第7話「おかえりなさい」

「お帰りなさい」

「ただいま……」


 私を誘拐した男たちが、どんな結末を辿ったのかは分からない。

 私は森の仲間たちに護衛されるかたちで、にこやかな笑みを浮かべる婚約者の元へと帰ってきた。


「怪我は?」

「擦り傷を少々……」

「頼ってくれて、ありがとうございます」


 前世や、前々前世や、その前の人生は、凄く美しくて高級なドレスをたくさん着させてもらった。

 でも、今の私は汚れた衣服に身を包まれた、みすぼらしい姿。


「ローレリアのことですから、傷すらも隠してしまうのかなと思っていたので」


 こんな、令嬢とは縁遠い外見をしている私を婚約者様は笑顔で迎えてくれるとか……。

 シルヴィンは、よっぽど私が相続した魔法図書館という財産が欲しいらしい。


「おかげで、魔法使いの力を押しつけることができます」


 魔法使いの力を押しつけるという乱暴な言葉遣いをしている割に、私に触れてくる手は温かくて優しい。

 でも、シルヴィンが私のことを様付けしなかったところだけは見逃せなかった。


(シルヴィンも本性を見せてきたってことかもしれない……)


 欲しい物を手に入れるためなら、猫を被ってはいられない。

 そんな発想に至るものの、シルヴィンは壊れ物を扱うような繊細な手つきで私の身体に触れてくる。


(どんなに優しくされても、騙されないんだから……)


 この誘拐劇は、[[rb:あなた > シルヴィン]]が仕組んだものだったんでしょ?

 尋ねたい。

 本音を言うなら、尋ねたい。

 でも、私はシルヴィンに命を救ってもらった。

 私は死と直面したあとに、初めて明日という未来に足を踏み入れることを許された。


「魔法って、なんでもできるんだね」

「家事は一切できないですけど、魔法で衣服の汚れを落とす程度なら……」

「それも、お願いします」

「……はい、かしこまりました」


 前世も、前々前世も、いつの時代を生きても、私は最終的に無実の罪を着せられた上で殺されてきた。

 自分の命が救われる瞬間に初めて立ち合うことができて、初めて明日以降の予定を立てることができて、なんだか心のどこかがくすぐったい気もする。


「シルヴィンが助けてくれたんだよね?」

「ほんの少しだけ力を貸しただけですよ」

「ほんの少し?」


 どこからどこまでが、本当の話なのか。

 それを確かめられるほど口達者で話を盛り上げられるわけもなく、巧みな話術で欲しい情報を引き出せるほど賢くもない。


「ローレリアの危険を察知したのは僕ではなく、森で暮らす生き物たちです」

「…………そっか」

「素敵なお友達ですね」

「友達……うん、そうだね」


 私にできることは、彼の話を信じること。

 そして、明日の朝になったら無事に目を覚ますこと。

 森の仲間……友達に、お礼の木の実をいっぱい持っていかなければいけない。

 畑の農作物にも、たくさんの水を与えてあげなければいけない。

 

「立派な田畑が広がっていて、驚きました」

「でしょ? お米作りはね、今年初めて挑戦するの」


 明日以降もやることが山積みで、これからの人生もとても忙しくなりそうな気がする。


「今年初めて育てる野菜も果物もいっぱいあって……」


 明日を、生きていくことが許された。


「来年育てたい野菜と果物も……」

「賑やかになりそうですね」

「うん……」


 明後日も、し明後日も、祖父母が残してくれた土地で暮らしていくことを、やっと神様に許してもらえた。


「ローレリ……」

「うぅ……」

「……怖かったですよね」

「うん……うん……」


 シルヴィンには、絶対に見せたくないと思っていた涙が零れ始める。

 止められなくなった涙を拭おうとすると、その涙を拭ったのは私じゃない。

 優しさという感情が込められたシルヴィンの指が、私の涙を拭ってくれた。


「私……殺されるかと思って……」


 何度も何度も繰り返される。

 私はいつも、与えられた人生の寿命を全うすることができない。

 いつも婚約破棄されて、いつも処刑されて……。


「殺されるって、怖いんだよ!? 本当に怖いんだよ!? 何回殺されても、慣れとか生まれてくるわけがないから!?」


 心の叫びをシルヴィンに訴えたところで、私の気持ちも私が経験してきた人生も伝わるはずがない。

 それでも私は、自分の中に宿ってしまった恐怖心を消し去るために訴える。


「傷の手当てが終わりましたので」


 すると、私の訴えは棄却された。

 それは当たり前の流れ。

 だって、シルヴィンは私が似たり寄ったりな人生を繰り返していることを知らないから。


「お夕飯にしましょう」

「それは……」

「たまには贅沢をしてみようかなと」

「お肉!」


 私は日本人に転生したときに学んだをシルヴィンに振る舞った。

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