第13話 クローラー
「あんたは、タカミ!」
クイーンはショットガンを構えた。武装警備員がタカミの壁になり銃を構える。双方微動だにせず睨み合う。
間を置かずホワイト医師が息を切らしながら追いついた。
「はあはあはあ、くそっ」
ホワイト医師は地面を見ていたかを上げた。その顔が露骨に不快感をあらわにする。
「タカミ?」
「ああ、そうだ。久しいなホワイト。生きているなら連絡の一つよこすべきだろう。それがなんだ。まさか出来損ない二匹をちょろまかして飼っていたとはな。驚きだ」
「あんたこそ変わっていない。人を人とも思わない性格の悪さ。前から嫌いだったよ」
タカミが肩をすくめた。
「そうだろうな。私も、その割り切りのできなさには辟易させられた。だが、それも今回きりだ。君にはここで死んでもらう。そして、アルファ実験体、通称ヒメコ。お前は再び檻の中だ」
言い終わると、タカミは指を鳴らした。それを合図に、白い壁の一部がせり上がり口を開けた。
ズン、ズン、ズン
重く緩慢な足音を響かせながら、灰色の体色をした、ワニのような生き物が、壁の中から姿を現した。
独房に囚われていた時に、別の独房にいた生き物だと、クイーンは気づいた。だが、その正体は不明だ。身体的特徴の大半はワニのようだが、細部が異なっている。本や映像で見たことのある姿とは異なっていた。
「こいつはいったい何なんだ!」
ホワイト医師の疑問に、タカミは嘲笑うように答える。
「これはウェポナイザーベータの一体。クローラーだ。私が作った。いわば、そこの娘の兄弟だ。お前たちが消息を断った後も、研究自体は続いていたんだよ。研究所の火災にアキハマの死。挙句の果てには成功に最も近かった実験体が喪失。わかるか? この七年、大半のデータが失われた状態で、私が、この私が陣頭指揮を取って再現に努めてきた。その苦労が、廃墟同然の下町で町医者をしていたお前に、わかるか⁉」
タカミの感情に呼応するように、クローラーが動き出した。
武装警備員たちは臨戦態勢をとるが、ホワイト医師やクイーンには攻撃を加えなかった。今この場で攻撃を担うのはクローラーの仕事だ。
クローラーがワニにしては長い手足を回して突撃してくる。それをクイーンとホワイト医師は左右に回避。
ホワイト医師が銃の引き金を引いた。弾丸がクローラーの背中に命中した。だが、硬い灰色の皮膚は弾丸を皮膚表面で受け止めた。弾丸が小さな音をたて床に落ちる。クローラーがくすぐったそうに全身を振った。尻尾がホワイト医師の足を掠めた。ズボンの脛がぱっくりと切れた。ホワイト医師は、冷や汗を流しさらに距離をとった。
「どうだ! そいつには尻尾や四肢に鋭利なウロコを持たせてある。触れれば縫合不能なほどに切り裂くぞ!」
その言葉と同時にクローラーが横転を始めた。一トン近い体重に迫られ、ホワイト医師も横に転がり逃げる。
ホワイトを助けようと、クイーンがショットガンをクローラーのさらけ出した腹部めがけて発射した。弾丸が弾力のある白い皮膚に食い込んだ。しかし、弾丸はクローラーの皮膚を突き破らず、変わりに電気ショックをその体内に向けて放った。
「はあ⁉ 何よこれ!」
予想していたものとは異なる挙動をした弾丸に、クイーンはおもわずショットガンを確かめた。なんと! 銃のセーフティ装置付近に、スタン弾装填モデルの注意書きがあるではないか!
クローラーはほんの数秒動きを止めた。そして顔を振ると何事もなかったかのように再び動き出した。
〈今の武器じゃ太刀打ちできない。どうしたらいいの⁉〉
ショットガンに装填された弾丸はスタン弾があと一発。使いどころはよく考えなければならない。
クローラーがその顎でクイーンをかみ砕こうと飛び掛かる。その素早い動きから、回避することは不可能と判断したクイーンは、ショットガンの銃身を掴んでタイミングを待った。大口がクイーンを捉える。
ここだ。このタイミングしかない。クイーンは作戦もなにもなく縦に持ったショットガンを直感的にクローラーの口へ突っ込んだ。ちょうどつっかえ棒のような役割を銃は果たす。思いがけぬ抵抗に、クローラーが口を開けたまま戸惑うような仕草をした。だがすぐに、クローラーの万力のような顎力が、ショットガンを易々と嚙み砕く。同時に、クローラーの全身に電流が駆け巡った。低い唸り声をあげ、巨体が地面に伏し倒れる。
ショットガン内に残っていたスタン弾が、クローラーの顎力を加えられて暴発を起こしていた。
「硬い皮膚を持っていても、中まではそうもいくまい。いいぞ、ヒメコ! 畳みかけるんだ!」
絶体絶命のなか、予想外にも怪物のノックダウンに成功したクイーンに、ホワイト医師は興奮気味に追撃を促す。
「はあ⁉ ここからどうしろってのよ!」
「わからん。だがやりようはあるはずだ!」
何も分からぬ。だがとにかく動かなければならない。クイーンは立ち直ろうとするクローラーの口を踏みつけながら背中に乗った。
腰のムチが舞う。そして獰猛な声を上げていたクローラーの口腔内に乗馬のハミのように渡された。
クイーンが背中を踏みつける。クローラーはシルバのように走り出した。その進行方向には武装警備員。さらに後ろに立つタカミが慌てて逃げだす。武装警備員たちは職務を果たそうと銃を構え迎撃姿勢をとる。しかし生物兵器の動きが先んじる。警備員たちは引き金を引く暇もなく、ボーリングのピンのように吹き飛ばされた。ストライクだ!
警備員たちは、吹き飛ばされ切り裂かれ息も絶え絶えの状態になりながらも、反撃を試みる。そこにさらにクローラーの突進が畳みかける。全身凶器の生物兵器に対処する術を、彼ら警備員は持たない。
「しまった!」
クローラーが体を大きく背中をうねらせた弾みで、クイーンはムチを手放してしまった。背中にしがみつこうとするが、掴みどころのない背中の皮膚に手が滑り、投げ出されてしまった。制御を失ったクローラーは壁に激突。クイーンは受け身を取って床に転がった。
「バカな! どうしてこうなる。おい! 立て!」
タカミが悲鳴のような声を上げて、警備員たちに動くよう命じる。だが誰からも反応が返ってこない。
「この、役立たずどもめ! こいつもだ! 何がウェポナイザーだ。失敗作め!」
タカミは壁にぶつかった状態で沈黙するクローラーの体を何度も蹴った。
「やめて!」
クイーンは自分に怪訝な表情を向けるタカミから視線を外さず立ち上がった。
「やめろだと? おかしなことを言うな。さっきまで自分を害そうとした化け物を庇う。自分のしていることが妙だとは思わないのか?」
「思うわよ。でも、たとえ怪物でも、抵抗できないやつが痛めつけられるのは気に食わない」我ながらおかしなことをしていると思った。タカミに蹴られる怪物を見て、自然と声が出ていた。理由はわからない。とにかく無性に腹がたった。
「義憤か? 人でなしが偉そうに人間の真似事など!」
タカミが懐から拳銃を取り出し、クイーンに向ける。
「この銃に入っている弾は特別製だ。近づいてみろ。お前のような人造生物にはてき面に効くぞ」
勝ち誇ったような顔をしながらタカミがじりじりと後退する。
「ぐわっ!」
一発の銃声がすると、タカミは拳銃を落として手を抑えた。
「そんなことをさせてたまるか」
不自然に跳ねるような歩き方でホワイト医師も近づいてきた。弾丸を発射した後の薬莢が床に落ちて軽い音をたてる。
「大丈夫?」
引きずる足に、クイーンは気づかいの言葉をかける。
「避けた時に捻っただけだ。それより、こいつはどうする。殺すのか?」
タカミに銃を突き付けながら、ホワイト医師は訊ねる。クイーンの復讐心は承知しているが、それでも彼女が元同僚に直接手を下すところを見たくはなかった。それを許すくらいならば……
「私がやろうか。わざわざ君が手を汚す必要はないんだ」
ホワイト医師の言葉を聞いたタカミの肩がびくりと震える。この場でおのれの生殺与奪を握るのが目の前の男女二人であることを、彼は理解した。
「いい。今はまだいいわ」
クイーンは複雑な気持ちになりながらホワイトを静止した。目の前にターゲットの一人がいる。絶好の機会だ。だが……
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