第3話 丸の内カフェ
その日、漸く俺は本丸の上層階へと
呼び出された。
所謂本辞令前面談というヤツだ。
基本的に、勤務地に対する異議の
申し立ては出来ないが、どういう訳か
当事者達の考えも聞いてやろうという
ワンクッションが設けられている。
それは例の『店舗削減計画』の影響で
より顕著となったのだろう。取り分け
店を閉めた 支店長クラス には
意向確認が実施されていた。
とは言え、労いの
銀行それ自体の 在り方 が従来とは
変わって行く中で、当然の如く店の
数は減って行く。一方支店長クラスの
人数は、定年などの自然減だけでは
店舗の 実数 と吊り合わなくなって
行く。となると、当然今の職級のまま
別のポストを用意しなければならない。
そこに支店長等と銀行との 意向の
擦り合わせ が行われる訳だ。
つまり、支店長としてのポストに
拘るのか、それとも新たな職責として
やって行きたいのか。
べつに俺、どっちでもいいんだけど。
要は 面白ければ 何だっていい。
仮に何某かのポストを望んだところで
それが 正解 かなんて、誰にも
分からないのだ。
プレイヤーとしてやって行く方が、
どちらかと言えば俺の性には合って
いるだろう。しかも意向の尊重が
計られるとはいえ、結局は 本丸の
意向が優先されるのだし。
そして今、俺は同期の
珍しい昼の呼び出しで、丸の内にある
小洒落たカフェにいた。
昼日中の、こんな時間にのんびりと
茶なんぞ飲む事なんて、滅多にない。
改めてこうして見ると存外OL達の
憩いの場になっているのが知れた。
ビルの谷間を利用して、所謂
抜け感 を出しているんだろう。
其処彼処にふんだんに
植物の鉢が、吹き抜けの空と相まって
都会の オアシス を演出している。
実際、冬だと言うのに外のテラス席を
利用する者もチラホラ見られた。
こういうのを 小春日和 だとか
言うんだっけか。春 と言うクセに
俳句で言えば 冬の季語 だ。
店舗削減計画とはいえ『櫻岾支店』の
円満閉店から『猫魔岬支店』への
異動、それも地域の奴等にバトンを渡す
存外、楽しかったよな。そんな事を
思っていたら。
何処からか 視線 を感じる。
「…?」ちょっと眉を顰めて周囲を
見回す。途端、ぱったりと気配が凪ぐ。
「…お待たせした!ごめん、諒太!」
不穏な 気配 に軽く睨みを効かせて
いると、漸く 待ち人 が現れた。
「遅え。こんなトコに真っ昼間から
呼び出してんじゃねえぞ? マジで
居た堪れない。」
「…察し。」辺りを見回して、漸く
申し訳なさげにヤツも着席する。
「…で?何なんだよ、就業時間中に
こんな場所に態々呼び出したりして。
オマエは 営業活動 でいいかも
知れねえけど、こっちはマジで堂々
サボりみたいになってンの。一体
どうしてくれんだよ?」僅かに
小声になる自分が可笑しかったが。
「…いや…それな。お前の見解が
是非に欲しいんだ。」「え、俺の?」
「そう、お前の。」田坂がそう言った
所で丁度、オーダーを取りに来た。
六本木のカフェ・バーとは違って一応
店の人がテーブルに来る様だ。
適当にお勧め ランチメニュー を
二つオーダーするや、田坂が又もや
深刻そうな表情を造った。
「…それ、やめろ。その顔、マジで
ムカツクから俺が。」助けを乞う
顔じゃねえンだよ、その変なキメ顔は。
大体、いつもコイツは碌な話を持って
来ないだろ。それは一年坊主の頃から
全く
「実はさ…俺ちょっとヤバい案件に
引き摺り込まれそうになってて…。」
「ヤバい案件だ?」「ああ。そもそも
最初は部長の代打で税額試算の評価を
渡しに行くだけの筈だったんだが。」
「……。」何か、余程に異様な事が
あったのか。いつもなら
田坂の尋常ならざる様子は、幾ら
俺でも滅多に見た事がない。
「まあ…どうせ俺、やる事ねえから。
最初から話してみ?」「…そうか。
お前、知らないのか。まあ俺だって
全く知らなかったんだから仕方ない。
実はさ…本丸の客で…。」漸く田坂が
本題に入ろうとした時、オーダーした
『季節のランチセット』が二つ。
丁度タイミング良く俺等の目の前に
運ばれて来た。
グリーンピースなのか、見た目緑色の
ポタージュと燻製サーモンが乗った
クロックムッシュ、ベーコンと一緒に
焼かれたケール、それに無花果と胡桃
クリームチーズを蜂蜜で和えたもの。
…何だよコレ、めっちゃオシャレ飯。
「頂きます!」「…。」ていうか、
早速、食うのかよ?食ってもいいけど。
「それで、何か不都合でもあったか?
税額試算評価。」「…いやそれは特に
ない。只、その相手が問題だった。」
「…相手?」言いながら口にして、
グリーンピースだと思っていたスープが
アスパラだったと知れた。
『神隠し屋敷』の女主人だ。
田坂は確かにそう言った。
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