第8話 蛍と蛍➃

「まぁ、いいけどさ。でも一々驚いてたら進まないからね? エルフの魔法はそういうの多いよ」


 アーシスの言葉にリゼッタが頷く。


 実際、その通りで、エルフの魔法は他種族の魔法と比べて種類が多く、それぞれが洗練されている。


 ルチリアは多種族が入り乱れる街で、生活に根付いた魔法も様々だ。しかし、浮遊魔法は中々お目にかかれるものではない。


 日常生活にまで広まっている物ではないし、そもそも人族で見れば浮遊魔法を使用できるのは一握り。他の種族も同様である。


 ちなみにドワーフは魔法が使えない。魔力を感知できる者もいるにはいるが、魔法を使えるまでには至らないのだ。


 故に鍛冶を極め、ドワーフと言えば鍛冶と言われるまでになったわけだが。


「――ここからちょっと集中するから、声かけないでね」


 最後に浮遊魔法を見たのはいつだったかと記憶を探っているリゼッタに、アーシスが言う。


 リゼッタが若干遅れて頷くと、アーシスは目の前の天然ガラスに視線を落とした。


 そして浮いている天然ガラスの下に手のひらを上に向け、左手をセット。


 ――おもむろにその手のひらに小さな炎が宿った。


 ふっと息をかければ消えてしまいそうなほど小さい、まるで種火のような炎。


 しかし、確かにそれは熱と光を発しており、消えてなるものか言わんばかりに揺らめている。


 アーシスがゆっくりと炎を握り込む。


 火傷する、と瞬間的に思ったリゼッタは目を見開くが、アーシスは顔色一つ変えずに再び手を開いた。


 すると現れたのは白い炎。


 先ほどまでの赤みは一切なく、より眩しくなったそれは動きを止めずに天然ガラスの中へ入っていく。


「綺麗……」


 リゼッタは思わず呟いた。


 椅子から腰を浮かし、その光景を目に焼き付ける。


 何故炎が中に入ったのか、そんな疑問は既に吹き飛んでいた。


 透明な魔鉱物の中で炎が燃えているという、神秘的な現象にただただ目を奪われるのみ。


 鉱物の中に囚われた小さな世界。


 ここではない、幻想的で未知、そして唯一の世界。


 リゼッタは魅惑の塊にあてられて頭が一杯になっていた。


「――あっ」


 しかし、その世界はすぐに崩壊してしまう。白い炎が明滅したと思った瞬間、天然ガラスがどろりとその姿を変えた。


 蜂蜜のように粘性を持ったそれはゆっくりと机に向かって手を伸ばすが、追ってきた光の帯が捕まえてしまう。


 後に続き固体を保てなくなったそれらも光の帯が余すことなく捕まえると、天然ガラスは綺麗な球体に姿を変えた。


 あちこちが角張り、光を乱反射していた姿が想像もできないほど綺麗なまん丸である。


「――」


 アーシスがまた何か呟いた。


 すると今度は左の手のひらから細かい砂が、右手の人差し指の先にはさっきも見た水球が現れる。


 アーシスが右人差し指を一振りすれば、水球は空中を滑るようにして机にこんもりと山を作った砂の元へ。


 そして砂の山に落ち、みるみると吸収された。


 続いてアーシスは花瓶を目と鼻の先まで寄せ、ホタルブクロの花弁を食い入るように見つめる。


 360度全体を嘗め回す姿に、リゼッタは「何だか変態みたいだな」と思い始めた矢先、視界の端に何か動く物を捉える。


 砂だ。


 先ほど水球を吸い込んだ砂が粘土状になり、アーシスがかざした左手の下で形を変え始めていた。


 驚くリゼッタを置いて、砂は生きているかのようにうごめいている。さながらスライムのようだ。


 至る所――稀に街中でも見かけるスライムは、粘体の魔物。


 基本はぶよぶよとした球体をしているのだが、その辺にある物と同じような形を取っている姿をたまに見かける。


 鉱山に入る者の間だと、大きい魔鉱物が表出していると思って近づいたらスライムだった、というパターンは鉄板トークだ。


 何かを形どる最中の様子は見たことなかったが、こんな感じなのかもしれない。


「危ないよ」


 ふと、アーシスが言う。


 いつの間にかリゼッタは身を乗り出しすぎてしまっていたようだ。


 天然ガラスを包む光の帯がリゼッタの前髪を捕えようと接近してきている。


 リゼッタはばっと上半身を逸らし、しっかりと椅子に座りなおした。




「出来た。こんな感じでどうかな?」

 

 アーシスが作業を開始してから十数分、リゼッタの手のひらには砂で出来たホタルブクロがあった。


「……違いが分かりませんね。完璧です」


 リゼッタはそれを崩さないよう、慎重な手つきで確認する。


 まさに精巧。植物に関して大した知識の無いリゼッタから見れば、シルエットは本物も砂の花弁もまったく一緒であった。


 しかし、


「これをどうするんです?」


 リゼッタは出来上がったそれの中を指さす。


 そこは花弁の裏側。めしべやおしべがある部屋である。


 その部分が砂で埋まっているのだ。


 綺麗な鐘の雑貨を見つけて手に取ったら、肝心の鳴る機構が無くて拍子抜けだった、という感じである。


「まぁまぁ、とりあえず見ていてよ。今からガラスにしちゃうからさ」


 疑問符を浮かべるリゼッタにアーシスはウィンク。すると砂のホタルブクロに光の帯が伸びてきた。


「うわっ」


 砂のホタルブクロは光の帯に包まれると同時に浮遊し、驚くリゼッタの手から離れる。


 そしてそのまま浮遊する天然ガラスに突っ込んだ。


 とぷん、と音が聞こえてきそうな勢いで天然ガラスは砂のそれを飲み込んでしまう。


 状況はまだまだ動く。


 一度飲み込まれたしまった砂のそれはすぐ、突っ込んだのとは逆側から出てきた。


 液体の天然ガラスを纏って。


 ここまできてリゼッタはアーシスが何をしていたのか気が付いた。


 砂のホタルブクロはいわば模型。


 砂で事前に形を作っておき、それを溶けた天然ガラスにくぐらせ、ガラス製の花弁を作ったのだ。


 いくつもの魔法を操作し、短時間で綺麗なガラス細工を作ってしまう腕。リゼッタはその技術に舌を巻いた。


 長い寿命の暇つぶしとでも言いたげな雰囲気だっただけに、衝撃が大きい。


「ありがとうございます。お給金は弾ませてもらいますよ」


 模型のホタルブクロをゆっくり旋回させつつ、何やらいくつかの魔法で微調整を始めているアーシスに言うリゼッタ。


 すると旋回するそれからは目を離さずに「ありがとねー」と返したアーシス。

 

 そろそろ、完成が見えてきた。





【鉱物コラム】

 ・粘土は鉱物?

 粘土。文字通り、粘り気がある土のことです。土器の素材というイメージの人も多いと思います。

 そんな柔らかい土である粘土、実は鉱物なのです。

 土壌学的に言うと、粘土は風化によって2μm以下の大きさになった鉱物の粒子。ちょー雑に言えば砂です。海水で濡れた砂って言いようのない硬さになりますよね。触り心地、粘土に似てませんか(雑)。

 ちなみに、粘土の主体は層状ケイ酸塩という鉱物なのですが、その中に雲母きららがあります。結晶体の雲母は粘土ではないですが、同じ成分なのにまったく性質が違うところ、面白いと思います。

 詳しくは検索してみてください。

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