第49話 呼子鳥


神田専務カンカンとの情報交換は、あくまで

オフ飲みの態だった。担当こそ違え

本丸役員である彼から何某かの情報を

得たいという目論見があったのは

間違いないが。

 実際、余りにもすんなりと行内限の

情報を開示され、戸惑いはしたものの

頭領の墓前で鉢合わせた  が

即ち信用するに値した。




髙佰たかつかさの 死人返し は、まさに

 そのものだった。



御簾の向こう側にはが広がって

いると言っていたが、儀式当日の

生者は  となる。

 実際には使用人たちが補佐するが

面布に『忌』の一文字が書かれた

左前の使用人たちは皆、生者ではなく

死者の位置付けなのだろう。


 そしてもう一人。

      死人返しの


だがこれも又直ぐに彼岸の者になる。

自らの余命を以て死者をこの世に

呼び戻すのだから。



一方、死者の魂は 呼子鳥よぶこどり に導かれ

屋敷の中へと迎えられるのだが、


  これが又、すこぶ


 屋根裏の妻側から  が

裏庭へと降ろされて、開け放たれた

裏木戸の外にまで延ばされる。そして

竹藪の『冥府の井戸』にまで達すると

井戸の中へと垂らされる。


死者の魂は、幽かな虎鶫の声を頼りに

黒い縄を辿って神隠屋敷へと入り、

天井裏の『髙佰御庾たかつかさのみくら』で黄泉返りの

御神託をける。


呼子鳥、というのはぬえの別名で、

一般的には虎鶫トラツグミの一種だと言われて

いるが、鳴き声がエグい鳥だ。


新たな余命を逆宣告された死者の魂は

天井裏から座敷へとくだり、自らの亡骸に

再度、戻るのだという。





「いやぁ…まるで想像がつかないね。

話だけ聞くと、単なる 怪談 だ。

少なくとも、外資系製薬会社が入り

込む様なネタは見当たらない。」

当惑顔の神田専務カンカンが言う。

「トチ狂って オカルト部門 でも

立ち上げるんなら別ですけどね。」

かさず田坂がそれに追従する。

流石は元法営の第一部長付きだ。

「オカルト部門ねぇ…まあ、可能性は

無きにしも非ずだろうけど、当分は

無理だろうね。」冗談とも本気とも

言えない調子で神田専務がグラスに

残ったコニャックを呷る。



髙佰の 死人返し は、あくまでも

を蘇生させるものであって、今

まさに風前の灯火である命に対しては

何ら効力を発揮しない。そこが最大の

問題なのだ。



「そういや、御神託を下すのって。」

神田専務に新しい酒を渡しながら

田坂が思いついた様な声を上げる。

「俺、てっきり祀られてる神が直に

神託を下すモンだとばっかり思って

いたんだが…違うのか?」

「アホなのかよ田坂。ソレが巫覡の

役割に決まってンだろ。」「巫覡?」

「恐山のイタコみたいなモンだ。

方法は様々ではあるが、神と対話する

大事な役割なのは間違いない。」


井戸の底から 該当する魂 をピック

アップするのも、逆余命を告げるのも

死者の命数を司る泰山府君とは別の


 異質な  だ。



「それが 首佰公主 と呼ばれる

歴代の  って事?

藤崎君が言ってた、死んだ後に代々

当主の頭蓋骨を祀る、っていう。」

流石は神田専務カンカン。伊達に魑魅魍魎の

跳梁跋扈する本丸には住んでない。

「話からするとそういう事でしょう。

神格を与えられて、って言って

いましたから。」「…神格を、ね。

だけど何故、頭蓋骨?」


 神田専務カンカン、興味津々だな。


「…真偽の程はよく分かりませんが、

死人返し を継続して執り行う事で

次第に 死穢 に蝕まれ、生きながら

朽ち果てて行くんだとか。で、何故か

最期にが残る。それを代々

合祀して行くそうです。」

「……ッ。」田坂のカオ。この世の

終わりみたいなカオすんな。


「ふぅん…日本人って、どういう訳か

首が好きだよね。櫻岾の『護摩御堂』

然り、『将門の首塚』然り。尤も、

これは日本人だけじゃないのかも

知れないけど。」一方、神田専務は

全く動じる素振りもない。

「…だけど先方は廃業したい、って

話だから…その頭蓋骨をどうにか

しなければいけない。そこは内々に

徳永先生とかに相談するとして…。」

神田専務は言うや、手に持っていた

グラスを置いた。


 寧ろ、目紛めまぐるしく何かを考えている。


「その 死人返し には小夜呼の他に

死者の格好をさせられた使たちも

参加する、って言ったよね?」

「…そうですが?」彼女は座敷で

請願者と、蘇生させたい 屍体 を

前に、一歩も家敷を出る事はない。

 って、くだんの『冥府の井戸』から

死者の魂を連れ出す為の注連縄の

取り扱いやらは、全て 使用人 に

任されるのだ。



「…おかしいと思わないか?」「?」

「まあ、色んな不確定要素はこの際

置いておくとしてさ。」「……。」

「幾ら 死者の をさせられて

いるとしても。一体どういう原理で

使用人は死穢を免れられるの?」

「…!」「身体を蝕んで、首だけを

残す程の強い負荷、言い方を変えると

死の 呪い が加かるのならば。

寧ろ何の力もない使用人達の方が

先に死にそうなモンだろう?」

「それは…確かに。」


「根本は使用人として二重就労して

いたんだよね?」突然、話の頭に戻る

神田専務カンカン。存外このヒト、切れ者か?

「…でも。死人返しは二十四年前を

最後に行われていないとか。」

「それ、根本からの情報だよね?」

「はい。」「最近の資金の流れは

巧妙だから。二十年前みたいに

出入りに乗って来たりはしないよ。」


言うや、頭領オヤジの戦友は



 暫し考え込んだ。


 





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