第5話「死にたくない」
「んん~!!!」
そんなに長い人生を歩んできたわけではないけれど、そこそこの人生は歩んできたつもりだった。
「おい! もっときつく結んでおけ!」
体を縄で縛られるという経験。
こんな事態に遭遇することになるなんて、一体どういう人生を歩んできたら想像することができたかのか教えてほしい。
(暴れたり、歯向かったりしたら、相手の感情を逆撫でるだけ……)
数人の黒装束の男たちに囲まれているけれど、私の思考は冷静だった。
どうせ、あれでしょ?
婚約者が雇った劇団の人たちか何かで、時が経ったら婚約者が現れて私を助けてくれるって流れに決まっている。
「こいつ、本当にスフレイン家の人間か?」
「なんだかみすぼらしい恰好ですよね……」
私が令嬢といっても、それはあくまで立場的な話。
幼い頃に祖父母に引き取られた私は、それはそれは元気いっぱいに育ってきた。
多少の生活費をもらっていても、贅沢な生活とは縁遠い日々を生きている。
(それにしても……)
私の思考が冷静な理由は、これがシルヴィン……っていうか、もう2度と様付けで呼んであげない。
(えっと、今はそういう文句じゃなくて……)
こんな誘拐犯、絶対にありえない。
間抜けな誘拐犯を目にしているせいか、私の頭は酷く冷静だった。
(どうしよっかな……)
このままシルヴィンの助けを待つしか、誘拐犯から逃げ出す手段はない。
魔法も使えない、武力で戦うこともできない私は、ただただ助けを待つことしかできない。
(自分の無力さが嫌になる……)
いつの時代も、そうだった。
今回の人生こそは、1人で生きていけるように生活力を鍛えてきたつもりだった。
けれど、屈強な男たちの前では何も役に立たないのだと気づかされる。
(そもそも、スフレイン家は身代金を払ってくれるのかな……)
今まで生きた人生では、婚約破棄されてからの処刑がいつもの流れ。
今回は婚約破棄されていないけど、このままでは男共に殺されて人生を終え……。
(って、待った! 待った!)
今回は、私がシルヴィンとの婚約を破棄したようなものだと今更気づく。
私がシルヴィンとの婚約を受け入れていれば、こんな誘拐騒動に巻き込まれることはなかった。
(ってことは……私は、このまま……)
私の人生は、ここで終わる。
森で迷子になったとき用に造っておいた山小屋で、またいつもの定番の展開を迎える。
いつも通り、言葉で表現するのも恐ろしい残酷な殺され方をされてしまう。
(それが、いつもの私……いつもの人生……)
結局人間は頑張ったところで、定められた運命から逃れることはできないということ。
今回の人生も、私は婚約破棄から殺害という流れに逆らうことはできなかった。
(次の人生も記憶を引き継ぐことができたら、今度はおとなしく婚約を受け入れよう……)
婚約破棄のあとに殺されるという流れに慣れ過ぎたせいか、涙も流れてこなくなってしまった。
そんな心の冷たい人間、何度転生を繰り返したところで幸せになれるわけがない……。
「おいっ!」
仲間と人質の私に何かを知らせるために、1人の男が大きな声を上げた。
(きっと、シルヴィンが助けに来てくれたんだ……)
男たちがうろたえてしまうのも無理はない。
私たちが生きる現世では、魔法を使うことのできる人の数が圧倒的に少ない。
シルヴィンが使用する魔法に[[rb:慄 > おのの]]いて、自分たちの計画が大きく狂ってしまったことを嘆いているに違いない。
「そうだ! こういうときの人質だ!」
私が人質になったところで、シルヴィンは戦力を削ぐようなことをするのか。
私は、シルヴィンにとっての大切な人でもなんでもない。
私はただ、シルヴィンが求める魔法図書館の相続人でしかない。
(私が死んだ方が……シルヴィンは魔法図書館を手に入れやすい……)
心細くなると、思考まで暗くなってしまう。
それも、いつも通りの人生。
予定通りに進んでいく人生に慣れてしまったけれど、その人生に慣れてしまった自分が存在するのも凄く悔しい。
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