第2話 四天王

「お、今度の魔王様はちっせぇなぁ!」

 豪快に笑いながら入ってきたのは、赤い髪を逆立てたガチムチの男。片方の胸がはだけていて、腰にごつい剣をいている。

「……」

 無言で入ってきたのは、青いおかっぱの細身の男。こっちは逆に首元までしっかり着込んでいて、弓矢を背負っている。

「魔王様、久しぶりッスね〜」

 ひらひらと手を振りながら入ってきたのは、黒の短髪の小柄な男。身軽そうな服だ。武器は見える所にはない。

「やだぁ、魔王様、かぁわぃぃぃ!」

 最後に入ってきたのは、白い髪のナイスバディな美女だった。丸っこい耳と尻尾を持つ獣人だ。容姿に似合わず大斧を背負っていた。


「こちら、四天王です」

 ああ、そういや歌詞に入っていた。

 話に聞いた魔王の様子からして、もっとザコくても不思議ではないが、四人ともしっかり幹部っぽいオーラがあって、囲まれると俺がカツアゲされてるようにしか見えない。

 四天王とくれば「やつは四天王の中でも最弱……」とかやりたいとこだけど、この中で誰が一番弱そうかって言えば……圧倒的に魔王だな!?


「えーっと……」

 俺はセバスチャンに助けを求めた。みんなの名前が分からん。

「赤いのが煉獄れんごくのゼルガ、青が氷華のリーヴェ、黒いのが虚空のヴァレオン、白いのが獣牙のグラドです」

 一度に言われて覚えられるわけがなかった。

 よし、色で呼ぼう。


「なんだよセバスチャン、俺たちの名前なんざ今更」

「もしかしてぇ、魔王様、記憶がないのぉ?」

 赤と白が鋭い。

「……」

 青は無反応だ。

「ンなわけないっしょ。いくら魔王様でも記憶を吹っ飛ばしたりは――」

 黒が笑い飛ばそうとして、セバスチャンを見て止まった。

 セバスチャンが明後日の方向を向いて口笛を吹いていたからだ。

 誤魔化し方下手くそか!


 はぁ……。

 俺はため息をついた。仕方ない。幹部四人には伝えておこう。変に期待されても困るし。

「そういうわけだから、よろしく」

「おいおいマジか……」

 赤が口元を手で覆った。

「……」

 青はやっぱり無反応。

「プッ、記憶喪失とか、さっすが魔王様」

 黒はケタケタと笑っている。

「えぇぇ魔王様、アタシのことも忘れちゃったのぉ?」

 白は残念そうだ。


「私のことは覚えて下さっていました」

 セバスチャンがドヤった。

「ずっるぅぅい!!」

「ね、魔王様?」

 キラキラした視線でセバスチャンがこっちを見てくる。

 会った途端に名前を呼んだからなんだろうが……。

「ん、あ、あぁ……名前だけな?」

「それだけでも至上の喜び。魔王様がつけてくださった名前ですからね!」

 ……言えない、執事っぽかったからセバスチャンって定番の名が口をついて出ただけだなんて。


「な、なあ、魔王様、記憶がないってのは、どの程度なんだ? まさか魔法の使い方もわからないとかじゃないよな? な?」

 赤が俺の両肩をがしっとつかみ、激しくゆさぶった。

「あー、いや、わかんない」

 魔法ってどうやって使うんだ? 「ファイア」とか言えばいいのか。

「剣の使い方は? 魔王様は格闘技も得意だっただろ!?」

 剣なんて持ったこともないし、格闘技は体育の授業で柔道をかじっただけだ。やればできるという気も全くしない。

「覚えてない」

 きっぱりと言うと、赤は、ものすごく顔を青ざめさせた。


 かと思うと、頭を抱えてブルブルと激しく震え始める。

「そ、そんな、魔王様が戦えないなんて……終わりだ……もう俺たちは終わりだ……勇者に殲滅せんめつさせられるんだ……」

 え、そんなにヤバいの。

 でかい図体した豪快な男が縮こまって震えてる図はだいぶ不安をあおる。

「大丈夫ですよ。今まで勇者が魔王城ここに来たことなんてないんですから。ゼルガは攻撃担当のくせに少し怖がりなんです」

 少しってレベルじゃないんだけど。

 でもそうか、勇者は魔王城に来たことはないのか……。

 

「そうだ、アタシのことも早く思い出してもらわなきゃだからぁ、今夜もいつもみたいに・・・・・・・一緒にお風呂入ろう!」

 白が俺に抱きついてきた。むぎゅっと顔に豊満な胸が押し付けられる。

 一緒に風呂って、え、俺たちってそういう……?

 でも、不思議なことに、ナイスバディな美女に抱きつかれるなんて健全な男子高校生にとっては興奮待ったナシのシチュエーションなはずなのに、下半身がピクリとも反応しない。

 これが部下との信頼関係ってヤツなのか。


 そんなことを考えていると、セバスチャンにベリッとはがされた。

「やめなさい! 魔王様とお風呂に入ったことなんてないでしょう!」

「えぇぇ、そこは黙っててよぉ!!」

「魔王様とお風呂だなんて、私だってご一緒したことないんですよ!?」

「オレはあるッスよ」

「「はぁ!?」」

 黒の乱入に、セバスチャンと白が叫んだ。

 なんかドス声が混ざってた気がするけど気のせいだよな……?


「あぁん? 魔王様と風呂ってどういうことだよ手前ぇ!」

 あ、気のせいじゃなかった。

 白が黒の胸ぐらを掴み、ドスの効いた声で食って掛かっている。

「そのままッス。たまに城下の銭湯に行くんスよ」

「ずっるぅぅい!! アタシも行くぅ!」

 元に戻った。なるほどよく見れば喉仏があるし、声も裏声使ってるな。だから俺も反応しなかったのか。

「それは駄目ッス」

「何でだよゴラァ!」

 せわしないなぁ。

「嫁が怖いんで……」

 黒がすっと遠い目をした。


「奥様はヴァレオンを深く愛しておられる方でして」

 セバスチャンが俺に説明してくれる。

ねえさんのことはもちろんオトk……そんな関係にはなり得ないことは説明済みなんスけどね」

 途中で白にギロリとにらまれて、黒は上手く言葉を言い換えた。

 奥さんが嫉妬深いと言うことか。

「バレなきゃいいんじゃ?」

 実際浮気ではないんだし。

「バレなきゃ……ねぇ……」

 黒がハハッと乾いた笑いを漏らした。


「隠密担当のヴァレオンの部下でもある奥様は、ストー……諜報活動にけていらっしゃるので、絶対にバレます」

 セバスチャンが断言した。

「ヴァレオンは数々の浮名を流していたので、結婚するとは思いませんでしたが」

「外堀を埋められたんスよ……」

 黒が遠い目をする。

おどs……きょうk……政治力にも長けていらっしゃって、ライバルをぎ倒したそうです」

 さっきから言い換える前の単語が怖ぇ。


「まあでも、極稀ごくまれに露見しない時もありますね。先日飲み会に行った時も――」

「ストーップ!! それ以上は駄目ッス」

 黒がセバスチャンの口をふさいだ。

 その途端、ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 視線を感じて扉の方へと目を向けると、扉が薄く開いており、爛々らんらんと輝く瞳ががこちらを覗いていた。

「あー……バレた……もう終わりだ……」

 黒が頭を抱えてうずくまる。


 ビビリ散らかしている赤と、同じく嫁にビビっている黒。そして後ろから俺を抱きしめて離さない白。

 うーん、カオス。

 そんな中、欠片も動揺していない青が俺には頼もしく見えた。

 知的な見た目からしても、こいつが四天王の中の知力担当なのは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

「なあ、お前はどう思う? 魔王に記憶がないの」

「……」

 アドバイスが欲しくて、聞いてみたが、青は無反応だった。


「リーヴェ、魔王様があなたに質問をされていますよ。魔王様はあなたのことを全く覚えていらっしゃいませんが、どう思うかって」

「覚えてないの?」

 あ、しゃべった。

「ああ」

 俺がうなずくと、青は「ガーン!!」とものすごくショックを受けた顔をした。

 え、今さら?

「防御担当のリーヴェは実力は折り紙付きですが、少しばかりバ……飲み込みが遅いのです。わかりやすく話してあげてください」

 知力担当とは真逆だった。


 赤:攻撃担当。ただしビビり。

 青:防御担当。ただしバカ。

 黒:隠密担当。ただし嫁がストーカー。

 白:お色気(?)担当。ただしオネェ。

 銀(セバスチャン):執事。ただし魔王グッズを多数所持

 大丈夫なのか、魔王軍は。

「ちょっと色々考えたいから、一人になりたい」

「ではお部屋にご案内しますね」

 セバスチャンが魔王の自室に案内してくれたが、やっぱり何も思い出せなかった。

 

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