海に沈むジグラート 第38話【統治か、破壊か】
七海ポルカ
第1話 統治か、破壊か
「よーう! 親友! 久しぶり~!」
「ハイハイわかったわかった親友やな親友やな」
「会いたかったよー!」
「ハイハイそうやなそうやな」
「……。」
「……」
「……。」
「……」
「ええええええええっ! イアン君きみいつものあの打てば響く感じどこ落としてきちゃったの⁉ 『やかましいわ 誰が親友や!』は⁉」
イアンにハグをするといつも死ぬほど嫌がられるのに、今日なんか背をポンポンされてしまった。さすがに気持ち悪くてラファエルは抗議した。
「いや……お前が嫌がらせでこういうことやってるのは分かったからな……相手にする方が周囲から見てるとキャッキャやっとって仲良しに見えてまうことに気付いてもう諦めた。こうやって流して相手にせぇへん方が周囲もあの二人優しいイアンさんが嫌々ながら付き合ってあげてるんだなって分かるやろし、お前もやりようがないやろ……」
ラファエルは腕を組み、釈然としない顔をした。
「……出来ればあと半世紀そのことには気付かないでいて欲しかったなあ~」
「お前みたいなタイプのやたら陽気でフレンドリーな兄貴うちにもおるねん。そういやこういう感じで接した方が『なんやお前打っても響かん面白くない奴やのう』って元気なくなったなーって思い出した」
「思い出さないで欲しかったな~ 君の怪力で首ぎゅーっ! ってやられるのは嫌いだけど、朝お城に来て『誰が親友やねーん!』って元気いっぱいに言われるとなんか目が覚めたのになあ~」
「いや……城に来る前に目を覚ましてこいや。つーかお前馬車なんか使うから来るまでに寝るねん。一人で馬で来いや。お前の館からそんな遠くもないやろ」
「ヤダ。高貴な俺様が落馬して怪我したらどうすんの」
「知らんわそんなもん自分で考えろや……」
ふわ~~~~~~~~っ。
イアンはラファエルの目の前で顔半分が口になるくらい大欠伸をした。
「……この高貴で美しい俺の前でそんなに大きい欠伸、堂々とするのこの地上で君くらいだよ? ヴェネト王宮で寝泊まりしてんのに何でそんな寝不足なの。ははーん。分かった。スペイン連中で夜遅くカードとかしてんだろ。女っけないもんね。嫌だね~~~~! 女の子いないと途端に野郎は酒と煙草とカードなんだもん。煙いよ」
「あんな……。お前俺のことどんだけ暇人や思ってるねん……。そんな暇あるか……。
ヴェネトの近衛の連中に船の上の戦い方とか教えてるし、この前の侵入事件の手がかりないかこの二日間もう一回湿地帯が凍る前に大捜査したし……水路に落ち葉が詰まって汚いとかうちが文句言われるし……あれうちの管轄なん? ほんなら最初から言っといてくれればちゃんと定期的に水浚ったのに……あと……、……あとなんか二、三あったけどなんだったっけ?」
ラファエルは緩やかに波打つ金髪を掻き上げた。
「うん……。まあ俺に聞かれても困るんだけど、君がすんごいここ最近忙しかったのは分かったよ。なんか……ごめんね? 夜遊びしてるんだろとか言っちゃって」
「いいけど……あ~~~朝まで湿地帯に浸かってたから足先まで凍っとるわ……ここポカポカして気持ちええなあ……。ちょっとだけならここで寝ていいかな? すいませんね、ちょっとだけお邪魔しますよ」
言いながら、そこの窓辺に立っていた女神の彫像に挨拶をし、本当にそこに寝転がって眠ろうとしたイアンにラファエルはギョッとする。
「ちょ、ちょ、待って待って! イアン君それ女神像だから! ここ王宮の真ん中! 王妃様や王太子様も通るとこだから! 寝ないで! 起きて!」
「ん……?」
ラファエルはイアンの腕を掴んで起き上がらせた。
「びっくりするなあ~君ほんと……。なにここで寝ようとしてんのよ。部屋に帰って寝てよ」
「いや……今日これから会議あんねん……なんか来週また夜会やるらしいわ。仮面舞踏会やって。ふざけとるよなぁ。【仮面の男】に侵入されてあんだけわぁわぁ大騒ぎしたのまだこの前のことやのに、山ほど仮面付けた奴招き入れてどうすんねんな……。毎年やってる特別な夜会だから中止に出来へんとか言って、毎年やってるからなんやねん今年中止にしろや。【仮面の男】を捕まえろとか俺の近衛隊に命じといて仮面の男山ほどおる仮面舞踏会開くとかこれはあれかな? いよいよ近衛団を率いる俺に失敗させて罪を着せようって魂胆かな? どう思う?」
「イアン君お願いだから女神像の肩友達みたいに抱いて話しかけるのだけはやめてくれるかな? 人の目をすんごい引くからさ……。ほら今可愛らしい侍女の群れがくすくす笑いながらこっちを見て通り過ぎて……」
「あ~~~あったかいな~~。きみ女神様みたいな身体や~」
「女神様だから! そら石像だから日が当たるとあったかいだろうけど!」
「ラファエルおまえ妃殿下と親しいなら仮面舞踏会中止させろや……安全上のなんちゃらとか言うて……」
「言ってみるくらいいいけどその時『スペイン艦隊の総司令が貴人を護衛し切る自信が無いって言ってました』って言いつけていい?」
「言いわけないやろアホか」
イアンが女神像の肩に凭れかかったまま、否定した。
「それにしても仮面舞踏会か~俺初めてだよ。なんかいいよね。よく分かんないけどエロそうな感じ」
「なに普通に参加しようとしてんねん」
「参加するに決まってるでしょ楽しそうじゃん」
「フランス艦隊なんぞ船の上で退屈してるんやろ。警備に加えるからちょっと人員寄越せや」
「そんなことない。周辺域巡回したりしてみんな忙しそうだからダメです」
「いざという時全然役に立たんやっちゃな。ようしこれで仮面舞踏会に変な奴忍び込んだらヴェネト海域を守備してるフランス艦隊が変な奴をそもそも入港させたからやって責任なすりつけよう」
「イアン君。そういう企みは口に出さない方がいいと思うよ? 特に本人目の前だと計画筒抜けだよ?」
ふわ~~~~~~~~っ! と再びイアンがまた大欠伸している。
寝不足状態のイアンはこの世の何も怖くなるんじゃないかなあ、とラファエルは呆れながら思った。今王妃様がここを通っても「よっ! 元気?」とか気さくに声を掛けそうで本当に怖い。
それにしても……。
(仮面舞踏会かあ。これならジィナイースを王宮に招いてあげれるかもなあ。ただ……)
ラファエルは近々、王妃に【シビュラの塔】の入り口まで、見に行きたいと頼むつもりだった。正面から頼む。もちろん、嫌だと拒否される可能性は無くはないが、ラファエルは今の王妃ならば、許可を与えてくれると読んでいる。
ジィナイースは幼いころ、近くまで行ったことがあるというので、彼が見れば何かその時との違いが分かるかもしれないが……。忍び込むのはあまりに危険だ。ラファエルが出来る限り詳細を覚えて、口頭で彼に伝えてやることしか出来ない。
ただ、自分が王妃の信頼を受けて、ヴェネト王宮にいる意味はある。
全てを話すことは出来ないけれど、不安がっていたジィナイースに、今は少なくとも安心していて大丈夫だと、すぐに【シビュラの塔】が火を噴いたりしないのだと、そのことだけは伝えてやりたい。ラファエルは窓の向こうに見える海を見通した。
(戴冠式だ)
来年行われるという【王太子ジィナイース】の戴冠式。それで、王妃が三国をどのように配置するか、それが決まった時に、次に事態が動く時になるだろう。
イアン・エルスバトは近衛団を編成した。これは戴冠式後、新しくヴェネト聖騎士団として、新ヴェネト国王の直属の守護職として発足する。その聖騎士団の団長となるのが、三国のうちの誰か一人だということだ。
ラファエルは王妃からの信任を、深く感じていた。
普通に考えれば自分が指揮杖を与えられるはずだが、もしかしたら参謀ロシェル・グヴェンのように、小回りが利くように、敢えて部隊の総指揮官ではなく、特別な役職に付けて、腹心にする可能性もある。その場合イアンか、神聖ローマ帝国のフェルディナントが聖騎士団長として残ることになる。
ラファエルの見立てでは、案外フェルディナント・アークが残され着任する可能性もかなり高いと読んでいる。これは王妃の好みとは関わりない。フェルディナントの持つ、背景が理由だ。
神聖ローマ帝国は竜騎兵団を所有している。協調し、同盟を結んでいることで、それが竜騎兵団自体への抑止力にもなる。
【シビュラの塔】の秘密が守られたとしても、祖父、父親と自分の代、三代で急速に周辺地域を併合し、フランス、スペインとも肩を並べる列強となった神聖ローマ帝国である。
これはかつては国の、王家の秘術であった竜の存在を解禁し、王家の愛玩動物に過ぎなかった竜を、軍略に使用するようになった大帝の代から始まったことだ。
仮にフェルディナントを国に帰し、神聖ローマ帝国との繋がりが一切消えると、それはそれでヴェネトは厄介だった。
彼らだけが海を越え、一夜にしてヴェネトに急襲出来るからだ。
軍略家でもある今の皇帝は、【シビュラの塔】が例え謎に包まれて、攻略の見込みが無くとも、本当に神聖ローマ帝国の存亡が危ういと感じれば、塔ではなくヴェネト王宮を狙って襲い来る可能性がある。
竜騎兵団は常に臨戦態勢なのだ。
現時点でも欧州各地の戦線に展開していて、皇帝の号令一つで戦線を離脱し、「ヴェネトを陥落させよ」の命令に従ってこの地に集合し、軍隊化して攻撃に入ることさえ、容易いだろう。
極論では、シビュラの塔が仮に神聖ローマ帝国を消滅させても、生き残りの竜騎兵団が襲い掛かって来れば、さしたる軍隊を持たないヴェネト王宮など、攻略は容易いはずだ。
【シビュラの塔】の攻撃はこの地上の誰にも防ぐことは出来ないが、唯一、攻撃を受けたとしても反撃の手立てだけは残しているのが竜騎兵団を擁する神聖ローマ帝国だった。
だから、王妃はフェルディナント・アークを好ましく思っていなくとも、手元に置く利点は正直な所、イアンよりもある。
(しかし近衛団の編成を命じるくらいだから、スペインとの同盟も決して軽んじてはおられないんだろうが)
スペインは何と言ってもフランス艦隊と並んで、欧州最強と呼び声高い海軍を有している。ドーヴァー海峡より北西の海を支配する、イングランド艦隊を別にすれば、地中海に通じる海域を支配するのはスペインとフランスの二国だ。
イタリアはすでに軍港を早々に神聖ローマ帝国に押さえられ、北方イタリアをフランスが、国境に面して西に戦線を張るスペイン軍も、この二国の動きを睨み、完全に国としては分断されて、形を成していない。かつては名高かったイタリア海軍はすでに解体され、兵隊も離散したのだ。
スペイン艦隊を国に戻すのは容易いだろう。その動きは、神聖ローマ帝国に監視させれば、彼らは空から飛来したりはしないため、動きは封じ込める。しかし、仮にスペインがイングランドと同盟などを結ぶと、フランス本国が今度は危うくなる可能性がある。
ある意味、現状のようにスペイン・フランス・神聖ローマ帝国の三国が同じ地にあり、それぞれの利権を争って睨み合っていた方が、お互い牽制し合い動きを封じ込める最も有効な手立てなのかもしれない。
しかし、三国がこの地にあるためには【シビュラの塔】の秘密はヴェネト王宮が握る必要がある。
もし、シビュラの塔が現在攻略可能だと知れれば、神聖ローマ帝国は潰しにかかるだろうし、スペインとて、このまま隷属関係を望むはずがない。
ラファエルのフランスですら、黙ってはいないはずだ。
それに、それではジィナイースが悲しむ……。
自分の愛するヴェネトが世界を脅し、世界の人々が、滅ぼされた三国のようにいつか自分たちもなるかもしれないと怯えて生きて行かなければならない。ジィナイースは自分さえ無事に生きて過ごしていれば、幸せだと思えるような人ではないのだ。
世界が不安に包まれたら、彼は悲しむ。
(【シビュラの塔】の支配権は、王妃には破棄してもらわなければ)
三国統治か、破壊。
そのどれかだろう。
いずれにせよ、段階的な破壊という動きにはしていかなければならない。
(あんな野蛮なものがある限り、世界が脅かされる)
王妃は手放すだろうか?
問題は、彼女が手放してもいいと望むかどうかではなく、手放さなければならない状況に追い込まれた時に、手放すかどうかだった。
『シビュラの塔は扉を開く者を必要とする』
塔はすでに一度起動した。つまり、誰かが開いたということだ。その人間を見つけ出し、保護することが出来れば、永続的に【シビュラの塔】の動きを凍結できるかもしれない。
王宮にいるのか、いないのか。それも分からない。王家の者なのだろうか。王妃の協力者なのか、どうかだ。王妃が【シビュラの塔】の管理を望むならば、その人間を必ず手中に収めたいはずだ。
ラファエルの予想では、王太子ルシュアン・プルートは扉を開く者ではない。
すでに自分の支配下にある王太子が扉を開く者なのだとしたら、あんなに必死に王妃が【シビュラの塔】の無事を確認しに行く必要がないはずだからだ。
王太子をまず警護させ、彼さえ無事ならば塔は動かないのだから。
しかし王妃は仮面の男を警戒していた。敵は外から塔に来ることを、予想していたような動きだった。
【扉を開く者】は王妃に離反したのか?
それともあれは、単に他国の者に塔の秘密を暴かれたくないという必死さだったのか。
ラファエルがずっと気になっているのは、……ヴェネト国王が【扉を開く者】であったらということである。
伏せられているが彼はすでに病没している。
(確か、外から婿に入ったのだったな)
貴族たちの話ではヴェネト王は、存命していた時も、さほど存在感を持った王ではなかったようだ。
まず先代のユリウスが偉大過ぎる王だったのと、やはりその背景から、結婚してもその実娘である王妃の方が、以前から存在感があったのだという。
(ヴェネト王が【扉を開く者】だったとしたら……彼が死んだ今、また誰も、シビュラの塔を動かせなくなったということだろうか?)
それとも、その力が父から子へ、受け継がれるような類いのものだとしたら。
王と王妃には子がいない。
王太子が実子とされているが、実は養子だ。つまり王の血を引いていない。
(ヴェネト王の近親者がいたとしたら……そっちの家系には【扉を開く者】が他にもいるのかも)
今まで、ヴェネト王のことなど、いつか会えると思って素性も勘繰ろうとしなかった。
確かに自分は暢気だと責められても、これは文句は言えない。
ヴェネト王の一族を、調べてみた方がいいかもしれない。
もちろんこれは、誰にも知られてはならない。
【扉を開く者】……。
(ユリウス、貴方なら知ってたのか? ……知っていたら、貴方ならどうしたかな)
あの恐ろしい古代兵器を起動させる、力を持った者。
あれは三国が消滅させられるまでは時代の中で、兵器だとは分類されていなかったのだ。
それがある時、偶然なのか必然なのか、扉を開く者が現われ、三つの国が滅んだ……。
世界の歴史が始まって以来のことだ。
意図して滅ぼしたのか、事故だったのかも分からない……。
(戴冠式)
その時王妃がこの地に集ったスペイン、フランス、神聖ローマ帝国というこの三つの駒を、どう動かすか。それによって、全ての事態がまた大きく動き出すはずだった。
振り返るとイアン・エルスバトが女神像の肩を友達みたいに抱き寄せたまま、器用に立ったままもたれかかって眠っていた。
船の上で生きる奴は、変な所が器用になる。
ユリウスにもそういうところがあった。
くすくす、と笑いながらまた侍女たちがこちらを見ている。
とても恥ずかしい。
「よし……こんなのとお友達だと思われるととても恥ずかしいから今日一日だけイアン君とは絶交しよう。王妃様や王太子はどうか通りかかりませんようにと願ってあげるから感謝してね」
片目を瞑ると、ラファエルはイアンを残したままその場を立ち去る。かなり遠くで一度だけ振り返ってみれば、イアンはまだ全然寝てた。
日にポカポカと当たって、全く暢気な光景である。
ぷぷーっ、とラファエルも笑ってしまった。
今のあいつをジィナイースに描き残してほしいよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます