第7話 藪の中


プライベート・バンキングP B拠点』と

いうのは、コレ又長い『プライベートPバンキングB事業拠点統括本部』という

括りの下、小田桐本部長を頭に本丸の

上層階に オフィス を持つ。


とはいえ、日本の超富裕層全て東京に

住んでいる訳じゃないから、殆ど

本部に顔を出さない『拠点』も多い。

そういう『拠点』は最寄のサテライト

ブランチをベースとして活動する。



俺は全国十二『拠点』のうち、まさに

ど  を引き当てた事になる。




「…こうして又一緒に仕事が出来ると

思うと、何だか不思議な縁みたいな

ものを感じますね。」小田桐さんが

困った様な顔で微笑む。

全国のPB『拠点』を統括する本部長で

あれば、更に 戸惑い はデカいに

違いない。尤もは単なる超富裕層

相手のPBだ。


時々、少し浮世離れした素敵な一族が

いたりいなかったりするだけで。


「小田桐本部長は、髙佰たかつかさ家について、

どの程度、承知しているんですか?」

俺の他には今回、めでたく拠点常駐に

なった法営部長付の田坂。

後の  達はまだ辞令が

出てないから追々、って…コレ、

いつものじゃねえか、

ってのは置いとくとして。


「…申し訳ないが、髙佰家については

口座情報から当主が 小夜呼さよこ という

女性である事。年齢家族構成は不明。

古くは江戸時代に卜占を生業として

いたが、そこに『泰山府君』を祀り、

死者復活の秘技を得た…とか。まあ

何というか噂レベルの申し送りです。

時の 為政者達 と昵懇だったのは

事実だろうけれども…。」


「その『泰山府君たいさんふくん』て何者ですか?」

早速、田坂がバカっぽい質問を寄越す。

「…何だよ田坂。オマエ、そんな事も

知らねぇでよく銀行員やってるよな?」

ついつい口を出す俺。これは親切だ。

「いいか?『泰山府君』ってのは

陰陽道の主祭神で、ヒトの生き死にを

司る。安倍晴明辺りが懇意にしてた

神様だ。この仕事すンならそれぐらい

覚えとけよ?常識だからな。」

「…いや、普通は知らねえだろソレ。」

ムッとした顔で田坂が応じる。


「それはそうと、田坂君が髙佰家を

訪れた時の状況を、もう少し詳しく

聞かせて貰えないか。」小田桐さんが

田坂に振る。瞬間、ヤツの顔に緊張が

走るのを俺は見逃さなかった。


   ビビりだから、コイツ。



「…あれは二週間ほど前の事でした。

髙佰家に 税額試算評価 を持って

行く様にと言われたんです。」「…。」

俺はもう既に粗方聞いた話に形ばかりの

相槌を打つ。


「今回突然、担当者が休職する事に

なったからって。それがどういう訳か

法人営業部こっちに回って来たんですよ。」

「…。」どうせ、森専務ら辺からの

指示だろう。強引に法人融資案件を

絡めたいのが見え見えだ。【猫魔岬】の

事例を見て あわよくば と思ったか。


「本来ならば、蒔田部長帯同案件の

筈なのに、臨時会議を理由にバックレ

かまして来たので 何か あるなとは

思っていましたが…。」「蒔田さんは

丸の内支店長たちと何度か表敬訪問を

敢行したけれど、結局は竹藪で迷って

辿り着けなかった様ですね。」


「迷う様な藪じゃないんですが…只、

何というか、酷く暗い。背の高い竹が

鬱蒼と生えているからだろうけど、

まだ昼間だっていうのに、日が暮れた

みたいな…時間とか距離とかの感覚が

狂う、というか。」「……。」

「暫く竹藪を歩いて行くと、四ツ辻に

出るんですが、そこを右に折れると

屋敷の白壁が見えると…そう聞いて。」


「なんとッ!」合いの手を入れる俺。


「?!諒太ッ…!うるせえよっ!」

矢張りビビりだよな、コイツ。

「何とお迎えが来てくれたんだろ?」

田坂の話によれば、何故か四ツ辻の

所に『卜占』の机が出ていたとか。


「お前、うるさい!小田桐本部長に

説明してんだろうが!黙っとけ!」

「はいはい。」俺、一応『拠点長』の

肩書き貰ってんだけど、髙佰の。


「…まあ、怪談めいてはいますが、

藤崎コイツの言う通り。髙佰家の使用人?

本当に不気味さ全開でしたけど、

『卜占』の所で使用人と合流して…。」

言って田坂が俺を目で牽制して来た。

「…。」俺も視線で話の先を促す。

敢えて 使用人 の風体には言及せず。



「…取り敢えず屋敷に通されて。でも

その屋敷も又、馬鹿みたいに広くて。

しかも廊下の奥が見えないぐらいに

これ又、薄暗い。」

「客間ではなくて、髙佰小夜呼の前に

直接、通された訳ですね?」

「はい。でも相手は御簾の内側にいて

顔を見る事は出来ませんでしたが。

それでも、間違いなく年配の女性だと

いうのは声でわかりました。」


「 …それで?」「書類をお持ちした

事を労われて…こっちも商売ですから

何らかのニーズがないか、聞くじゃ

ないですか。」「流石は田坂君です!

小淵沢さんが育てただけある。」

無駄に田坂を誉めるが、一体どっちが

流石なんだか。「ない事もない、と

ご意向承りまして。」「なる程。」



「だから俺、藤崎の事をねじ込んで

来たんですよ。」言うや田坂は小さく

ドヤ顔をした。



 …やっぱり、オマエじゃねえか。







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