそういうのいいから!」


 抗議するようにバンッと机を叩くアーシス。


 先ほど割り込まれた時は普通に受け答えしていたリゼッタが、今回は少しだけ口を尖らせた。


蛍晶石レミリライトを食べたら羽が蛍晶石レミリライトなるなら、それは大地由来じゃないの?


 魔物が間に入ってるだけで、魔鉱物は何も変化してないじゃん」


「……アーシスさん」


 だんだんと熱が入ってきたアーシスの両肩をリゼッタがガシッと掴む。


 すると、アーシスは「ひゅっ」と細い声を漏らした。


 驚きで見開かれた目と、強く睨みつけんばかりの目で見つめ合う二人。


 アーシスが思わず視線を逸らそうとした時、肩を掴むリゼッタの力がさらに増した。


「すっごく、いい質問ですねぇ……」





【一口世界観メモ】

・魔鉱物について

 鉱物が生成される際、何らかの形で魔力が混じり、出来上がる。混じり方は二つで、大地の魔力由来か魔物の魔力由来のどちらか。

 ※鉱物の生成過程で魔力が混じる or 深層凝灰岩などの岩石類を魔物が食べ、糞として排出するなど。


 魔力は世界中、至る所を満たしており、極論、魔鉱物ではない鉱物は存在しない。

 ちなみに、蛍晶石レミリライトは大地由来。

 東部道草街道沿いの教会は、魔物由来の魔鉱物で出来ている。

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