第9話 蛍と蛍⑤

 ガラス細工。


 雑貨としては定番であり、お土産でもよく見られる。


 商業の街であるルチリアでも類には漏れず、数多くのガラス細工が作られ、売られていた。


 それはグラスであったり、マドラー、アクセサリーなど身近で使う物であったり、何か動植物を象った置物であったりと様々だ。


 つまり、ガラス細工の界隈は玉石混交。


 高価な物から安価な物、丈夫であったり脆かったりと差が激しい。


 その中でどんな人に使ってもらいたいのか等々を考え、客層に合わせた出来の物が作られ、流通している。


 いわば、需要と供給だ。


 街の小さな魔鉱物店。まだ客の入りもない、商業の片隅も片隅で作られたそれは――




「――出来た」


 木製のがくにホタルブクロの花弁を固定したアーシスが言う。


 リゼッタは完成した蛍晶石レミリライトランプをまじまじと見つめ、ごくりとつばを飲み込んだ。


 そして二人は顔を見合わせて――


「お疲れ様!」


「お疲れ様で……ぐふぁ!?」


 リゼッタに突撃したアーシスは彼女の顎を頭で打ち抜いた。


「あぁっ、大丈夫?」


 今回は素直に謝ったアーシス。一方、リゼッタは顎を抑えて目つきを鋭くする。


「っぅ――!」


 眉をピクつかせて今にも声を上げようとしたリゼッタだったが、手が届くところにある蛍晶石レミリライトランプを見て、それをやめる。


「落ち着いてください、アーシスさん。ガラスを割ってしまいますよ」


「そ、そうだね。ちょっと興奮しすぎちゃったかも」


 頭を掻きながらソファーに腰を下ろすアーシス。


「そうですね。それにしても――」


 リゼッタは”ちょっと”と”しすぎ”は同居しないだろとは思いつつ、スルーして話を進める。


「中々上出来なんじゃないでしょうか。リゼッタ魔鉱物店、初の魔鉱物雑貨は」


 ソファーと椅子に深く腰掛け、若干脱力もしている二人の前には、三つの蛍晶石レミリライトランプが並んでいた。


 アーシスは自分たちの処女作を見て、悩むように息を吐く。


「魔鉱物雑貨じゃ語感が良くないんじゃない? ほら、もっと、なんというか」


「いいじゃないですか、分かりやすくて」


 アーシスの指摘にジトッとした目つきで抗議するリゼッタ。


 しかし、アーシスはその視線を無視してぶつぶつと何かを呟いている。


「魔鉱物、雑貨、あとは……魔力? 魔法? ――あっ、魔鉱具は!?」


「……ほぅ」


 思わず、と言った風にもらしたリゼッタ。


「でしょ!? 私、結構こういうの得意なんだよ」


 アーシスはその反応を見て過剰に胸を張り、もはや天井を見ている。


 そんな姿にリゼッタはムッと悔しそうに口を尖らせ、再び蛍晶石レミリライトランプに目を向ける。


 しかし、その瞳にはとても温かい感情が見え隠れしていた。



 ホタルブクロの茎や葉は木を削って作った。


 使ったのはアタカマセイという香木で、微かに柑橘系の香りがして、気分をすっきりとさせてくれる物だ。


 そしてアーシスが加工してくれた花弁には、層状雲石フィロキララという魔鉱物を使ったラメが振りまいてある。


 一つは赤を基調としており、もう一つは緑色、最後は青色だ。


 光に反射して色味を変え、名前通りキラキラとガラスを飾る様は幻想的で、一度として同じ顔を見せてくれない。


 その一期一会さが層状雲石フィロキララの魅力だ。


 ちなみに、赤はリゼッタ、緑はアーシスの瞳のイメージした。


「明かり、つけてみてもいい?」


 疲労が滲む様子ではあるが、わくわくした表情で問うアーシス。


 リゼッタは頷いて立ち上がると、売り場の魔石ランプを片っ端から消していった。中々の手際である。どうやら同じくわくわくしているらしい。


 それに気が付いたアーシスは薄く口角を上げ、「準備は良い?」と問うた。


「……はい」


 アーシスが赤の蛍晶石レミリライトランプにふわりとタッチ。


 すると、じわじわと花弁の中の蛍晶石レミリライトが発光を始めた。


 広がる光は赤紫色。ガラスの花弁が拡散を助け、淡く儚いそれを手元を照らすくらいにはしてくれている。


 しかし、すぐに光は途切れてしまい、店内には暗闇が降りてきた。


「一度に注ぐ魔力の量で持続する時間が変わります。今よりもう少し多くの魔力を、残りのランプにも注いでみてください」 


「分かった」


 アーシスがリゼッタの指示に従うと、今度は深い青色の光が振りまかれた。


 暗闇でゆらめく光は遥か遠い水面。


 まるで海の底から空を眺めているような気分である。


 手を伸ばせばすぐそこにある、身近でありながら雄大な自然を思わせる蛍晶石レミリライト


 魔鉱物の魅力は尽きない。


 だんだんと弱くなっていく光を眺めながら、リゼッタは改めてそう思った。


「次行くよ~」


 アーシスの弾む声が闇から聞こえてくる。


 随分と楽しんでいるようだ。


 物思いも許してくれないなとリゼッタが思っていると、今度は優しい緑色が顔を出した。

 

「これ、私は一番好きかも」


 淡く照らされたアーシスの表情が緩む。


「懐かしい感じですか?」


「よく分かったじゃん」


「まぁ、何となくです」


 感心するアーシスから視線を外し、リゼッタは緑色の光を見つめた。


 机に広がったそれはまるで草原を思わせるようで、そうなると中央に置かれたランプは世界樹だろうか。


 世界樹はルチリアから遥か遠く、馬車でも何年かかるか、というくらい大陸の奥地に聳え立つ大樹だ。


 その周りは草原。一年中緩やかな気候で、凶暴な魔物もいないと聞く。


 まるで楽園のような場所だ。


 リゼッタは目を閉じ、見たこともない楽園に思いを馳せる。


「――思い出した」


 ふと、アーシスが呟いた。


 目を開いたリゼッタは、黙ったままアーシスを見る。


「昔、旅人に教えてもらったの。このホタルブクロのこと」


 (そう言えば、既視感がある的なことを言っていたっけ)


「私が生まれるよりも前の頃。まだ魔法が体系化されてなかったくらい昔の話。この花の中に蛍を入れて、明かりにしてた人たちがいたんだって」 


 リゼッタはじっと花弁の中の蛍晶石レミリライトを見つめる。


「……綺麗ですね」 


「うん、すっごく」





「あの……さ」


 机に広がったゴミなどを片付けているリゼッタの背に、遠慮がちな声がかけられる。


 リゼッタはくるりと振りかえると、声の主であるアーシスに向けて首を傾げた。


「どうしました?」


 すると、アーシスは恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻く。


「言いたいことがあるならはっきりと言ってください。らしくないですね」


 掃除の手を止め、リゼッタは腰に両手をあてた。


「ランプ、売るんだよね?」


「はい」


「そうだよね」


「そうですよ」

 

「あの、ね」


「はい」


「せっかく作ったんだけど、ちょっと……欲しいかな、なんて」

 

「いいですよ」


「やっぱダメだよね……っていいの!?」


「急に叫ばないでください! 耳元で!」


 詰め寄られたリゼッタは一歩下がり、眉を吊り上げる。


「ごめんごめん。でも、いいの?」


「問題ありません。第一、この三つはもともと売り出すつもりはありませんでした」


 机に置かれた三つの蛍晶石レミリライトランプをチラリと見るリゼッタ。


「あなたが作ってくれた型がありますからね。材料さえあれば同じ物が作れます。


 それに、せっかく作った第一作目ですよ。自分で使った方がいいです。部屋に置いて、たまに眺めながらニヤニヤするのもオツだと思いませんか?」


 リゼッタはそう言ってアーシスに背を向けると、緑色のラメが振りかけられた蛍晶石レミリライトランプを手に取った。


「これはアーシスさんの物です」


「ありがとう、リゼッタ!」


 差し出されたランプを受け取ったアーシスが微笑む。


「……喜んでくれたのなら、何よりです」


 リゼッタはそれだけ言うとさっとアーシスに背を向け、掃除を再開したのだった。





【一口世界観メモ】

蛍晶石レミリライト

 魔力を流すと淡く発光する魔鉱物。

 火山帯ならどこでも大量に採れ、安価。

 「オレンジ以外のすべての色がある」と言われるほどに色のバリエーションが豊富


層状雲石フィロキララ

 魔鉱物の中でも脆い方で、薄く層状に剥がすことが出来る。

 層状雲石フィロキララは総称で、緑雲石や青雲石等、種類が多い。

 細かく粉末状に加工し、ラメとして使うことが多い。化粧品や絵具に混ぜて使うのが今の流行り。

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