うちの子が一番

多田島もとは

うちの子が一番

 今日も残業で遅くなってしまったな。妻はもう寝ているだろうか。

 以前の妻は俺が帰るまで何時になっても起きて待ってくれていたし、いつも俺を一番に考えてくれていた。そんな頃もあったなと思い返して家路を急ぐ。


 物音に敏感な家人を気遣い、ゆっくりと鍵を回して、そっとドアを開ける。

 誰も聞いていないであろうに「ただいま」と小声で口にし、音を立てずにドアと鍵を閉める。 

 寝室をのぞくと一人寝息を立てる美月の姿が目に入る。

 少し寂しさを感じながらネクタイを緩めていると、ソファーの袖から小さな頭がひょいと飛び出すのが見えた。


「おかえりにゃん。今日はずいぶんと遅かったにゃ?」

 タマ! 起きて待っててくれたのか、可愛いやつめ!

 うーん、と一度背伸びをしてタマが足音も立てずに近づいてくる。

 思わずにやけそうになるのを我慢して神妙そうな顔を作る。

「ごめんなぁ。残業で仕方なくてさぁ。これで許してくれよぉ」

 などと同情を誘うような弁解をしつつ、コンビニで買ってきた少し高級な缶詰を皿に開けてやる。

「おいしいにゃ! これ好きにゃ!」

 俺がスウェットに着替え終わる頃には好物に目がないタマの機嫌はすっかり良くなっていた。


 自分の帰りを待っていてくれる者がいる。これがどれだけ幸せなことだろうか。

 タマは俺の命と言っていいし、タマのいない生活なんて考えられない。

 名前が古風だなんてからかう友人もいるが、ほっとけ! 俺は気に入っている。


 俺はタマが皿を綺麗にし終わるのを待つと、皿の前で名残惜しそうにしているタマを抱き上げ、先ほどまで丸くなって寝ていたソファーに仰向けに寝かせる。

 無防備に身を委ねてくれるタマに覆いかぶさるようにしていると、俺の股間が徐々に硬さを増していくのを感じる。

 俺は正常だよな? 男なら誰だってこうなるよな?

 ああ、もう我慢できない!


 俺はタマの腹部にゆっくりと顔を埋める。カシミアのような柔らかなウールの感触を顔全体で確かめると、肺の奥まで思いっきり息を吸い込む。

 んっん~~ん、お日様の匂い……堪らん!

「くすぐったいにゃぁ、変なとこ触るにゃぁ///」

「あぁ……タマ、好き好き……愛してる! ああ……可愛い! タマが世界で一番可愛い!」

 頬ずりしながら悶えまくる俺の耳を妖艶さを帯びた甘美な声がくすぐる。

「ご主人様はタマのことが大好きだにゃ~♪ 今日もするにゃ?」

 呼応するように顔を上げた俺はスウェットをずり下げると、下着に手をかけた。そのときである。


 赤子の泣き声が部屋中に響き渡る。

「あら大変!」

 そう言うや否や、妻はスウェットを無造作に引き上げ、寝室のベビーベッドに駆け寄る。

 ギャン泣きする美月をあやしながらオムツを確かめる妻の顔は、先ほどまでの甘々な新妻タマではなく、命がけで我が子を守らんとする母親たまきの顔をしていた。


 そりゃ子供が一番だよ? そんなこと俺だって理解してるって。だけどさ……

 俺は興奮冷めやらぬまま立ち上がると、替えのオムツの準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちの子が一番 多田島もとは @hama_novel_project

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ