彼女を寝取られた彼氏はシアワセになりました

さべーじ@らびっと

前編 私の罪が暴かれたとき


NTRビデオというものがある。


仮に寝取られる対象が女性とした場合、その女性と交際相手以外との性交渉を撮影し、それまで交際していた男性に見せる目的で作成するものだ。


主に乗り換えた男性の優越感を満たすためや、捨てた男性を蔑み敗北感を味合わせるために用いられることが多い。


寝取られた男性は愛した女性からの心無い言葉と、既に自分から離れた女性の心、そしてそんな女性を奪った男の加虐的な表情を見せつけられ精神的に殺される凶悪なものだ。





そのNTRビデオが私の手にするタブレットで映し出されている。



 

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「んぁ♡はぁあ♡ふふ、こんな♡あっ♡そ、そこ♡よわいっ♡ま、まって♡あぁ…っ!♡」


薄暗い部屋の中に一対の男女が映し出されている。


「んぅぅぅ♡だめ…♡ほんとに、そこ♡あぁぁぁああ♡♡」


イヤホンから流れる音声でどのような行為が行われているかすぐに分かった。


「ふ、うぅん♡もう、がまん♡あぁぁん♡できな♡♡お願いっっ♡♡だからっっっ!♡♡♡♡♡」


やがて両者が果て落ち着いた空気が流れようとしたが、それを更にかき乱すような光景が映し出される。


「ふふふ、今度は私たちも楽しませて♡」

「おあずけされてた分、たっぷり愛してね♡」

「疲れちゃった?ならお姉さんが支えてあげるよ♡だから今度は二人を……♡その後は…ね♡」


端から一人、また一人と女が現れ、一人の男を囲み再び行為が再開される。


そして頃合いと思ったのか最初に映し出された女、自分と幼馴染兼彼氏が通う清新高校において生徒会長を務める戸隠聖がカメラの方を向き口を開いた。




「ありがとう幼馴染さん。彼を手放してくれて本当に感謝するわ」




私は付き合っていた彼氏を寝取られた。




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「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なによ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯これ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


私は日曜の昼下がりに指定された喫茶店に呼び出され、大した説明もなく見せられた映像の感想を口にした。

個人で営むレトロ喫茶という趣で意図的に照明が低くされ、他のお客の表情などが人目で把握しづらい程度には薄暗い。

だが落ち着いた雰囲気に人気があるのか昼時を過ぎているにも関わらず半分ほど席が埋まり盛況ぶりを見せている。


私を呼び出した一つ下の後輩、 如月きさらぎ 結衣ゆいと共に一番奥の席に座り、私は彼女が差し出したタブレットに魅入っていた。

 

映像の中であの品行方正な戸隠会長と行為に耽っていたのは私の彼氏である神郷かみさと 祥一しょういちだった。

会長の影になったり、照明が乏しいこともあり最初のうちは気付かなかったが、行為が激しさを増し声が大きくなっていったことで声の主の男が自分の彼氏である祥一だと気付いた。


普段から自己主張が控えめで他者のサポートや調整に周り、事を荒立てずに和の調和に重きを置くあの彼が複数の女生徒と行為を行う姿がタブレットに映し出されている。



そこには、先ほどまでのような戸隠会長に対して優位に立っていた彼の姿はなく、見方によっては4人の女生徒によっていいように弄ばれているように見える姿があった。


一転、立場が逆転した光景だが彼を囲む女生徒たちの表情には悪意はなく、慈愛に満ちた優しさに溢れている。


それぞれが、それぞれの方法で彼に対して愛情をぶつけて居る。


行動で、言葉で。彼もそれを受け彼女らの愛情に対して、彼なりの愛情を返し応えていく。


その行為が幾度も繰り返された後、映像の焦点は女性たちに身を預ける彼の姿勢に、熱を帯びた視線を向ける戸隠会長に移った。


戸隠会長は再びカメラに視線を向け、カメラの先に居る私に向けて話しだした。

 

「見ての通り、神郷君と私達は深い関係になり、それぞれお付き合いしているわ」 


「あなたからすれば何故このような状況になっているのか理解できないでしょうけども………」


「私達からすればこれは偶然であり、あなたからすれば必然だったということよ」


「……あなたが神郷君を捨ててから色々なことがあったわ。それについては話す気はないわ。あなたには知る権利は無いと思っているからね」


そういう戸隠会長には抑えきれない怒りと殺意の感情が表情に現れている。

その感情が向けれている先は………私だ。

謂れのない悪感情を向けられるが、これまでに映像の中で好き勝手された祥一の姿を思い出し怒りが湧き出す。


(人の彼氏を好き放題しながら、彼女の私に怒りを向けるとは何様だ)

(祥一も祥一だ、彼女が居ながら他の女と関係を持つなんて何を考えて)

(そもそもそんなに女と関係を持てるのならなんで私に手を出さなかった。そうすれば…!)


そこまで考えたところで声のトーンが戻った会長の声に意識が向いた。


「……私達はそれらに関わることで彼と縁を持ちこれまで以上に強い結びつきを持つことができたのよ」


「どちらかからの一方向からだけの想いではない、お互いが想い合う関係を作ることが出来た」


悲痛な表情が一瞬浮かぶが、すぐさま消え去り後に浮かぶのは慈愛に満ちた笑顔だった。

 

「そして…私達は彼に想いを伝え、彼もまたその想いを受け入れてくれた」


その時のことを思い出しているのか目を閉じ言葉を区切る。

 

「そして今では……お互いを求め、愛し合うまでの関係になることが出来たわ」


晴れやかな顔で私の、彼との浮気を肯定した。



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「ふざっけんなっっっっっ!!!!ただ人の彼氏を寝取っただけだろうがああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 

私はこれまで見せつけられた情事で溜め込んだ鬱憤を怒声とともに吐き出した。


「あいつは私の彼氏だって知ってるでしょ!?なのに何で人の恋人と寝てんのよ!!祥一も別れても居ないのになんで私以外の女と!」


店内に怒りの感情に塗れた私の声が響き渡る。

  

周りに他のお客が居た事を今更ながら思い出すが手遅れだった。


心を押さえつけようとする自制心よりも、自分の彼氏を盗られたことによる怒りの感情、自分を裏切った祥一への憎しみの感情と嫉妬心が上回り、勢いに任せ彼氏と彼氏を寝取った女達への罵声の言葉を吐こうとする。



「恋人………だったんですか?」



そんなささくれだった感情の私に心底不思議そうな後輩の声が掛けられた。


「なっ……結衣だって知ってるでしょう!?祥一とは昔からの幼馴染で私から告白して付き合ったって!」


「確か中学2年の4月でしたよね。たしか桜が満開の木の下で陽南先輩の方から祥一先輩に告白したとか?」


「そうよっ!私が考えられる最高のシチュエーションで告白したんだから!この高校にもその時、周りで見ていた生徒が入ってきているはずだから知ってるはずよ!それなのにっ」 


「それなのにこんな事したのですか?」


その言葉とともに一枚の写真がテーブルを滑り手元に寄越される。


一糸纏わぬ女の上に全裸の男が覆い被さっているのが映し出されている。


写っている女は自分だ。 


そして男は…………祥一ではない。


写っている内容を理解した私は即座に写真を裏返す。


写真を投げ寄越した結衣は済ました顔でティーカップに口付けている。

 

———なんでこんな写真があるのか。

———どうしてこの写真を結衣が持っているのか。

———このことをあいつは。


「…………」


「何も答えなくていいですよ、陽南先輩。全て知っていますので」


写真に纏わる様々なことを考え沈黙している心の耳に宣告するような声が聞こえる。

 

———スベテヲシッテイル。

  

その言葉が頭の中を木霊し絶望感と恐怖心が体を侵食し始める。


だが、結衣には彼との接点など無かったはずだ。

学年も違う、部活も自分とも彼とも違う。

私達の関係を悟られる可能性は無かったはず⋯⋯。

それを思い出し、なけなしの去勢を張って彼女に反論する。


「全てって……何をよ………」


こちらを無機質な目で見つめ、首を傾げる後輩が他愛のない雑談をする時のような軽い口調で、私がひた隠しにしてきたことを暴露し始めた。


「今年のGW過ぎから祥一先輩が手を出してくれないことを女友達に愚痴り始めたこと。それを聞いた祥一先輩が陽南先輩のご両親に交際を申し込んだ際の取り決めを日南先輩と共に確認して段階を踏んでいこうと二人で決めたこと」

 

「それを律儀に守る祥一先輩に不満を持っていたこと。そしてその不満を素行のよろしく無い輩に聞かれ、相談と称して関わりを持つようになったこと」


「彼らとの関わりが深くなり見た目や行動が変わったこと。部活も休みがちになり先輩達に注意されたこと」

 

「それらがご両親の耳に入り、喧嘩別れして家出同然の状態であること」


後輩の口から彼女だけでは知り得ない事実が飛び出し呆然とする。

文化系の部活に入る後輩は私が所属している女子バスケ部との繋がりはないはずだった。

さらにクラスで愚痴ったこと、最近よく一緒にいる友人との関わり合いや家族との間の不仲まで把握されている。

底しれない恐ろしさを感じ沈黙する私を無視して後輩は更なる暴露を続ける。

 

「今はつるんだ連中の中の一人の男の家に入り浸っていること」

「そいつが男で前から好色そうな目で陽南先輩を見ていたこと」


自分の現状すら把握し後輩は自分を追い詰めてくる。


———嗚呼、駄目だ。全てバレている。

———私があの男と………。


もう隠せないと諦めた私にトドメを刺す言葉が向けられた。

  

「そして都合のいい言い訳を作り、その男に体を許したこと」


覚えがある。


「その男に命じられるままに祥一先輩を侮蔑したこと」


覚えがある。


「その男に抱かれるために祥一先輩を侮辱したこと」


覚えがある。


「その男と深い関係に至るために蔑んだこと」


覚えがある。


「そしてその様を祥一先輩に見せつけ、殺そうとしたこと」


覚えが


「全て、知っています」


「っ!違う!そんなことしてない!!い、いや確かにエッチなことはしたけれど……。けど、その時のことを祥一に見せたりなんてしてない!!それに祥一を殺そうとなんて思ったこともない!!」


堪らず立ち上がり全力で否定する。

祥一は私の彼氏だ。

保育園から数えれば10年以上の付き合いになる。

異性として意識したのは中学1年の時、登校初日の真新しい学生服を着た祥一に見惚れて自分を磨いてきた。

一年後、ようやく決心し自分から告白し祥一に受け入れてもらえた。

祥一も中学のセーラー服を着た自分を異性として意識し、自分磨きに励み私へ告白しようとしていたらしいと後で聞かされた。

それから私達は数多くの思い出を作ってきた。

数え切れない回数デートを重ね、クリスマスやバレンタインなど恋人同士のイベントも共に過ごし、長い時間を共有してきた祥一を殺そうとするなんて微塵も思わない。


だが、テーブルを挟み正面に座る後輩は私が祥一を殺そうとしていることを疑わない。

細められた藍色の据わった目で自分を見据えている。


「全て知っている……と言いました」


小さくため息を吐き、瞳を閉じながら同じ言葉を繰り返す。

その顔には失望と憐れみが浮かんでいた。


ブレザーから見覚えのあるスマートフォンを取り出し操作する。

程なく音声とともにある動画が再生された。




「あはっ、大きい♡秀人様の♡♡♡」


それは…自分を抱く祥一以外の男に媚びる…自分の醜い嬌声だった。




落ち着いた喫茶店に似合わない卑猥な台詞と淫らな肉のぶつかり合う音が店内に鳴り響く。


「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


絶叫とともに結衣が持つスマートフォンを奪おうと襲いかかる。


が、彼女は身を躱し私の伸ばした手を捻り上げ床に押し倒す。


その間も動画は流され卑猥な映像が垂れ流される。



「あー、心っちトリップしまくりだね♡自分が凄いこと言ってるの気がついてるのかな?♡♡」

「ふふ♡でも気持ちよさそうです♡あんなにだらしない顔、見たこと無いですし♡」



自分と同じく秀人様に依存する二人のクラスメイトの声も含まれていた。


1人は私が祥一との関係を相談し、秀人様と繋いでくれた明奈ちゃん。

もう一人は私が秀人様と関係を結び、成長した私を案じて心配してくれた菜美さん。


私と彼女たち二人が発する秀人様を称賛し、祥一を蔑む卑猥な音声が店内に流れる。



床に組み伏せられ私の前にスマホの画面が差し出される。

赤いカバーに白いハートのチャームが付けられたスマートフォン…ようやく気付いた。


これは祥一のスマホだ。


そんな事を思う私を他所に、スマホ内の動画では私を破滅に追いやる内容が流れ始めていた


床の上で耳を塞ぐこともできず、私は自分が発した取り返しのつかない言葉を聞かされる。


「イェ〜イ♪見てる元カレの弱男クン♪オマエの幼馴染、秀人様の女になったから♪」

「あなたが弱腰だったから心さん、離れちゃいましたよ♪ご愁傷さま♪」

「祥一ぃ♡私、秀人様に女にしてもらっちゃった♡あんたと違って秀人様とっても漢らしかったよ♡♡あんたのがどんなもんかって想像してたけどもういいや♪♡」


自分が想いを告げ、受け入れ愛してくれた人を蔑む言葉を。


「私は秀人様専用だから♡♡♡あんたは一人で寂しくシコってろ♡♡」


自分の身を案じ見守ってくれた彼を見下げる言葉を。


「女一人満足にできない弱男♡♡童貞野郎♡♡♡」


自分を想い、愛すると打ち明けた彼の死を願う言葉を。


「二度とあたしに色目を使うなよっ♡♡♡死んじまえっ♡♡♡」


欲塗れの歪んだ顔で嗤いながら私が言っていた。



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