第13話 机の上に輝きを①

 人ごみに消えたリゼッタをアーシスが見つけるのに、たいして時間はかからなかった。


 しかし、人ごみを縫うように進むリゼッタはアーシスと比べて大分小柄であり、二人の差は中々詰まらない。


 結局、アーシスはリゼッタが立ち止まってくれたことで追いつけたのだった。


「はぁっ……はぁ、やっと、追いついた……」


「よしっ、今日はツイてる!」


 人目をはばからずにぐっと拳を突き上げるリゼッタを、アーシスは激しく息を切らしながら見つめる。


 しかし、リゼッタはそんなアーシスには目もくれず、首を逸らさんばかりに曲げ、上を見上げていた。


「さっきの鳥、だよね?」


 アーシスはリゼッタの視線の先、通りに面したお店の軒先にいる鳥の群れに目を向けた。


 数は10匹くらい。頭部が深い緑色で、翼や胴体は白黒の個体と、全体的に茶色で地味な色合いをした固体に分かれている。


 おそらくそれが雌雄の差だろうとアーシスは当たりをつけた。


 それに、身体は丸っこい感じで、各々が軒先で羽を休める姿は非常に愛らしい。


「はい。オオコガモと言って、魔物の一種です」


「魔物……って、危険じゃない?」


「この時期はまだ大丈夫です」


「ギリギリ? 何だか不安……あっ!」


 アーシスが眉を顰めるのと同時、鳥たちが一斉に飛び立った。


 突然のことにアーシスは驚き、遠ざかっていく群れを目で追いかける。


 反対に、リゼッタは鳥たちには目もくれず、未だ軒先を見つめていた。


「行っちゃったけど、いいの?」


 アーシスの問いに頷くリゼッタ。


「もう追いかける必要はありません。それよりも屋根に登りたいですね」


「え、え?」


梯子はしごがあるといいんですが……ちょっと聞いてきます」


 リゼッタは戸惑うアーシスを置いて、目の前のお店に入っていった。



「借りられました」


「とりあえず、すごい行動力っていうのは分かったよ」


 お店から出てくるや否や梯子を掛けはじめるリゼッタ。


「少し待っていてください。ささっと済ませます――あ、これサボテンです。持っててください」


「その、これは……?」


 思わず差し出した両手に乗せられた、鉢入りの小さなサボテン。


「ここ、観葉植物専門店だそうで。お礼も兼ねて買いました。くれぐれも落とさないようにお願いします」


 リゼッタはこの会話ももどかしいと言いたげに、軽い足取りで梯子を上っていく。


 軒先までの高さは大柄なアーシスが手を伸ばしても届かないくらい。頑張ってジャンプしてもギリだろう。


 リゼッタから見れば結構な高さだ。恐怖を感じてもおかしくはないが、そんな素振りは一切ない。


 むしろ、一心不乱に餌に食いつく魚のような勢いだ。


 一体その先に何があるというのか。


 リゼッタの雰囲気を前にアーシスはそんなことを――


「しゃあぁっ!」


「何!? びっくりしたぁ……」


 突如、リゼッタが叫び声をあげ、アーシスの鼓膜を叩く。


 周囲の通行人も何人かが立ち止まった。


 アーシスは耳を庇いながら、軒先に片腕を預けて身を乗り出しているリゼッタを見上げる。


「ありました、ありましたよ!」


「とりあえず、降りてきたら~?」


 今日のリゼッタはキュロットショーパンを履いている。中は見えないが、太ももを含め生足が晒されていた。


 はしゃぐリゼッタをチラチラ見ている者もいるので、降りてきた方がいいだろう。


 アーシスは隣でリゼッタを見上げる中年を手振りで追い払ったのち、リゼッタに呼びかけた。



「見てください、これ!」


「これは、羽?」


 すぐさま梯子を降りてきたリゼッタがアーシスに差し出したのは、一本の羽だった。


 十中八九、先ほど追いかけた鳥が落とした物だろう。


 アーシスがしげしげと羽を眺めていると、興奮気味のリゼッタが口を開いた。


「はい。その中でも翼鏡よくきょうと呼ばれる部分です! いやぁ、この時期に街中で手に入るなんて、追いかけた甲斐がありました。


 相当運がいいですよ、今日は! これも二人分の運が合わさったおかげでしょうか」


「そ、そうなんだ……。いや、まぁ、まったく分からないけど」


 この羽についてまったく知らないアーシスにとって、運がいいと言われても少しもピンと来ない。


 鼻息の荒いリゼッタは反応の薄いアーシスを見て説明したげにうずうずとしていたが、欲求を抑え込むように首を横に振った。


「……詳しい説明は後にしましょう。さっさと用事を済ませて、帰りますよ」


 そしてアーシスの腕をぐっと掴む。


「ん?」


「早くしてください――いいから、早く!」


 状況についていけないアーシスにやきもきしているのか、昨日今日で最も押しの強いリゼッタ。


 アーシスの腕をぐいぐいと引っ張り、声を上げる。


 しかし、アーシスはびくともしない。それもそのはずで、二人の体格には差がありすぎるのだ。


「……」


 アーシスは自身を見上げながら必死なリゼッタを前に、ニヤリと口角を上げる。


「ちょっとちょっと。少しくらいは説明してくれてもいいんじゃなぁい?」


「アーシスさんっ、動いてください!」


「ヤダ。聞かせてくれるまで動かないよ」


 何だろう、この気持ち。湧き上がるこの感覚。アーシスはそんなこと考えつつ、わざとらしくそっぽを向いた。


 そして少しだけ間を空け、チラリと目線だけリゼッタに戻す。


「くぅっ……」


 すると、唸るリゼッタと目が合った。


「ごめんごめん――でも、何を作るのかぐらい聞きたいな?」


 アーシスは腕を引っ張るリゼッタに合わせて歩き出し、問うた。


「え、何で分かったんですか?」


「分かるでしょ。リゼッタがそこまではしゃぐ物、魔鉱物くらいじゃない?」


 きょとんと聞き返すリゼッタにそう返し、「あとはご飯ね」と付け加えるアーシス。


 リゼッタは図星を突かれたのが恥ずかしいのか、さっと顔を逸らした。


「ま、まぁいいです。とにかくですね、アーシスさん。この羽で一点物の羽ペンを作りましょうよ!」


「羽ペン……」


 リゼッタが持つ羽に目を向けるアーシス。


 全体が蒼くキラキラとしていて、とても綺麗な羽だ。


「ん?」


「どうしました?」


 突然動きの鈍ったアーシスを見上げるリゼッタ。


 その問いかけを無視し、アーシスは先ほどの光景を思い出す。


 オオコガモの群れは軒先にとまって羽を休めていた。


 はて、こんな色の羽を持った個体がいただろうか?

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