月のあかるい夜に
野森ちえこ
夜更けのルーティン
カチャ……っと、静かにしめられた玄関ドアの音を聞いてから、ゆっくりと口のなかで十数える。
七、八、九、十……
ベッドから身体を起こし、脱ぎ散らかした服をてきとうにまるめてバスルームに向かった。
服を洗濯カゴにほうりこんでから熱いシャワーをあびる。
もう何年、こんなことをつづけているのか。
彼がここに泊まったことは一度もない。きっとこれからもないだろう。
彼には帰る場所がある。待っている人がいる。そして私が彼の帰る場所になることはない。なりたいとも思わない。
人を裏切る人間は何度だって裏切るし、浮気する男は一生する。
仮に彼がいまの奥さんと離婚して私と結婚したとしても、今度は私が『浮気される奥さん』になるだけだろう。
どうして私はいつもこうなのだろう。
いつもいつも、私は私を大切にしてくれない相手ばかりをえらんでしまう。
それはほかでもない私自身が自分を大切にできていないからだと誰かがいっていた。
……自分を大切にするって、いったいどうすればいいのだろうか。
引っ越しでもしようかな。
ふいにそう思って、またかと思わず苦笑がもれた。
時々すべての人間関係をたち切ってリセットしたくなる。けれど、そうしてリセットしたところで、またおなじことをくり返すのが私という人間なのだ。
これまでも、これからも。
どこに行っても私は私を大切にしてくれない相手をえらんで、むなしさばかりを育んで夜の闇にため息をとかしている。
あまりにもリアルに想像できてしまってゾッとする。
いずれにしても彼との関係はそろそろ潮どきかなと思う。
恋心はとうに消えている。ずるずると関係をつづけてきたのは別れを切りだすのが面倒だっただけだ。
もしも彼がごねるようなら、そのときはほんとうに引っ越してしまおう。
そうきめたら、ちょっとだけ気持ちがすっきりした。
またおなじことをくり返すのだとしても、ただじっと自分が腐っていくのを待っているよりはマシだろう。
バスルームから部屋にもどると、窓からまんまるい月が見えた。
満ちて、満ちあふれて、夜があかるい。
彼の帰り道を照らしながら、私の部屋も照らしている。
万人の夜を照らす月は、もしかしたらなかなかの浮気者なのかもしれない。
なんてバカみたいなことを考えながら、私はすっかりつめたくなったベッドにもぐりこんだ。
(了)
月のあかるい夜に 野森ちえこ @nono_chie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます