第15話 太白星、刮目


まさかの話が飛び込んで来たのは

俺らが髙佰の 神隠し屋敷 に初めて

凸った表敬訪問の翌々日の事だった。

 それは、西のPB拠点長らと共に

富裕層顧客への挨拶廻りやら諸々で

東京を留守にしている小田桐さんから

遠距離で俺にもたらされた。


つまり小田桐さんも今聞いた、って

事なんだろう。


東京法営業第一の部長付だった田坂が

いきなり蒔田部長に振られた使

本来 別の者 が持って行く筈の

書類を届けさせられたのだが、その

別の者、名前を 根本慶樹 という。

 急遽、休職扱いになったとだけ

聞いていたのが、何と行方不明に

なっているというのだ。


『神隠し屋敷』から税額資産評価の

依頼を受けて、それをお抱え税理士に

伝えた迄は良かったが、その直後に

ぷっつり消息を絶っていた。

 個人情報保護の観点からも、銀行の

イメージ的にも公にはしたくなかった

事情は理解するものの。


これ、マジでじゃねえか。


俺の中で今も密かに燻り続けている

漠然とした不穏が、ここに来て急に

デカくなったのは言うまでもなく。

小田桐さん自身も髙佰家に対して

不安を感じているのが俺にもハッキリ

理解出来た訳だ。


莫大な資産原資は、どういう手段か

分からないが、死人を生き返らせる

その 対価 であるのだと、当主の

小夜呼が堂々と断言している。


 人を殺して莫大な対価を得る事の

謂わば、逆張り。


逆だから良し、という訳には決して

行かないだろう。ましてや世のことわりにも

反している。ホラー小説ならいいが、

これが現実となると笑えない。

関わった人間が一人のだ。


 まさに、反社じゃねえのかよ。




「…まぁ、有体ありていに言って現状、そんな

感じだ。」「え。」西園寺が小さく

声を上げる。「…。」山本五郎左衛門

為時は何も言わずに僅かに眉を顰めた。

「俺は隠し事とかしたくねえから。

一応、俺らが受け持つ顧客に関わる

情報は、つまびらかにしておく。」

「でも。居なくなった、というだけで

髙佰が関わっていると決まった訳でも

ないのでは?」山本が言う。

「それな。だが藤崎も俺も全くそれを

。」田坂が

淡々と答えるが、コイツこそ全く何も

知らされずに税額資産評価を持って

行かされたんだから、気の毒な事だ。


「…とりま、暫くは田坂と俺とで

竹藪往訪するから、オマエらは…。」

「ちょっと待って下さい拠点長!」

西園寺が声を上げる。「あ"?」

「いえ…大丈夫です。」ちょっと俺

怖かったかな。田坂が無言で睨んで

来やがる。いや、わかってるって。

俺も無言でヤツに主導権を渡す。


「森専務や蒔田部長は知ってたんだ。

つまり、上の判断はと。だが

もし仮に、根本の失踪に髙佰家が

絡んでいたら…考えたくもないが、

相当難しい綱渡になる。藤崎も俺も

お前らを守る義務がある。」「…。」

いつになく真剣な表情でヤツが言う。


何が難しいか、って。若手の育成。

任せるの任せないの以前に、先ずは

自分の 事 を叩き込む。

コンプライアンスは命綱だ。それが

出来て、初めて数字のハナシになる。


「そういえば、藤崎さん達が行った

時に、髙佰小夜呼から肝心の宿

出されなかったんですよね?」山本が

尋ねる。「…ああ。」


最初の話では 相談事 があるとか。


「法人絡みの相談事だって言うから

俺が蒔田部長の代理で行かされた。

この手の富裕層にありがちな事業の

承継ならばと、法個売買や資産運用も

視野に入れて藤崎の話をしたんだが。

確かに、何も言って来なかったな。」

「まあ、初めましてのご挨拶だし。」

言った側から自分の言葉に途轍もなく

 違和感 を覚える。


俺は今まで、顧客と無駄話だけで

終えた面談があっだたろうか。何か

必ず  は持たせる。若しくは

宿として持ち帰る。それを旨として

十年以上やって来たというのに。


何やってんだ、俺。

 あんなまやかしに踊らされるとは。


「…分かった。お前ら手分けして

髙佰の『死者蘇生』について、又は

『卜占』について調べてくれ。」

「…え。」「承知しました!是非とも

僕にやらせて下さい。」真逆の反応。

まあ、普通は戸惑うよな。

「山本、オマエすげぇやる気だな。」

「勿論です!そういうの、元から

大好きだし得意ですから。」「…。」

何だよコイツ、満面の笑みで。流石

人事評価履歴のオープニング画面に

『百鬼夜行』動画を作る強者だ。


「それから…髙佰への大口の移動も

相当過去から遡って調べて欲しい。

取引振り から見えてくるモンも

あるだろうから。因みに、だ。

振込みとは限らないし、寧ろその

可能性の方か低いだろう。」

「それは私が!」西園寺も負けじと

声を張る。漸くやる気になったか。

「田坂は…。」「ああ、分かってる。

皆まで言うな。」皆も何も。まだ俺

何も言ってねえけど。


「俺は狸親父を締め上げて来る。

調べるよりも直接聞いた方が早い。」

「…。」田坂も存外せっかちだ。

根本が消える直前の業務から何から

蒔田部長から聞いて来るんだろう。


ヤツにしてみれば、長年の奉公を

踏み躙られた訳だから。

「でも、殴ったりとかすんなよ?

オマエは今やこっちの懐刀だ。」


「当たり前だ。」







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