第22話 巣立ち
『すみやかにターゲットを確保せよ。ただし殺してはならない。殺しはなしだ。繰り返す。殺すな』
秘書がマイクを通してヨコハマドセンタン研究所の施設内すべてに向けて繰り返した。
建物外の警備員が駆け足で地下へと続く階段に走る。
待機中だった警備員が銃を掴んで立ち上がる。
何人もの武装した警備員が、大挙してクイーンたちのいる地下へと向かっていた。
※※※
「二人とも、元気なのはいいが後にしなさい。敵が来る」
折れた肋骨の痛みに耐えながら、ホワイトは抱き合う姉弟に声をかけた。抱き合ってからすでに十分間が経過していた。声をかけても反応は返ってこない。明らかに二人の世界に没入していた。
「コレカラ、ドウスル? クイーン」
ジャックが体を離し訊ねた。クイーンの前髪を親指で搔き分けながら金色の瞳を覗き込む。
クイーンは弟の金色の瞳を見つめながら答えた。
「あいつを倒そう。もう逃げない。ここで逃げたら、あいつはあたしたちと同じような子をもっと作る。そんな事は絶対にさせない。今日で終わらせる。手伝ってくれる?」
クイーンは部屋で眠る産まれてこなかった兄弟たちのことを思い胸が痛んだ。少し違えば、ガラス容器に浮かんでいたのは彼らではなく自分だったかもしれない。液に浸かり濁った目をしながら浮かぶ兄弟たち。彼らの、命を弄ぶあの怪物を討て、討って敵を取れ。そんな言葉が聞こえてくる気がした。
「アア、ヤロウ。終ワラセヨウ。オレタチノタメ、彼ラノタメニ」
ジャックが頷きを返した。
「ドウヤラ、アチラカラ来テクレルミタイダ。クイーン、ココハ任セテクレナイカ」
部屋に接近してくる敵の足音がジャックの耳に届いた。ジャックはこの場を自分に任せるようクイーンに言った。敵を引き付け、その隙にホワイトを逃がすようにも頼んだ。
「わかった。先生を安全なところに連れて行ったら戻ってくる」
だが、ホワイトは姉弟の会話に異議を唱えた。
「待て。二人を置いて自分だけ逃げるなんてことできない。私も一緒に行くぞ!」
大声を出したホワイトは背中を丸め痛みに震えた。骨折した肋骨のせいで呼吸をするだけで激痛が体を駆け巡る。
「そんなざまでどうするつもり? こっちは大丈夫だから先生は先に逃げて」
「いやだが、しかし」
「先生ハ怪我ヲシテイル。ココニイテモ邪魔ニナル。先生モ分カッテイルダロウ」
姉弟は揃ってホワイトに施設から逃げることを求めた。怪我人を抱えての戦闘は姉弟には負担が大きかった。ホワイトが安全なところに移動すれば、姉弟は思う存分にその力を振るうことができる。
そしてそれはホワイト自身もよくわかっていた。今の負傷状態では自分は足手まといにしかならない。それならば一足早くこの施設から脱出するのが最良だ。そう頭ではわかっていた。だが同時に、二人が決着をつけるのを見届けたいという気持ちをあった。アキハマが子どもたちを逃がしたのは正しかったのか、自分は彼らにひどい生き方を強いてしまったのではないのか。様々な感情が渦巻いていた。だがそれはわがままだ。身勝手だ。
「わかった。私は先んじて脱出をする」ホワイトは渋々了承した。
これは子どもたちが決めたこと。彼らの選択。彼らの復讐だ。ホワイトは、育ての親として子どもたちの帰りを待つことを選んだ。
「二人とも、これだけは約束してくれ」
ジャックとクイーンの首に腕を回し顔を近づけ、ホワイトは言った。
「どんな怪我でも治してやる。だから、かならず生きて帰ってこい。約束だ」
姉弟は静かにうなずいた。三人は身を寄せ合い。しっかりと互いの存在を肌で感じた。
帰る場所がある。待っていてくれる家族がいる。ホワイトの存在は、クイーンとジャックを大いに勇気づけた。
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