第10話 警報
「そうだ。この部屋のどこかに……あった。読み取りはここで、更新」
ホワイト医師は、かつて自身がこの部屋でセキュリティカードを更新させた事を、満ち足りていた頃の記憶から思い出した。やる気のない警備員に指示されて、部屋の右側に置かれたセキュリティ機器を操作していた覚えがある。
ホワイト医師はショルダーバッグから当時のセキュリティカードを取り出した。
〈念のため持ってきてよかったな〉
手順を思い出しながら、セキュリティカードを読み取り機に挿入して、セキュリティレベルを選択。そして警備員から奪ったカードを別のスロットに挿入して更新のボタンを押す。
〈あとは機械がやってくれる〉
コンピューターの低い作動音が鳴り、カード情報の書き換えを開始する。一分と待たず、セキュリティカードの更新が完了した。
〈これでいい。待っていろよ二人とも〉
カードを手にして部屋から出ようとした時、廊下から足音が聞こえた。ホワイト医師は扉の陰で息を潜めて足音が遠のいていくのを待った。複数人の足音。誰かを探しているような様子だった。
〈車の中を見られたか。急がなければ〉
自分の存在が発覚することは時間の問題だ。その前になんとしても子どもたちを解放する。
〈まずはヒメコを解放する。そのあとに、ジャックを探しだす!〉
足早に廊下を進み、ラボエリアへの入り口にたどり着いた。カードリーダーにカードを近づけようとしたその時、強い力で肩を掴まれた。施設内が静まり返っていたにも関わらず気配もなにも感じなかった。
驚きで反応が一瞬遅れたホワイト医師は、ラボエリア入り口ドアから引き離され投げ飛ばされた。
壁に叩きつけられた衝撃で歪む視界に、ゆっくりとした足取りで近づいてくる女が映った。前髪の一部が白くなった若い女性。警備員にも研究者にも見えない。ホワイト医師と同様、施設の雰囲気からは浮いた存在だ。
逃げ出した空気を取り込もうと喘ぎながら、ホワイト医師は女に銃を向けようとした。女がホワイト医師の手を蹴りつける。銃が手のひらから逃げ出し床を滑っていく。
「こちらアッシュ。侵入者を見つけた」
敵対者の女、アッシュは、床に倒れるホワイト医師から視線を外し、どこかに連絡を始めた。
「そう。ラボエリアに入ろうとしていた。誰かよこして。あ、ちょっとどこ行くのよ」
這いつくばりながらも、ホワイト医師はラボエリアを目指す。打ち付けられた全身の痛みに耐えながら、拳銃を取り戻した。壁に手をついて立ち上がり、アッシュに狙いをつけて引き金を引いた。
ホワイト医師を追いかけていたアッシュは、素早く身を隠して銃撃を回避した。その隙にホワイト医師はラボエリアの扉を開錠して内部に逃げ込んだ。
アッシュが閉まりかけた扉の隙間に飛び込もうと走り出す。だが間に合わない。扉はアッシュの目前で完全に口を閉じた。
「はっ、はっ、はっ、どこだ! ヒメコ、どこにいる!」
「先生? こっち、こっち!」
部屋に響いたホワイト医師の声に気づいたクイーンが、自分を閉じ込めている強化ガラスを叩き呼ぶ。
「よかった。ケガはないか? ここから出るぞ」
「待ってよ。なんでここにいるわけ。それにジャックがどこにいるか知っているの?」
「話している暇はない。早く出るんだ。……ジャックのことはわからない」
ホワイト医師は警備室で見た監視映像を思い出した。壁一面のモニターのいずれにも、ジャックの姿はなかった。どこかカメラのない場所に拘束されているのかもしれない。しかしゆっくりと調べている時間はない。
ガラスの開閉ボタンを操作すると、クイーンを閉じ込めていたガラスの隔壁が天井に収納される。
「ヒメコ、君だけでも連れ出す。ジャックのことは後で考える。そうするしかない。仕切り直しだ」
「何それ、できない。置いていくなんてできないよ!」
クイーンが抗議する。
「早く着替えなさい。移動する」
ホワイト医師は畳まれていたクイーンの服を押し付け着替えるように言った。
施錠したラボの入り口から、シュウシュウと金属を焼き切る音が聞こえる。それほどゆっくりとはしていられない。
ホワイト医師はメモリドライブ内データのアップロードに取りかかった。
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