第12話
中三で初めてのテストが終わった。
最近は気温がグンと上がり、生徒の水筒のサイズが大きくなった。特に部活の部員たちは。
しかし、今日は勉強も部活も忘れていい日。そんなことを表立って言ったら川添がうるさくなりそうだが。
「おーいお前たち……。入って早々売店に気を取られるんじゃない」
「やべぇ! ミニチュアの日本刀だ!」
「ペーパーナイフらしいぞ」
「アニメのグッズもあんじゃん!」
「お土産は後にしろ!」
タイムはガラスケース越しに写った川添の姿に苦笑いをした。彼はいつものジャージ姿ではなく、ポロシャツにジーンズというラフな格好だ。
生徒は皆、私服姿だ。もちろん教師陣も。
今日から修学旅行。三日間、大阪と奈良で過ごすことになっている。
朝一にバスで学校を出て、パーキングエリアで休憩を取りつつはるばる大阪へやってきた。
昼ごはんとしてたこ焼き作りを体験したり、大阪城付近を自由に散策したり。その後は再びバスで移動し、今は博物館の見学中だ。
一つの展示室に茶室や御殿の一室がまるまる再現されたものは圧巻だった。その中には畳が敷かれており茶匙や茶壺などが展示されている。
合戦の様子が描かれた屏風や武具などを横目に、タイムは足早に通り過ぎた。
周りには自分のクラスだけでなく、他のクラスの生徒も散らばっている。
展示品そっちのけでおしゃべりしていたり、パンフレットを片手にのんびり歩いていたり。教師たちも生徒の行動に目を光らせながら、展示品を眺めている。
次に入った展示室は誰もいなかった。壁面と中央に展示ケースが配置され、そこに白い光が集まっている。
タイムは立ち止まると、ガラスの向こう側の欠けた食器を見つめた。周りには一緒に出土された調理器具も展示されている。
「タイムー。なんかおもしろいもんあった?」
ミカゲだ。黒縁メガネをクイッと押し上げながら横に立った。
テスト後の総合の授業で彼と班を組むことになった。彼の双子の姉とアルトとテツも一緒の班だ。
テツがアルトを誘っているのを見て、思わず声をかけたのがきっかけだ。
それからのテツは、修学旅行の事前授業がある度に意味ありげな視線を送ってきた。授業では班ごとに席を固めるのだが、彼はわざわざタイムの真正面に座ってきた。
ミカゲは展示ケースの中をちらっと見た後、タイムの横顔をのぞきこんだ。
「てかもう疲れてる?」
「あ、ちょっとね……」
顔には出さないようにしていたが、見抜かれてしまったようだ。
タイムは力なく笑うと展示ケースから一歩離れた。
「ここに来てから考えごとばっかしてるだろ? ずっと一人で歩いていっちまうし」
「ごめんごめん」
せっかくの修学旅行に水を差す気はないが、博物館系には何度も来たことがあって見飽きている。
それに、関西には思い出がありすぎてこれ以上ほしくないのが本音だ。
楽しかったこともつらかったことも。一つも忘れられないからこそ。
タイムは一瞬真顔になったが、すぐにいつものほほえみを浮かべた。余計なことは話さないよう、記憶に蓋をして。
「……実は俺の父さん、大学で歴史関係を教えてるんだけど研究や発掘もするんだよ。小学生まではそれに付き合わされてよく関西に来てたから、わざわざ修学旅行で来るのはな……って」
「あ、そうなん? 俺も母さんが日本の文化が好きで京都によく連れてかれたけど……。タイムの比にならなさそうだな」
「かもね。関西の駅ならどこにトイレがあるとかすぐ分かるよ」
「なんだそれウケる」
ミカゲがけらけらと笑った。
背が高くて落ち着いているがこんな笑顔も似合う。タイムはこの修学旅行でもっと彼と話せたら、と思った。
そんなミカゲだが、眉を落として後ろを向いた。
「そういやアルトがさ……」
「どうしたの?」
彼の背中越しに展示室の入り口を見ると、足取りがおぼつかないアルトが現れた。両脇をハルヒとテツが固めている。
表情はいつも通りだが、顔が青い。バスを下りた時はなんともなさそうだったがどうしたのだろう。タイムは彼女に駆け寄った。
彼女にぴったりくっついたハルヒが頬にふれる。
「アルト大丈夫?」
「う……。なんかしんどい」
「バスで酔ったのか? おやつ食い過ぎただろ」
「おやつちょっとしか食べてないもん……」
テツの憎まれ口に言い返す元気はあるらしい。タイムは小さく息をつくと、アルトの肩に手を伸ばした。決してふれないように。
「アルト、一回外出ようか。俺も外の空気吸いたいし」
「よろしくタイムー♪」
ハルヒが妙にニコニコ顔でアルトのことを押し出した。心底心配していたとは思えないほどあっさりと。
「俺らも一緒に行くよ」
「いいってミカゲ!」
「お前……。友だち失格だろ」
「テツも最後まで見学しよ! それと私はアルトの親友ですー」
男子二人が何やら言いたげだったが、ハルヒがどちらのことも黙らせた。そしてタイムに向かってこっそり親指を立てた。
「なんか刃物見てたらゾクゾクして……。寒気っていうか」
タイムと外に出たアルトは、手近なベンチに二人で腰かけた。
博物館の敷地は広く、建物の目の前に大きな道がある。まるで広場だ。その両脇には人工の池があり、ちょろちょろと水が流れていた。池の近くにはテラス席のカフェや自動販売機もある。
アルトの手にはタイムが買ってくれたペットボトルの水。冷たいそれを口に含むと、先ほどまで襲っていた嫌な感じが洗い流された気がした。
異変を感じたのは、武具や刀剣が飾られた展示室を見学している時のこと。
テツが火縄銃の模型を肩に担いでミカゲに照準を合わせている時は、ハルヒと一緒に”似合う似合う”と眺めていられた。
その隣の展示ケースには、何よりも存在感を放つものが収められていた。
それは刀身だけの刀。キャプションには作者の名前やいつ頃作られたのかが書かれている。何世紀も前なのに、柄で隠れる部分以外には錆も曇りもない。
アルトは魅せられたように、と言うよりは心をとらわれたように釘付けになった。白い光の下で輝いているのに、刀身の周りに灰色の霧がかかっているように見えた。
彼女は目をこすると視線をそらした。
刀を見て思い出すのは両親と永遠の別れの日。赤と銀と黒の記憶。
しかし、それとは別の記憶がよみがえるようだった。同じ色の記憶が。
血の赤、刀の銀、真っ黒な髪。
血に染まった刀がそばに転がり、真っ黒な髪の人をかき抱く。自分の衣服が血で汚れるのも構わず。
悲しく切ない。大切な人を失って大量の涙を流した。自分も周りを沈めてしまいそうなほど。
それは何……? と記憶の向こう側に手を伸ばしたら悪寒が走った。
周りが不思議に思うほどその場に立ち尽くしていたらしい。
「刀ってぎらついてるからなぁ。ちょっと疲れたかもしれないね」
タイムの気遣いが心に優しくじんわり広がる。記憶の蓋を閉めてもらえた気がした。
アルトは目を伏せ、彼の声に耳を澄ませた。柔らかな声が気を鎮めてくれる。
「父さんに付き合わされて刀をよく見てた時期があるけど、あれは疲れるね。バスに戻ったらおやつを食べた方がいいよ」
「おやつ?」
意外な言葉に思わず顔を上げた。タイムはカフェを指差していた。
「父さんが言ってたけどエネルギーを吸い取られるようなもんだから。カフェがある博物館だと帰りに必ず寄ってた」
「カフェ……。いいな」
「一緒に行きたいとこだけど、もう見学時間終わるもんな。また来ようか」
「えっ……!?」
なんだかすごい誘いを受けたような。最近やっと友だちとファミレス、を経験したばかりのアルトだ。好きな人とカフェ、なんて字面だけで緊張する。
アルトが魚のように口をパクパクさせているのは知らず、タイムは立ち上がった。見学を終えたらしいテツが近寄ってきたので話しているようだ。
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