13日の呪い

黒猫亭


携帯の画面に映る自分の顔を確認しながら、私は少しだけ首を傾けた。完璧な角度。今日の化粧も良い感じに決まっている。


「よし」


シャッター音と共に、自撮り写真が保存された。加工アプリで明るさを調整し、ほんのりとしたセピア調のフィルターをかける。これでちょうどいい。投稿用の文章を考えながら、何気なくタイムラインをスクロールしていると、妙なハッシュタグが目に留まった。


「#13日の呪い...?」


友人の楓がリポストしていた投稿だった。


『#13日の呪い を使って投稿すると、13日後にヤバいことが起きるらしい...』


その下には既に数百件のコメントが付いていた。


「マジでやばい」

「私の友達がやったら本当に...」

「デマでしょ」

「怖すぎる」


典型的なやらせっぽい都市伝説だ。でも、なんだかジワジワとバズっている感じ。こういうのって、タイミング次第で一気に広がったりするんだよね。


確かに今日は13日。スマホの日付を見て、私は少し笑みを浮かべた。丁度いい。こういうネタ、結構いいね稼げるかも。


「じゃ、行くか」


投稿画面を開き、さっきの自撮り写真を選択。考えていた文章に、例の呪いのハッシュタグを追加する。


『今日もカフェでお仕事♪ 13日後も元気でいられますように...笑 #13日の呪い #カフェ時間 #お仕事女子』


送信ボタンを押した瞬間、カフェの照明が一瞬だけ明滅したような気がした。気のせいだろう。窓の外は既に薄暗い。夕暮れ時の空が、妙に赤い。


最初のいいねが付いた。続いて二つ、三つ...いい調子だ。


「あ、楓からDM来た」


>真面目な美月がこんなネタに乗るなんて珍しい!

>私も投稿しちゃった♪ 13日後が怖いね~笑


「もう」と私は目を転がした。確かに普段の私なら、こんな胡散臭いネタには見向きもしない。でも、たまにはいいじゃない。


>たまには息抜きも必要でしょ♪

>13日後も一緒にカフェ行こうね!


スマホを鞄に戻し、私はカフェオレのカップを手に取った。少し冷めかけている。窓に映る自分の姿が、やけに影深く見えた。それはきっと、夕暮れのせいだ。


帰り道、駅に向かう雑踏の中で、私は何度か後ろを振り返った。誰かに見られているような、そんな気配がした。でも、そこにいたのは、いつもと変わらない帰宅途中の人々だけ。


その日の夜、ベッドに横たわりながら、私は投稿のいいね数をチェックした。200を超えている。なかなかの反響だ。コメント欄には「私もやってみよう」という声が並ぶ。


13日後——。それは26日のことだ。きっと、何も起きない。そう思っているのに、なぜだか携帯の画面に映る自分の目が、不安げに揺れているように見えた。


スクロールを続けていると、一枚の画像が目に留まった。誰かが図書館で撮った自撮り写真だ。同じハッシュタグが付いている。何気なく拡大してみた私は、思わず息を呑んだ。


写真の奥、書架の間に、黒い人影が写り込んでいた。



「気のせい、よね」


そう呟いて、慌ててスクロールする。でも、その写真が気になって仕方ない。もう一度見てみようとアカウントを探したが、見つからない。表示履歴からも消えている。


「おかしいな...」


枕に顔を埋めながら、誰かに相談したくなった。楓にDMを送る。


>さっきの図書館の写真見た?


返信はすぐに来た。


>何の写真?


>えっ、#13日の呪いの投稿。人影が写ってたやつ


>そんなの見てないよ?

>美月、大丈夫?ちょっと疲れてるんじゃない?


「まさか...」


タイムラインを必死で遡る。確かにあった。私は間違いなく見た。それなのに。


スマホの画面が突然暗くなった。バッテリー切れ?電源ボタンを押すけれど反応がない。諦めて充電器を繋ぐと、けたたましい通知音が鳴り響いた。


「うっ!」


驚いて充電ケーブルを抜く。画面には見覚えのない通知が並んでいる。


『新しいフォロワー』

『新しいフォロワー』

『新しいフォロワー』


次々と通知が表示される。真夜中の3時。誰がこんな時間に?


震える指でフォロワーリストを開く。でも、新しいフォロワーのアイコンは、どれも真っ黒な画像だった。プロフィールをタップしても「このアカウントは存在しません」と表示される。


「やっぱり、寝よう」


無理やり目を閉じる。明日になれば、きっと全部忘れてる。そう思い込もうとした瞬間、枕元のスマホが振動した。


新しいDMだ。送信者の名前を見て、私は凍りついた。


それは、半年前に亡くなった幼なじみからのメッセージだった。


>美月、久しぶり。

>13日後、会えるの楽しみ。


添付されていたのは、図書館の書架の間に立つ黒い人影の写真。その後ろには、まだ誰もいない空っぽの閲覧席が写っている。私が明日、いつも使う席だ。


「ごめんなさい、ごめんなさい...」


必死でブロックしようとする。でも、画面が真っ黒になり、白い文字が浮かび上がった。


『ブロックはできません。あなたは既に、つながっています。』


スマホを投げ出し、私は布団に潜り込んだ。でも、闇の中で、通知音は鳴り続けている。それは、まるで誰かの笑い声のように聞こえた。


そして次の朝。私は全てを夢だと思おうとした。でも、スマホを確認すると、昨夜の投稿は着実にバズっていた。1000いいねを超えている。コメント欄には羨望の声が並ぶ。


『すごい!私も真似していい?』

『これは効果ありそう!』

『美月さんって、こういうの参加するんだ!素敵!』


その中に、一つだけ違和感のあるコメントを見つけた。


『もう、逃げられないよ。』


ブロックしようとしたそのアカウントは、既に存在していなかった。


まだ12日ある。そう思うと、胃の中が凍るような感覚に襲われた。スマホの画面に映る自分は、まるで別人のように青ざめていた。



その日、大学の講義を受けている間も、どうしても頭から昨夜の出来事が離れなかった。スマホの画面を見るのが怖くて、音量を切り、バッグの奥底に押し込んでいた。でも、スマホの存在が気になって集中できない。何度か教授に質問を当てられたが、答える声もどこか上の空だった。


講義が終わり、友達の楓とカフェテラスで待ち合わせることになった。いつものお気に入りの席で彼女を待ちながら、私はようやくスマホを取り出した。恐る恐る画面を開くと、そこには相変わらず大量の通知が並んでいる。いいね、リツイート、フォローの通知。その中に一つ、妙なDMが紛れていた。


送信者の名前は「名無しの13」。アイコンは真っ黒で、プロフィールも空白だ。


>見つけたよ


それだけのメッセージ。心臓が嫌な音を立てた。ブロックボタンを押すべきか迷ったが、昨夜のメッセージが頭をよぎり、指が止まる。「ブロックはできません」——あの言葉が耳の奥にこびりついて離れない。


楓がカフェに到着し、私は急いでスマホを伏せた。「どうしたの?」と聞かれたが、うまく誤魔化すしかなかった。


「ちょっと寝不足でさ」

「珍しいね、そんな顔してるの」


楓が笑うと、私は無理やり笑みを返した。でも、その笑顔が引きつっているのは自分でも分かった。


カフェを出た後、少しだけ図書館に寄ろうと思い立った。宿題用の参考資料を借りる予定だったが、昨夜の写真を思い出すと足が重くなる。だが、いつも通りを装うことで何かを打ち消せる気がして、無理やり足を進めた。


薄暗い図書館の入り口を通ると、ひんやりとした空気が肌に触れる。平日の昼間とあって、利用者は少ない。私は閲覧席に向かう途中で立ち止まり、背中に視線を感じた。


振り返ると、誰もいない。ただ、遠くの書架の間が不自然に影深く見える気がする。深呼吸をして気を取り直し、目的の参考書を探すために書架へと向かう。その時だった。


後ろで何かが倒れる音がした。振り返ると、先ほどまで並んでいた本の一冊が床に落ちている。


それを拾い上げた瞬間、手元のページが勝手に開いた。ページの中央には太い黒い文字で書かれた文が目に入った。


「あなたは選ばれました」


ぞっとして本を閉じる。何も見なかったことにしようと、慌てて閲覧席に戻ろうとした瞬間、誰かの視線が背後に感じられた。


振り返る勇気が出ない。そのまま足早に席を離れ、図書館を飛び出した。外の光に触れると、ようやく呼吸が戻ってくる。


だが、その夜、私は自分のスマホに保存されている写真を見て絶句した。そこには図書館の閲覧席に座る自分が写っていた。背後には、昨夜見た黒い人影が、私をじっと見下ろしている姿が映っていた。


図書館での一件を境に、私の中で何かが変わり始めていた。日常は見た目こそ変わらないのに、空気だけが違う。自宅に帰り、明かりをつけた瞬間でさえ、背中に冷たい視線が突き刺さるような錯覚に襲われる。


その夜、シャワーを浴びている最中、突然、蛇口の水が止まった。驚いてレバーを確認するが、異常はない。それでも水は出ない。顔を上げた瞬間、曇ったシャワールームのガラスに、何かの形が浮かび上がっているのに気づいた。


「……!」


背中に冷たい汗が流れる。曇りガラスに現れたそれは、数字だった。13。見間違いなんかじゃない。私は必死にタオルでガラスを拭き取るが、数字は消えないどころか、ますます鮮明になる。心臓が早鐘のように打ち始めた。


慌ててバスルームを飛び出し、スマホを手に取る。電源を入れ直し、何か手がかりを探そうとするが、画面に最初に浮かんだのは見覚えのない通知だった。


『通知:#13日の呪い 投稿に反応があります』


冷や汗が頬を伝う。通知をタップすると、自分の投稿に数千ものいいねとコメントが付いている。それだけではない。知らないアカウントからの返信が異常なほど増えていた。


コメント欄をスクロールしていると、一つの返信が目に留まった。


『準備はできた?13日後、君の番だよ』


それを見た瞬間、手からスマホが滑り落ちた。画面が床にぶつかり、静かな部屋に不気味な音が響く。私は慌てて拾い上げ、再び画面を確認する。しかし、先ほど見たはずのコメントはどこにも見当たらない。


「……夢、だよね?」


自分に言い聞かせるように呟くが、胸の鼓動は収まらない。その時、スマホが再び振動した。震える手で画面を確認すると、新しいDMが届いていた。


送信者はまた「名無しの13」。


>逃げられないよ、13日後に会おう。


私は思わずスマホを投げ捨てた。その瞬間、電気が突然消え、部屋は暗闇に包まれる。息が詰まるほどの静寂の中で、私の耳にだけ、スマホの振動音が響いていた。それは、止まることなく続き、私の心にじわりと広がる恐怖を確実に煽っていく。


13日後、一体何が起こるのか。私はまだ何も知らない。ただ、一つだけ確信がある。これ以上、この呪いからは逃げられない——。


(序章 完)

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