018

 翌日、俺は知り合いが経営している探偵事務所を訪れた。


 名をヘンリーといい、彼女とはもう十年以上の付き合いになる。

 俺とリンが恋人関係であることを知る、たった一人の人物でもあった。


 事務所のソファに座り、俺は事の顛末てんまつをヘンリーに話した。

 騎士団本部施設の地下で拷問に会ったことから、死刑台に国王の姿がなかったことに至るまで、事細かにだ。


 死に戻りをしていることは、自分の中で既に確信に変わっていた。

 

 ヘンリーに話をしたのは、彼女が今最も頼れる人間であると判断したからだ。

 腕を切り落とされる直前、頭に思い浮かべたのがこのヘンリーという探偵だった。

 もし彼女があの場にいれば、いくらでもあの状況を切り抜けるすべを思いついたことだろう。

 ヘンリーは俺よりもずっと頭が切れる。


 俺は、顎に手を添えたまま動かないヘンリーを見る。


 ヘンリーと俺は、姉と弟のような関係だった。

 幼い頃から一緒に住んでいるせいだろう、俺はヘンリーを本当の姉のように思っていた。


 もう10年以上も前、家の前で少女が倒れていたことがあった。

 所々に切り傷がある、ボロボロの姿の少女だった。


 当時の俺は、その少女を大慌てで家の中へ引きずったものだ。

 介抱の仕方なんてわからないから、そのあたりのことは母親に丸投げしてしまっていたが。


 彼女……もといヘンリーが目を覚ましたのは、それから3日が経過した後だった。


 眠りから覚めた彼女は、なぜか酷く怯えていた。

 起きた瞬間、突然知らない人間が目の前にいたのだから、その驚きも仕方がないのかもしれない。


 どんなことがあって家の前で倒れていたのか。

 傷は何が原因でついたものなのか。

 それらをこちらから聞くことは躊躇ためらわれた。


 ヘンリーが落ち着いたのを見計らい、話を聞けば、今は身寄りもないという。

 そこで、俺の家で一緒に暮らすことになったのだ。


 そういえば、と今更ながらに思う。


 あのとき、ヘンリーは瀕死の状態で倒れていた。

 ある程度時間が経過した頃、そろそろ理由尋ねてもいいだろうとヘンリーに聞いてみても、結局教えてはもらえなかった。

 毎回毎回、その話題になるとはぐらかされるのだ。


 まあ、人に知られたくないことの1つや2つくらいはあるだろう。

 が、それでも気になるものは気になる。


「……てなわけだ。どうだ、なにかわかるか?」


 話を聞き終えたヘンリーは、「なるほど」とだけ言ってうつむいた。

 一言も言葉を発することなく、黙り込んでいる。


 何を頭のおかしいことを言っているのだろう。

 今の俺は、彼女にそう思われているのかもしれない。


 静寂に耐えられなくなり、俺は言い訳をするようにまくし立てた。


「俺も状況がよく分かってないんだ。本当に死に戻りしたのか、どうなのか。でも、今日以降を過ごした記憶はちゃんと残ってる。もし戻ったんだとしたら、どうしてんだ……?」

「落ち着け。焦っても状況は変わらない」


 ヘンリーは動かずに俺を制した。

 少々パニックになっていたことに気が付き、深呼吸をして気分を落ち着かせる。


 精神的なストレスがやわらいできた頃、ヘンリーは唐突な話題を俺に振った。


「そういえば、6日後にはハロウィンがあるな」

「え? ……ああ、まあそうだな」


 答えながらも、俺にはその質問の意図がよく分からなかった。

 なぜ突然そんな話をしてきたのか、彼女の意図が読めない。

 そういえばリンにも同じ話題を振られたな、くらいの感想しか出てこなかった。


 ヘンリーはカップを持ったままソファから立ち上がり、窓際の方へ歩いていった。

 何も言わず、俺はそれを見つめる。


 やがて立ち止まったヘンリーは窓のふちを指でなぞった。

 ホコリでもついたのか、人差し指と親指の腹をこする。


「私はその日、何をする予定か知っているか?」

「何をしているかって……ああ、確か教会に行くんだったな。前に聞いたよ」

「……そうか、前に聞いたか」

「……? ああ。でも、何で急にそんな話を?」

「私はハロウィンは教会に行く予定だ。教会が経営している孤児院の子供たちに、お菓子を配りに行くんだ。まあ、いわばボランティア活動だな」

「あ、おう。いや、だからそれも聞いたって……」


 さっきから、コイツは何を言っているのだろう。

 ヘンリーからハロウィンに協会に行くという話は前に聞いている。

 お菓子の件もそうだ。


 ヘンリーはの光に当たりながらコーヒーをすすり、再び俺へと視線を戻した。


「だが、私はまだお前にその話はしていない」

「……は?」

「お前は、未来の私からその話を聞いたのだろう。ハロウィンの話は、次に会ったときにしようとしていた話題だ」

「……っ」


 やはりヘンリーは、俺よりもずっと頭が切れる。


「どうやら、本当に戻ってきたようだな」


 口角を上げ、ヘンリーは不敵に笑った。




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