45Peace 「休憩と信仰」
「
クレア嬢はそう言った。
つまり、また音楽が流れ出すわけだ。
分かっていて、それでも受け入れがたい……お休みという指示。
一刻も早く神父を白黒と確かめたい気持ちの、叶わない悔しさが、時間をかけて正しい決断の餌食になっていく。
レイピアの剣心が胸の前で震える。
素肌の露出した鎖骨とのラインで綺麗な十字架のようにも見える。
葵い長髪と汗が肩を滴って火照り、蒸気が立つようだ。まだ肩で息をしている。
姿勢は整って、視線は常に木人の全身を捉えている。
動きは女性特有のしなやかさを備え、しかし力の扱いを知っているように素早い、重心移動も早い。しかも的の中心を外さない。
「シタンッ」
きちんと、特性から不安定なハズの切っ先が中心を射抜く。
狂気的に低く、下から低く素早くて重たい一撃。
特訓を始めて2日目でこの完成度だ。きっと俺が投げナイフを教えている近接も精鋭な兵士たちを相手にしても、まずまずの立ち回りができるだろう。
期待が高まる。
「どうだ? アタシの弟子は?」
よく通る声と、スリットが入った青いチャイナドレスがタイトにスタイルを浮かび上がらせる。
振り向いて姿を見る前に、俺の顔とほとんど変わらない高さから声がかかる。この現象が可能なのは、ジェシカ以外に俺は知らなかった。
「なんというか、すごいです」
上手く形容できない歯がゆさが、ノドを突く。
俺は少し遠くから、軍敷地内で武器の特訓をするグレイを見ていた。
訓練を見に来ていた。
「というと、何が言いたい?」
セリフを濁されたと思ったのか、単にイジが悪いのか、詰められることに慣れていない俺は余計に、考えがまとまらない。
「……レイピアってこう、もっとコツとか体幹とか、複雑なものだと思っていました」
グレイは、柔らかい金属の細く長い剣心を持った武器レイピアを、的になる木人の中心に向かって特訓をしていた。
グレイがもっとも適性を持つ武器は、どうやらレイピアのようだった。
「それは当然だ」
あまり完結な言葉にどちらの意味かと思った。
「なぜなら、彼女は神に愛されている」
俺は、それを聞くと思い出すことがあった。
「それは聞きましたよ、クレア嬢から」
つい畏まった言い方をしてしまう。
「だな。時間遡行を繰り返していたそうだ。と聞いているよ、ご同様に」
「ご同様に」この語が恐ろしくない範囲で鋭く余韻を持っていた。そして曖昧なニュアンスを隠さないんだなクレア嬢は。
「すみません「神に愛される」というのは、どういう現象なのでしょうか? でも、神様は神秘であっても一方に加担することはないんじゃないでしょうか?」
「一度に複数聞くなバカモノ」
見れば、腕を組んだまま俺と同様にグレイの特訓を眺めていた。
「そうですね、俺は父に教わった昔から、個人的には神様という生き物は見るだけで何もしてくれない存在だと。考えていましたが」
「実際に愛するなんて有り得るのでしょうか?」
コレは、俺の中で噴流を持つ悩みに似た存在でもあった。今の俺の力は、いったい正体をどこに持っているのだろう。脳内で、クレア嬢と大穴で戦った時の、猫の唸りと蛇の視線を思い出す。
――クトゥルフ神話とは?
前置きが短く。
「私は多神教のギリシャ神の徒であるから、論点が寄るが」
と言い、こう続けた。
「それは、あのロザリオ信仰の、まぁ信仰を一手に集め過ぎてしまった為の、十字架的放置信仰の産物じゃないのか?」
十字架的……というのはキリストのことを暗に揶揄しているのかと思った。少し
それはそれとして、一つの解釈だろう。
「つまり言いたいのは、神が自ら放置しているから、そういう考えにさせているのでは、という皮肉な宗派の乖離を指摘しているのか……ですか?」
言い直す。
ジェシカの言葉は、クレア嬢のセリフよりは分かりやすい。
「察しがいいな、シアンの愛弟子が務まるだけはある」
「まなでし?」
凄まじい違和感でジェシカを見た。
「なぜっていうとシゴかれてるじゃないか? まさか自覚してなかったのか?」
中枢区病棟の戦いを見られていなのだろうか? やはりあそこは目立つ。
「あの魔女に気に入られていることに」
魔女。ジェシカのセリフはいちいち鋭い。
「魔女はジェシカさんの方では」
鋭いと思うが、似合うのはこのジェシカじゃないのかと思った。なぜなら、俺を氷と空間の祈念魔法と策略でしかも余裕でハメ倒したんだから。
「いいや、私よりあちらの方が魔女さ」
「だって一万年を生きてしまってもまだ、犠牲を払って教育をくれるんだから」
ジェシカは気まづくなって視線を外したようだった。そうさせる事情があるらしかった。
「実際、アタシはシアンに畏怖と感謝を感じているよ」
俺は首をかしげた。
「犠牲」とはなんの事だ。
「犠牲ってなんですか?」
聞く。
「おいまて、聞いていなかったのか?」
「バチンッ!」
その瞬間。昼の空が青白く染まった。蒼電が爆発を起こした。
「おい! 疲れたら休めと言ったよな!」
さっきまで眺めていたジェシカが走っていく。
見ると、
なぜそうなるかは想像がついた。
レイピアは、まず剣の軸を知らなければいけないし、戦っていればその時々に変わる体勢とを合わせた重心を掴まなければいけない。
これが初歩で必須の技術になっているから、投げ道具を得意にする俺とは、系統が少し違う。つまり、凄い。
特訓に熱中すると、つい変な力が入るのも分かる。疲労も考えれば……似たことを昔、相棒といる時にやらかした記憶がある。
銃に例えれば、過剰使用で熱が篭って、熱が原因で弾詰りをしたまま射撃の判断が遅れて暴発する。そんな図が想像される。
俺は結局この一時しかグレイの特訓を見ることがなかったが、この一時だけでもグレイがどれほど追い込んでいるかが分かった。
それほど、神父様やガキどもとの関係を大事に思っていたのだと、決意が伝わってくる。
犠牲とは何か。
ニュアンスとして現在も継続されているのか、だとしたら児童失踪事件への関連性があるのかもしれない。
それから、他には何が考えられる。
クレア嬢はどんな犠牲を払って教育を施しているんだ。表情から見たら、時間や労力といったベクトルの話ではないだろう。
まだ長く続くようだった。
そして俺は、信仰と信仰の種類ごとに違うかもしれない「神の愛」という曖昧なものを。
知る度に未知が増えていく心地の悪さ、クレア嬢にまつわる犠牲の意味と、多くを未解決にしたままその場を離れた。
俺はその足で、自分が教える兵士たちの訓練場に来た。
今はロングロードを投げさせても20mの射程を持つようになった、まさに選りすぐりの精鋭だ。
所属を辿れば、
名を、投擲武器強化演習課程。たいそうな言い方だが、つまり「投げナイフを頑張りましょうの会」だ。
投擲角度の計算式は銃と似ている。そのため、止まった姿勢で動く的を撃つには俺でも出来る。
それも百発百中の精度ではない。反動の制御と精密さを両立して立ち回るのは至難だからだ。
一方で俺が操るナイフには、あらゆる苦手を許さない精度がある。街人の命を預る立場として兵士たちにも、同じ精度を求めている。
対吸血鬼、対災害用訓練が主になっていたが、グレイの証言があった影響でも、対テロ対暴力団に向けた非殺傷的な遠隔技術として投げナイフを扱う訓練を行うようになった。
始めたのは昨日からだ。
非殺傷ナイフといえばアウトドアナイフやレスキューナイフがある。今はこのレスキューナイフを採用した訓練を行っている。
これは主に山岳救助に使われる刃物で、アーミーナイフ(収納型ナイフ)とは少し違い、抜き身の刃のまま多機能なところにある。
主な特徴は先端にかえしがついていて丸くなっている。だから刺せないし、両刃だが一方からは切れない。ノコギリや木材の皮を剥ぐことが出来る。
殺傷能力は刃を当てた時、包丁のように奥に押し込むことで、柄に近い場所でやっと切断できる。
「先生! 戦いませんか?」
そう声をかけてくれたのは「エマ・ウィンストン」で、雰囲気がどことなくニノに似ている。子犬のようなニノという気がする。
「エマ、戦う? 何で?」
「そりゃー、腕試しというわけです」
エマはまっすぐに見つめて言う。
「私たちは先生に教わりました。成長をみせたいのです!」
威勢がいいことを言うものだ。
「成長を、というからには諸君の得意な近接戦闘ではないという意味でいいのかな?」
「いいえ違います!」
胸を張って言った。
「失礼どういう意味だろうか」
俺はできるだけ、この兵士たちとの関係は雄弁な態度で接するようにしている。
そこで、他の兵士も話に参加する。
「それは決まってますよ、公平ではなくて平等に試させてくださいよ――先生?」
ニヤニヤしたふうに不穏なことを言うコイツは「パブロフ・ラ・トリー」イタズラ好きの猫。
こいつが倉庫の備品を全部、一晩で家に持ち帰ったことがあった。
キャラクター的にパブロフの方がクセが強いが、忠誠心の強いエマも困りもので。
なぜそう思ったのか、頼んでもいないのに空腹にならない俺の為にラー油漬けの揚げ鶏を5kgも買ってきたことがある。
あまりに大金を自腹で切ろうとするから、半分を持ち帰らせて、半分を辛いもの好きのローラにあげることで全てを、経費で支払わせたことがある。
「どうですか? 先生」
強引な流れに、一旦考え込んでいた俺に追い討ちがかかる。
「どう平等にするんだ?」
パブロフが先に答える。
「先生は、600年を既に戦ってきたのだと存じています」
んー、ほとんど眠りコケていたけどな。と思うが言わない。
「それならば、先生はレスキューナイフを使ってください」
今度はエマが言う。
「そして私たちは2人で、きっと全力を尽くしてみせます」
「まて、つまり諸君は普通のナイフということか!」
俺は少し狼狽してみせる。
「本当は、投擲と言わずにガス射出式を使いたいところですが、タクティカルナイフで挑ませてもらいます、カバーはありませんよ!」
あまり清々しい言い方に、俺はおいおいと笑ってやる。
「先生は吸血鬼だから、やりすぎてもやりすぎないで済むんで、勉強させてくださいよ」
ニヤニヤと、気休めくらいのお世辞を付け足したみたいだ。
「分かった。そうやってあんまり吸血鬼を怖がらなかったら、俺は力任せに噛み付くかもしれないぞ?」
言うと、2人はびくっとイヤな想像をしたのか一歩引いてしまう。
「しゃー」
と俺は口にある2本の牙を見せて、両手で爪を立てるようにイカにもなポーズをする。
冗談だということを敢えて遠回しに伝えるつもりのポーズだが。まだ戸惑っている。
パブロフはニヤリとしたまま固まっているし、エマは気遣うような変な顔をしている。おおかた、遠回しに断られているのかと逡巡しているところだろうか?
それぞれの遠い都市での吸血鬼災害で、故郷を離れて来た過去のある2人にはまだキツかっただろうか。
「おやおや!」
誰かと思えば、この雀のような声はきっとローラだろう。
「なんだ、立派な
ローラはニヒリと笑ってスタスタと、施設の外階段を降りてくる。
最近、ローラはグールのスタンピードの対策もあってこの遠護隊になって遠出をすることがなくなっていた。
それだけ危機が迫っているということだ。つまりウチウチの問題を抱えている場合ではないのだ、神父様の件は早く解決しなければいけない。
「俺を動物みたいに言わないで」
自分で言って、誰が言ってるのかと自責があった。
「そんなことはいいんだよ、なぁ諸君?」
ローラは大袈裟な笑いを作って軽口を言った。それで2人はやっと戸惑いを解いた。
ローラは背の低い姿で、2人と同じ土を踏んで現れた。
「おはようございます! はいそんなことは何でもいいと思いますローラ遠征隊僚長!」
「おはようございます! はい! 先生は寮長の子犬でございますよローラ遠征隊寮長!」
2人はそれぞれにゴマを磨る。
エマはエマらしく子犬のようにしっぽを振り、パブロフはそれらしく俺を罵る。
「そうだよなー」
ローラは満足そうに頷いた。
「じゃあ、この、誉れ高い、優秀兵が2人も相手をしてくれるんだから、ティネスくんは、戦ってくれるよねー?」
見るからに楽しそうだ。
楽しそうに、からかうローラは、街に来た時のニノとディミトリのように、肩をからめてペシペシと叩いた。
勢いに押されて、俺はその戦いを承諾した。
あとで聞いたが、どうやらローラがああやってペシペシと叩くとき、決まってプレート鎧のパーツが壊れてしまうらしい。
ローラにはなんにも適わない気がする。
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