7
「……本っ当、アンタって鈍いわよね」
ん、何だろう?
「ばれないように必死で言い訳考えたり準備とかしてた私が馬鹿みたいね」
あれ、もしかしてドッキリで結局僕の命取られるとか、そういう話?
「無銘奈々氏。これ誰の名前?」
「僕の名前ですが何か問題でも?」
あれか?
男なのにナナとかいうアダ名を付けられる僕の名前に何か文句でもあるのか。
「……あのねえ、アンタ、今日私に会ってから一回も自分の名前名乗ってないわよ。気付いてないの?」
という事は、彼女はどうやって僕の名前を知ったんだろう?
とりあえず鞄とか名前を調べられるような物なんて持ってないと思うから――
「えーと、ごめんなさい。もしかして生きてる頃に会った事ありましたっけ? 全然覚えてないんですけど……」
考えられる可能性として一番高いのはこれ、かな?
人の顔とか名前とか覚えるの苦手だし。
「……アンタの彼女だった女よ、私は」
はあ、なんて溜息を疲れながら少し怒ったように呟かれる声に僕は目を瞬かせて。
何度も彼女の姿を見直す。
――相変わらず裸が眩しくて、ちょっと鼻血が出てしまった。
「はい? いや、だって全然見た目とか違うし」
けれど、どう見たって似ても似つかない。
言われれば性格とかそっくりとか思わないでもないけど、他に共通点が見つからない程に。
「僕の恋人だった女ひとは、君みたいに可愛い顔付きじゃなかったけど、格好良いっていうか僕には勿体無い美人な人で、そりゃあ体型はメリハリとかがあるタイプじゃなかったけどスレンダーでスラーっとしたモデルみたいな女だったよ」
そう、全然全く、これっぽっちも似てない。
共通点があるとすれば、女性であるって事と好みが分かれそうだけど男にモテそうって事くらいだ。
「……生きてた頃は全然そんな事言ってくれなかった癖に、この男は……」
頭痛でも堪えるように額に手を置いたかと思うと、彼女は額に置いていた手を僕の目の前に差し出す。
何か、妙に爪が伸びていた。
「まあ、実体なんて無い幽霊だしね。見た目なんてある程度は気合で変えれるみたいよ。思い通りになるには二年近く掛かっちゃったけどね」
言っても魂だから服とか下着とか人体に関係ない物質までは出せないのが残念だけどね。
と本当に気合を使うのか、少し息を荒くしながらも話し続ける。
「ま、その間、アンタがエロ本やDVDを見る度にずっと後ろに居たわ。いわゆるロリ顔巨乳とか言われるタイプが好きみたいで。結構なご趣味だこと……」
それでも信じれないと思っていた僕に彼女はそんな事を呟いてくる。
……僕のエロ本の趣味を知っている人間なんて僕を除けば空き巣とか不法侵入者くらいな訳で。幽霊である彼女なら確かに侵入するのは簡単だけど、初めて会った筈の男の家に侵入している訳が無いし、僕を付け纏う理由も無い。
「え、つまり、あれですか……」
認めたくないけれど、今、目の前に居るのは……。
「久しぶり、奈々氏。好みのロリ顔巨乳じゃなくてがっかりした?」
頷く姿と笑い方、何よりも自分を呼ぶ声の響きと絶妙な皮肉。
姿形すがたかたちは変わっても、間違いない。
どうしようもなく、今更な気がするけど……。
「あ、うん、久しぶり……」
でも、確信したからっていきなり前みたいに話せない。そんな風に呟くのが精一杯だ。
だって、少し前に僕は彼女になんて言ったか全部覚えてるし、それ以上に彼女がさっき言った言葉を覚えてる。
(……というか殺せ、むしろ殺してください。何が悲しくてそんな所を二年間も観察されてないといけないんですか! しかも今でも忘れられないくらい好きな女に!?)
「もう、この際だから聞いておくけど、あれって私に対する当てつけか何か? 丸っきり正反対のタイプの気がするんだけど?」
確かに正反対。
きついというか格好良いっていう顔付きとも反対なら、体型だって丸っきり違う。
特に胸が。
Aが三つ並ぶカップとか自分で言ってた彼女と、僕が持っているエロ本やDVDの女優とは比べる必要も無いくらい差がある。
だけど、それは彼女が思ってる理由とは全然違う。
それこそ百八十度くらいに。
「……その、体型とか顔とかが少しでも似てたら想像しちゃうし。何かそれって身体目当てとかで付き合ってるみたいで嫌じゃないか? それに、フラれてからは泣いてた声とか思い出して泣きたくなってそれどころじゃないし……」
久しぶりに話した言葉は、凄く恥ずかしい内容だった。顔や耳どころか、全身から湯気でも出そう。
(というか何かもう、本気で殺してください!)
「お、男ってそういう考え方するのね。その、私はアンタ以外に想像した事無いわよ。想像の中でも他の男になんて触られるのも嫌だし……」
ぼっと言う音がしそうなくらい、お互いに赤くなっている気がする。
何、この恥ずかしい言葉の応酬。
(今時、バカップルでもこんな事言わないよ……)
恥ずかしくなった僕は、とりあえず彼女に手でも伸ばそうとして――
「駄目」
短く呟かれた言葉と一緒に、ふわりと避けられる。
「何で?」
洞窟の中では無理やりやろうとしたのに、今は触れる事すら拒否?
「最初に言ったでしょ、本気で愛してくれるなら何でもしてあげるって。あれはね、想い合ってる相手が居るなら、私が触れられるって意味」
ほら、なんて言いつつ彼女は自分の髪を手でかき上げる。
あんなに強い雨でも濡れてなかった髪が、いつの間にか小雨に濡れていた。
――そこで初めて、最初は雨が素通りしていた筈なのに、洞窟を出た時から濡れていたのを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます