月影仙路 ~故郷へとつながる道~

FUKUSUKE

第1話 旅立ちと出会い ~故郷を想う白狐~

月明かりの下、青霜せいそうは一人、街道を歩いていた。黒髪が夜風に遊ぶ。腰には、祭りの夜に手に入れた白い狐の面が、静かに揺れていた。後宮での騒がしさが嘘のように、周囲は静かで、虫の声だけが耳に届く。


蘭雪らんせつ……私は、貴女の分まで、真実を見届けます……)


青霜は心の中で、後宮で起こった妃嬪の毒殺事件に巻き込まれ、無実の罪で命を落とした友に語りかけた。この事件は、彼女の心に深い傷跡を残したが、同時に、真実を追い求める強い意志を植え付けた。


(いつか、帰りたい……安らげる、あの場所に……)


ふと、青霜は故郷のことを思い出した。緑豊かな山々に囲まれた小さな村。温かい家族の笑顔。遠い記憶の中にしかない、大切な場所。後宮での出来事以来、故郷のことが、以前にも増して恋しくなっていた。


街道を進んでいると、道の脇に古びたほこらがあることに気づいた。疲れた足を休めるため、青霜は祠に立ち寄ることにした。


祠の前で手と口を清め、中を覗き込むと、小さな女神像が祀られていた。静かに手を合わせ、旅の安全を祈る。その時、祠の奥から微かな光が漏れていることに気づいた。


好奇心に駆られ、奥を覗き込むと、壁の隙間に小さな木箱が挟まっているのを見つけた。取り出してみると、古びた木箱には鍵がかかっていた。


「また、鍵……」


青霜は苦笑した。最近、鍵のかかったものによく出くわす。後宮を逃げることができたのも、蘭雪が残した鍵があったからだ。しかし、箱の表面に刻まれた模様を見て、青霜は息を呑んだ。それは、祭りの夜に見た、白い狐の面の模様と酷似していたのだ。


試しに、腰から外した白い狐の面を箱に押し当ててみると、カチッという音がして、箱が開いた。


中には、古びた地図と、淡い光を放つ水晶玉が入っていた。地図を広げてみると、見慣れない地名が記されている。そして、その中心には、「月影の谷」という文字が書かれていた。


「月影の谷……?」


聞いたことのない地名だ。その時、背後から声が聞こえた。


「それは、『月影の涙』……そして、その地図は、失われた民の故郷への道標……」


振り返ると、そこに立っていたのは、白髪の老錬金術師だった。長い髭を蓄え、古びたローブを身につけている。穏やかな表情をしているが、その瞳には深い知識と経験が宿っていた。


「わしはリュオン。錬金術師じゃ。その水晶玉は、『月影の涙』と呼ばれる秘宝の欠片。かつて、月影の谷に住んでいた『月影の民』が使っていたものじゃ」


リュオンはそう言うと、青霜に月影の民について語り始めた。彼らは高度な魔法文明を持っていたが、その力を制御できずに滅んでしまったという。そして、月影の涙は、その暴走を食い止めるための装置の一部だったという。


「なぜ、私がこんなものを……?」


青霜は尋ねた。リュオンは優しく微笑んだ。


「それは、わしにもわからん。だが、お前さんがこの水晶玉と地図を見つけたのは、偶然ではないじゃろう。何か、大きな意味があるのかもしれん……」


リュオンの言葉に、青霜は考え込んだ。故郷への想い、蘭雪の言葉、そして、目の前の地図と水晶玉。全てが、彼女をどこかへと導いている気がした。


「リュオンさん……私は、この地図が示す場所へ行ってみようと思います……」


青霜は決意を込めて言った。リュオンは頷いた。


「そうか。ならば、わしも同行しよう。月影の民のことは、わしも長年研究しておる。お前さんの力になれるかもしれん……それに……」


リュオンは少し言葉を濁した。


「わしも、帰りたい場所がある……」


リュオンの言葉に、青霜は驚いた。老錬金術師にも、帰りたい場所があるのか。


二人は顔を見合わせた。それぞれの目に、故郷への想いが宿っていた。


月明かりの下、少女と老錬金術師の旅が始まった。故郷を想い、真実を求め、そして、失われた民の謎を解き明かすための旅が。白い狐の面は、二人の旅路を静かに見守っていた。

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