第十一話「診断」
一体何故、村長はこのタイミングで訪ねてきたのか?
トーマとリカルドの間に緊張が走ったのは言うまでもないだろう。何せ、今日一日でナビが村のあちこちや村長宅を秘かにスキャンしていたのだ。
ナビのことだからバレるような下手は打っていないだろう――そう思いつつも、やはり不安は残る。この大神村に隠された秘密は、何一つ分かっていないのだから。
「まずは一献」
離れに備え付けの野趣溢れる盃に、村長が手ずから酒を注いでいく。
いつもの濁り酒と思いきや、酒瓶から流れ出るのは血のように赤い液体で、トーマ達の背筋に思わず冷たいものが走った。
「……この薫りは、まさか赤ワインですか?」
「如何にも」
リカルドの言葉に、村長が首肯を返しながら盃を寄こす。
なみなみと注がれた赤い液体からは、確かにワイン特有のかぐわしい薫りがした。
「ゴサクとマンタに」
そう呟いてから、村長が盃を一気に呷る。トーマとリカルドはお互いに目配せをしてから、それに続く。
――毒の一つでも入っていそうにも思えるが、ナビというこれ以上ない証人がいる場所で、銀河連邦所属の二人を毒殺する理由もない。そう判断したのだ。
「……これは中々、上等な赤ワインですね」
「やはりそうなのか。残念ながら、この手の酒の良し悪しはよく分からんのだ」
「こいつも村で作ってるのか?」
「まさか。今この村では、ブドウの栽培さえやっておらんよ。これは外の商人が、頼みもしないのに置いていったものだ」
手酌で二杯目を注ぎながら村長が答える。
「外の商人」というのは、トウリが言っていた二人組のことだろう。
だがトーマ達は、初めて聞いたというような顔をしてみせた。
「外の商人ですか。この村も交易を?」
「そんな大それたものではないがな。自然農法による作物や天然素材の織物と引き換えに、マテリアル・キューブ等を融通してもらっているのだ」
「あー、なるほど。今じゃ天然ものの繊維は珍しいからな」
銀河連邦で流通している服の殆どは合成繊維製だ。地球の一部ではまだ養蚕による絹の生産や植物由来の繊維の製造も行われているそうだが、トーマもリカルドも実物を見たことは少ない。
「自給自足の村ならではの特産品という訳ですね」
「ああ。……もっとも、一部の品物は生産が絶えて久しいがね。昔は養蚕もやっていたそうだが、私の代には既に廃れていてな。今ある絹織物は、古いものばかりだ」
「養蚕! へぇ、実物を見てみたかったものですねぇ。……どうして廃れてしまったんですか?」
「養蚕を担っていた一族が誰もいなくなってしまったのさ。流行り病で、大人達がぽっくり逝ってな。残された子ども達が文献を頼りに続けようとしたのだが……」
――様々なトラブルが原因で文化の継承に失敗し、失われてしまう。この手の閉鎖的なコミュニティにはありがちな問題だった。
地球時代にも、他と隔絶した生活を送った結果、人知れず消滅していった文化や民族が多々あったそうだ。
「他所から住民を募るとか、そういう話は無いんですか?」
「無い。それも村のしきたりで禁じられている。もっとも、流れ者がそのまま住みついたことは何度かあるようだがな」
「流れ者……。俺達みたいな遭難者とかか?」
「まあ、そんなところだ」
村長はいつになく饒舌だった。顔色は全く変わっていないが、もしかすると既に酔っぱらっているのかもしれない。
――だからなのか、村長は意外なことを言い出した。
「時に、トーマ殿は娘と親しいようだな」
「ほ、ほえ? ええと、いや、それほどでも……?」
「隠さずともいい。ホタルが異性にあれだけ興味を持つことなど、今までになかったことだ。あれも年頃ということなのだろう」
思いを寄せる異性の親に恋心がバレていること程、気まずいことはない。
トーマの顔色は赤くなったり青くなったりと、実に忙しなかった。
だが――。
「短い付き合いだが、トーマ殿が善人だということは私にも分かる。だがな、トーマ殿。ホタルは我が一族の後継者だ。あれには婿を迎え、血筋を残してもらわなければならん――連れて帰ろうなどとは、考えないで頂きたい」
「それは……ホタルさんの意志とは関係なく、か?」
「そうだ。――愚かなしきたりだと笑われるかもしれんが、村にとっては死活問題なのだ。我ら一族はオオカミさまより血を分け与えられ、村の統治を任された。我らの血が絶えるということは、オオカミさまの加護を失うということなのだ」
「……オオカミさまの血を分けられた? それは初耳ですね」
不意に村長の口から飛び出した新たな「言い伝え」にリカルドが色めき立つ。
ホタルについて話を続けたかったトーマとしては、いい迷惑だった。が、こういう時のリカルドは止まらない。
「神から血を分けられたなど、文明社会からやってきた方にみだりに話すものでもないのでな。精々が鼻で笑われる」
「いやいや、とんでもない。一族の権威付けの為に祖なる神と混血するというのは、太古の昔からポピュラーに行われてきた知恵の一つですよ。それによって統治をスムーズに行うことが出来る。実に理に適っています」
「そ、そうなのか」
早口でまくし立てるリカルドに、流石の村長も少し引いているようだった。
「けど、村長。モモト君だって、オオカミさまの血を引いているのでは? 彼が跡取りでは駄目なのですか?」
「……残念ながら、モモトには後継としての資格がないのだ。あの子には、一族の血があまりにも薄く伝わってしまった」
「身体が弱いことを言っているのなら、大人になればきっと、もっと丈夫になりますよ」
「そういうことではないのだ……ホタルでなければ、私の後は継げんのだ」
どうにも取り付く島がない。どうやら、村長を説得してホタルを村から連れ出すのは無理らしい。
だが、実のところ村長の許しがあったところでホタルを連れ出すのは難しいのだ。
「まあ、村のしきたりは尊重しますよ。それにね、村長。仮にホタルさんを連れ出そうと思っても、実は不可能なんですよ」
「え、どういうことだリカルド!?」
「ちょっと、どうしてトーマがそんな反応するのさ。――村長はワープ航法を御存じですか?」
「もちろん。超空間を利用した、超光速航法のことだろう」
「ええ。実はですね、現在のワープ航法には一つ問題点があるのです。安全上の問題で、ナノマシン移植を受けた者しか利用出来ないんです。これは銀河連邦法で定められています」
――初期のワープ航法は安定性が低く、多くの犠牲者が出ている。その多くが、ナノマシン移植を受けていない人間だったという。
その名残で、今現在もナノマシン移植者以外のワープ航法の利用は禁止されていた。
「もちろん、今からでもホタルさんにナノマシンを移植すれば連れていくことも可能です。けれども、新生児以外へのナノマシンの移植は、数か月から数年を要するのが通常です。ところが、僕らは船が直るまでの間しかこの惑星への滞在が許可されていない。とても間に合いません」
「なるほど。つまり、いくら私が許そうがホタルが望もうが、村から連れ出すことは出来ない、ということかね」
「そういうことです」
トーマの恨みがましい視線を受けながらも、リカルドが断言する。
もちろん、長期の滞在が許可されれば可能性はあるのだが、リカルド達にも仕事というものがある。数か月も足止めを食らう訳にはいかないのだ。
リカルドの言葉に満足したのか、村長は残りの酒を呷ると「そろそろお開きにしよう」と言い出した。
「え、もう帰るのか? というか、用事は……?」
「異なことを言う。最初に言っただろう? ゴサクとマンタを偲んで、と。葬儀は八日後だ。もしその前に宇宙船が直っても、二人の葬儀が終わるまでは滞在を許そう――ではな」
言うや否や、村長は確かな足取りで離れを出ていき、去っていった。
慣れのなせる業だろうか、外は真っ暗闇なのに明かりすら持っていない。
「あのオッサン、酒飲んで娘のことで釘を刺すだけして帰ってったぞ? 一体何がやりたかったんだ。警戒した俺達が馬鹿みたいじゃないか」
「ふむ。案外本当に、ゴサクさんとマンタを偲びたかっただけなのかもよ?」
やれやれと肩をすくめるリカルドは、どこかご機嫌な様子だった。どうやら、村長の持ってきた赤ワインがお気に召したらしい。
一方のトーマは対照的にお通夜ムードだ。言わずもがな、ホタルとの恋愛に死刑宣告を下されてしまった為だ。
「なあ、リカルド。ホタルさんのこと、本当にどうにもならないのか?」
「ん~。ナノマシンのことを除いても、惑星の首長である村長さんの意向に逆らって連れて行ったら、下手をすると誘拐で訴えられるしねぇ……」
「そこはほら、銀河連邦裁判所に人権侵害で訴え出れば、勝てる可能性もあるじゃないか。だから、問題はやっぱりナノマシンなんだよ。せめて、ホタルさんの適性値が高ければさ。確か、ドラケ号にはナノマシン移植セットの在庫があったろ?」
銀河連邦所属の航宙船には、万が一乗組員が体内のナノマシンを喪失等した時の為に、ナノマシン移植セットが備え付けられている。
トーマはそれを言っているのだ。
「もちろんあるけど。……なに? ホタルさんの適性値を調べたいの? 別に、調べるだけなら本人の同意を取れば違法じゃないけど――仕方ないな。ナビ、村長にバレないように、ホタルさんのところへ行ってきてくれるかい?」
『了解しました』
「えっ、おいおいおい、今行くのか?」
「早い方がいいでしょ? それに、村長もお酒が入ってて多少は鈍くなってるだろうし、やるなら今夜だよ」
一度決めるとリカルドはトーマよりも遥かに頑固だ。しかも今は、酒が入って少し気も大きくなっている。
結局、そういうことになった。
そして――おおよそ一時間後。ナビが戻ってきた。
『ホタルの同意を得られましたので、ナノマシン適性値を計測してきました』
「ご苦労様、ナビ。で、結果はどうだった?」
『リカルドの眼鏡に数値を転送します。ご確認ください』
ナビが肉球でリカルドのマルチプル・スーツに触れる。スキンシップという訳ではなく、接触通信を行っているのだ。
そして、リカルドの眼鏡には望遠機能以外にも、ディスプレイ機能もある。
「ふうむ、どれどれ……? っと、これはこれは……ほうほう」
「な、なんだよ!? 一人で納得してないで、俺にも教えてくれよ!」
「個人情報だからね。医師資格がないトーマには、おおよそしか教えられないんだ。だから、ざっくりした話になるけど……ホタルさんの適性値は驚くほど高い。数か月どころか数日で移植が完了できるレベルだよ」
「え、マジか!?」
「うん、マジもマジ。ドラケ号の治療ポッドを併用すれば、更に早くなる可能性もあるね。ははっ、これは論文に出来るケースだな――ナビ、ホタルさんにもこの結果を伝えてあげて」
『了解しました』
リカルドの指示を受けて、ナビが再び離れから出ていく。
「ホタルはこの結果を喜んでくれるだろうか?」等と、ぼんやりと考えながらもリカルドには一つ懸念があった。
(それにしても、この数値。適性値が少し高すぎるね。まるで予め、ナノマシン移植の為に調整したみたいな数値だ……もしかして、この村の人間特有の事情があるのかな?)
リカルドは、何か漠然とした不安のようなものを感じながらも、小躍りして喜ぶトーマを前に、その不安を口にすることが出来なかった。
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