日記
墾田永年社会不適合法
第1話
君が死んだ。
涼しい、秋の日だった。
君の病室から見える、紅葉の葉が日に日に減って逝くのが、君の命と重なって見えた。
毎日、君と話した。
それはどうでもいい雑談や、窓から見える外の景色の話。
とにかく君の命から遠のいた話を僕は求めていた。
君の死から目を逸らす様に。
余命が半年と宣告されてから三か月、君は紅葉の葉が散り切る前に死んでしまった。
足の遅い君なのに、早々に駆け抜けて逝ってしまった。
君の葬式が終わって一人で家に帰る時、世界が灰色に変わっていくのが分かった。
長い帰路を歩き終え家の扉を開けるとそこは、入院している君を待つ部屋ではなくなっていた。
一人で使うには大きすぎるベット。
料理のできない僕には必要のないキッチン。
二人で読んだ小説をしまっていた本棚。
何をしようにも君が見える。
君は最後に
「私はあなたの運命の人じゃない。」
と言った。
寂しくて暖かくて優しい言葉だった。
君が死んでから、二週間。
味気ない部屋で毎日、味のしないスープを啜っている。
塩も胡椒もレシピの三倍も入れている。
しかし何の味もしない。
毎日、つまらないスープを啜り終えると皿を洗う。
皿を拭いて棚に戻すと、空いた窓から入り込んでくる冷たい風の中、ただひたすらに椅子に座っている。
朝焼けから、月が顔を出しても。
何もできない。
君が頭の中を延々と周り、何も考えることができない。
座り、腐っているといつの間にか窓から、月明かりが差し込んでいた。
「もう、こんな時間か...。」
部屋の電気を点ける気力すらない僕はただひたすらに、机に反射する月明かりを眺めていた。
すると、強い風が窓を突き抜け部屋に流れ込んだ。
俯いていた顔が風の力で戻され、我に返った。
色が見えた。月通る様な月明かり。
匂いがした。秋の冷たい夜風が鼻を突き抜ける。
僕はゆっくりと立ち上がった。
しかし、痺れた足に痛みが走りその場に倒れた。
冷え切った床が左頬に触れる。
「はぁ...」
溜息を吐き、ゆっくりと瞼を開けると目の前には大きな本棚が見えた。
君と読んだ小説を並べていった本棚。
一冊一冊が、君との大切な思い出の一切れだ。
「くそ.....。」
勝手に流れてくる涙を何度も何度も手で拭いた。
「なんでなんだ......。」
本を一冊一冊手に取った。
「これは君が表紙を見て読みたいと言った。これは僕がタイトルに惹かれて買った。」
記憶の中に君と一緒に残っていた本。
僕は全て覚えていた。
全てを忘れるわけにはいかなかった。
「なんだ....これ....」
本棚の端に明らかに初めて見る本があった。
首をかしげながら取り出すと表紙には「私」と書かれていた。
本を開くと最初のページには
「二千六年八月十五日
電車に乗った。景色が街からのどかな田畑へと変わっていく。車窓から見える景色は寂しげな絵画のようで、美しかった。全く知らない駅に降りた後、小鳥の止まり木というカフェに寄った。物静かな店主が営んでいたそのカフェはとても居心地がよくて...怖くなった。カプチーノを一杯頼み、小説を読み進めた。八」
と書かれている。
「君の残した日記....?」
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