第6話 女騎士

「頭痛い……飲み過ぎたな……」


 『ラウラ・ヴァリエス』は二日酔いで痛む頭を押さえながら、のそのそとベッドから降りた。

 ぼさっとした長い金髪がハラハラと重力に従ってまとまる。野犬のような鋭い目を擦ると小さく欠伸をした。

 見た目は厳しそうな金髪の美女なのだが、体から漂うお酒の香りが素材を台無しにしている。


 ラウラはオライオン侯爵家に仕えている騎士だ。

 年齢は二十歳。学校を卒業して十八歳から侯爵家に仕えているので、今は二年目である。


 ラウラは部屋に転がる酒瓶を踏まないように部屋から出る。

 強い朝日にラウラは目を細めた。

 のそのそと侯爵家の廊下を歩きながら、ラウラは顔を洗うために水場へと向かう。


(……あれは、リオル様?)


 廊下を歩いていると、屋敷の中庭で走っているリオルの姿が見えた。

 はぁはぁと息を切らしながら、ぐるぐると中庭を走っている。

 近くにはタオルと水筒を持ったメイドの姿も見えた。たしか、リオルが拾ってきた獣人の少女だ。


 あれは何をしているのだろうか?

 ラウラが寝ぼけた頭でぼんやりと見ていると、同僚の騎士が通りかかった。

 同僚は『なにをボーっとしてるんだ?』とラウラの視界を追うと、リオルの姿を見て納得したように唸った。


「あぁ、リオル様の特訓を見てたのか?」

「特訓?」

「ここ数日は毎朝欠かさず、ああやって走ってんだよ。ラウラは寝坊ばっかして知らなかっただろうけどな」


 どうやら、リオルの走り込みは今日だけの物では無いらしい。

 何日か前から始まった習慣のようだ。


「……どうして急に走り出したんだ?」

「さぁ? 好き好んでリオル様に話しかけるやつなんて居ないからな。クビになんてされたら嫌だし」

「……それもそうか」

「普通に考えたら『体力を付けたいから』とか『強くなりたいから』とかじゃねぇの?」

「強くなりたいから、か……」


 ラウラはぼんやりと呟くと、中庭で走っているリオルを眺めた。

 その瞳には憐みが宿っていた。

 蜘蛛の巣にかかった蝶を見るような目だった。

 しかし『可愛そうだ』と感じながらも、べたつく蜘蛛の巣に触ってまで蝶を助けようとはしない。

 憐れみと言う水滴は、無関心という大海へと薄れていった。


(まぁ、私には関係がないか……)


 ラウラはリオルから目を逸らして、水場へと向かった。



 騎士が活躍するのは非常時である。

 例えば領内で暴れている盗賊を討伐したり、あるいは繁殖したモンスターを処分したり、武力が必要な時に引っ張り出されて活躍する存在だ。

 逆に言えば平常時は割と暇である。

 普段からやることと言えば、最低限の特訓と領地の見回りくらいだ。


(今日も街は平和――に見えるな)


 騎士の制服を着たラウラは、見回りのために街を歩いていた。

 オライオン侯爵家が治めるこの街は、帝国の西方にある王国との貿易拠点となっている。

 キレに整えられた街並みは活気に溢れて、慌ただしく住民たちが行き交っている。

 まさに理想的な貿易都市だ――表向きは。


 ラウラはふらりと路地裏へと足を向ける。

 表通りから外れて裏道を進むと、ジメっとした薄暗い空気が体にまとわりつく。

 しばらく歩き続けると、観光客らしき男とフードを被った人物が向かい合っているのが見えた。

 男がフードの人物にジャラリと音を鳴らしながら袋を渡すと、フードの人物は怪しげな紫色の液体が入った瓶を男へ差し出す。


 絵に描いたような怪しい取引だ。

 まっとうな商売であれば、こんな人気の少ない路地裏でする必要が無いのだから。


「人目の付かない場所で商売か? 違法な薬物でも売ってるんじゃないだろうな?」

「おっと……」

「ひぇ!? いや、これは、違くて!?」


 ラウラが声をかけると、男は焦ったようにアワアワと手をバタつかせた。

 一方でフードの人物は落ち着いていた。いやいやと、ゆっくり手を振る。


「いえいえ、ちょっと特別な酒を売っているだけです。なにも問題はありませんよ?」

「え、そんな言い訳が通じるわけ――」

「そうか、なら騎士団が取りしまる必要もないな」

「……え?」


 見るからに問題がありそうな取引。しかし、ラウラは疑う様子も無く『問題がない』と言い切った。

 それも当たり前である。

 だって、ラウラはのだから。

 フードの人物が売っているのは帝国で禁止されている『依存性の高い違法な薬物』だ。

 分かったうえで見逃しているのだ。


「へへへ、ありがとうございます。そうだ。いつも騎士団の皆様にはお世話になってますから、こちらをお受け取りください。ちょっとした菓子ですから」

「頂いておこう。団長にも伝えておく」

「よろしくお願いします」

「え……え……?」


 困惑する観光客の男を無視して、ラウラはフードの人物から重い袋を受け取った。

 先ほど男が手渡していた袋よりも大きい。ジャラリとなる金属音を聞けば、中身が菓子などで無いことは子どもでも分かる。


「これからも商売に励むと良い。騎士団のためにもな」

「へへ、もちろんです」


 ラウラはフードの人物に声をかけると、来た道を戻る。

 胸元に隠した袋の重みだけが行きと違っていた。


 ハッキリ言えばオライオン侯爵家の騎士団は腐っている。

 領内の取り締まりも騎士団の仕事だが、侯爵家の騎士団は金を積まれれば犯罪を見逃していた。

 見逃す犯罪には、薬物を含む違法な物品の販売なども含まれている。

 そのせいでオライオン侯爵領には、違法な物品を販売する犯罪組織が蔓延っていた。


 当然ながら犯罪組織がのさばれば犯罪率が上がる。そのせいでオライオン侯爵領では暴行や失踪、殺人などの事件が絶えない。

 もっとも、組織化されている分だけバレないようにしているし、バレても騎士団がもみ消しているため表向きの犯罪率は低い。

 表向きの綺麗な街並みとは真逆に、この街は腐ってウジがわいていた。


(……日差しがまぶしいな)


 ラウラが表通りに出ると空に輝く太陽がまぶしかった。

 思わず目を細めていると、道の向こう側で少年が手を振っていた。手にはおもちゃの木刀を持っている。

 たぶん、騎士に憧れている少年なのだろう。キラキラとした瞳でラウラを見ていた。

 

(私も昔は……)


 ラウラは少年から目を逸らすと、逃げるように屋敷へと帰った。

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