第38話 北極星、ビビる
「……。」藤崎が話し終わってから
暫くは、重苦しい沈黙に支配されて
いた。いやいや、俺だけでねえべや。
隣に座る岸田なんか、俺の方さ寄って
来ては小刻みに震えてるしょ。
やめれって、マジで。
藤崎が、本州に戻ってから。
猫魔岬は俄に忙しくなって行った。
筧所長らのプロジェクトが加速して
一番の目玉である『海中レストラン
深淵』の落成式があって。それと
並行して、札幌から来た百目木教授の
調査を手伝ったり。
俺自身、神社方面以外での仕事が
増えて行ったから、まさか藤崎が
これ程のヤバい案件抱えてるとは
知らなかったべや。
だけど、よ。
「…一応、宮司には伝える。したけど
そんな奇怪なモン、祓えるかどうか
わかんねぇぞ?確かに猫魔大明神は
太古の昔から海を治める神だが、
言うて 海神 だ。」「…だよな。」
奴の表情は、半ば途方に暮れた感
マシマシだ。相変わらず美形だけど。
「泰山府君てのは、道教の神様だろ?
山本の知り合いの台湾道士に何とか
話つかないか?」田坂が言う。
「山本?」「あ…山本さんていうのは
今の藤崎さん達の部下で。元々は
海外事業部で台湾にいたんです。でも
PB拠点事業の為に呼び戻されて。
普通の人なんですが、何て言うか
名前が物凄く長くて…藤崎さんと同じ
属性の人です。」ご丁寧に、岸田が
説明を加える。最後の 一言 で、
大体わかった。
それにしても。
俺を空港で出迎えた、畠山って
同期だという、藤崎の部下。
まさかの 死人返し を
張本人で、今日明日にも貰った命の
期限を迎えるというのだから、流石の
藤崎も神仏に
「…ていうか、オマエ馬鹿なのか?
聞いてたのかよヒトの話。あくまで
泰山府君はダシに使われてるだけ!
名誉毀損で髙佰を訴えてもモンクは
言われねえ立場だろうが。」呆れ顔の
藤崎が田坂に言うが、大体この後の
展開は 不毛な小競り合い だ。
「まあ待てや! 泰山府君の祭 は
日本でやった、って『今昔物語』に
逸話が載ってるだけだべ?」
「あ、それ!僕も知ってます。」突然
岸田が話に入る。多分、コイツなりに
少しでも怖さを希釈したいと思って
いるのが見え見えだべや。
「平安時代の不思議な話が載ってる
ムック本みたいなやつですよね!
実は、紫式部は河童だった…とか。
藤原道長をバールの様なもので
叩いて脅してたとか…。」
嬉しそうに言う岸田。コレ、マジで
否定してやればいいのか、それとも
乗ってやればいいのか。
「俺も大学の一般教養で習ったそれ!
マジだったのか…紫式部イコール
河童説!」「……。」ふじさき。
「…で、整理すると、だ。」流石は
田坂。立て直しが素早い。
「もしかすると泰山府君はガセかも
知れない、って可能性があるなら
西園寺の件はワンチャン行けるかも
知れない。」「…!」
「だが、これがマジで泰山府君の祭を
巧みに組み込んで編み出された所謂、
複雑怪奇な 呪法 であるならば。」
田坂が一旦、言葉を切る。
「現時点ではもう執行者がいない。」
「しかも先代小夜呼は、自分の娘に
小夜呼 を継がせたくなかった。
出来る出来ない以前に 死人返し の
作法自体がわからねえ、ときた。」
藤崎が何事もなかった様に、後を
引き継ぐ。
「したけど、何でだ?娘に巫覡の
素質がないって分かったからか?」
「…まあ、それもあるだろうけど。」
藤崎が整った眉尻を下げる。
「髙佰は、或る種の システム だ。
天海の傀儡として、歩き巫女の少女が
小夜呼として据えられた、ってのは、
つまりは そういう事 だ。」
「どういう事だよ?」田坂がすかさず
言う。「…歩き巫女ってのは、当時
各地を転々としながら、春を売る事も
あったらしい。」「…。」
「有り体に言えば、富裕層向け売春を
特別な 通過儀礼 として、絶対的な
運命共同体を造り上げる。そこに
死者蘇生を組み込んで、余計に強固な
秘密結社化したのが 髙佰 の正体だ。
単なる富の独占だけならまだ理解は
出来るが、仲間意識もここまで来ると
狂気的だ。相互呪縛と神秘主義まで
ぶっ込んで来るとは…。」
周りの喧騒が、全く意識の中に入って
来ない。髙佰家というのは想像以上に
忌わしい。それどころか ──
「…その結果、産まれた子供のうち
能力のある女児だけが髙佰に残り、
新たにシステムの中心となる訳だ。」
「…そんな。」岸田が声を上げる。
「巫覡の血を色濃くひく少女達は名を
改め 小夜呼 と呼ばれ、
運命共同体、つまりは会員の為だけに
死人返し を執り行い…次第に死穢に
蝕まれ朽ち果てて行く。」「…ッ。」
余りの悍ましさに、もう流石に誰も
口を挿まなかった。
「先代の小夜呼は、あの竹藪の神隠し
屋敷ではなく、別宅で娘を育てた。
髙佰の使用人達…例の陰気な奴らは
娘の所在を探したが見つけられず、
漸く探し当てたのは先代の死後だ。
当時、まだ幼かった小夜呼は突然
髙佰家当主に祀り上げられた。」
「…変な事を聞く様だが、小夜呼に
子供はいないのか?」田坂が言う。
「さあな。本人は いません と
言っていた。それにハナから自分が
最後で、事業承継はあり得ないと。」
どの道、正攻法では埒があかない。
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