第6話 約束

はっとして顔を上げるとあかねがカメラを構えている。

その手は震えていて、というか全身が震えていて、そしてよく見ると笑いをこらえているのが分かった。

呆気に取られてあかねを見ているとまたパシャリと音がしてとうとう彼女が笑いだした。


「あはは、急に名前呼ばれてびっくりしたけど、榊くんじゃないか!あまりに神妙な顔してるから何かと思えば、あははは」


「あ、いや、この前の事、申し訳なくて・・・」


「ああ、あの日事ね。まぁ確かにちょっと腹も立ったけど、別にそんな事は気にしてないよ。それにしてもあの顔・・・」


身体をふたつに折って笑い続けるあかねを見ているとなんだかほっとすると同時に今日までの自分の心配が何だったのかと少し切ない気持ちになった。


「あの後からあかねの姿も見なかったから心配してたんだよ」


少し言い訳するように言うと


「うん、試験が終わってからの三連休明けににインフルエンザになっちゃって、病み上がりでいきなり謝恩会の準備とかだったから写真部は大変だったんだよね。キミも休んでるし」


少しあかねに睨まれると「俺も入れ違いでインフルエンザだったんだよ」と力なく答えた。

「あれはツラいよねー」とまた笑うあかねにもう一度頭を下げた。


「あかね、あの日はごめん」


「ほんとにもういいよ~」


顔を上げるといつもの変わらない笑顔がそこにあって、まだ冬の寒さも残る日だったけど、なんだか暖かいような気持になった。

そうしているとさっき自販機で買った缶の存在に気付いてあかねにひとつ差し出した。


「寒いかと思って」


あかねは缶を受け取るといつもの意地悪な顔になって一言


「ホワイトデーにおしることは、榊くんシブいね~」


あっと思って彼女の顔を見ると、もうすでにフタを空けながら「義理以下のお返しにしては上出来か」とひとり笑っている。

そうか、今日はもう3月14日だったんだ。


「その後結局帰りにいつものイタリアンでパスタランチ奢らされたんだよな」


ふと思い出し笑いがこみ上げて来た。


「ほんと、いろいろあったよなぁ」


それからふたりは直ぐ3年背生になって、1学期末には写真部も引退したけれど、それでもたまに学校の自習室や、週末には図書館で一緒に勉強したりもした。

夏休みは「今年も花火大会行きたい!」と騒ぎだしたあかねとまた花火を観て、なんとなくそのまま別れるのがつまらなくて、帰りに彼女を送る通り道のコンビニで小さい花火セットを買ってふたり花火をしたりした。

2学期になるとあっという間で、お互いがお互いの進路に向けて勉強をした。

模試の結果を持ち寄っては一喜一憂し、それでもセンター試験、それぞれの志望校の2次試験を受け、滑り止めの地元の私立大学ヘはふたりで受験会場まで行った。


そして今日3月12日は卒業式だった。

お互い幸運にも、と言ってもあかねは判定も硬かったけれど、とにかく志望校に合格し、あかねは地元の国立に、自分は県外の県立大学へ進学が決まって、引っ越しやらでもう、あかねともそうそう会えなくなるのかと思うと寂しい気持ちになった。

彼女もそういう気持ちだったのかは分からなかったけど、とにかくその日もふたりは約束するでもなく、いつものあの丘の木の下に居た。


ふたりとも言葉もないまま遠くの瀬戸内海をしばらく見ていた。


「榊くんはいつからあっちに行くの?」


ぽつりとあかねが言った。


「明日の昼頃。明日明後日と親父が休みだから手伝ってくれるって」


「そう・・・」


そうしてまた沈黙の時間があった。


なんとなく、なにかを言わなければいけないのは分かっているのに言葉が出てこなくて、それでも何かを伝えたくて・・・


そして気が付いたら言葉が出てきていた。

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