第4話「お店の差別化を図る」

「でも、分かりました」

「食事が美味しくないこと?」

「いえ、ディナさんのお店を特徴づけなければいけない理由が」


 ディナさんの料理の腕があれば、一日中営業した方が儲かるのは誰もが想像できる。

 体調のことを考えての朝営業ということではなく、朝食を売りにしたお店というところで差別化を図っていたことが判明する。

 美味しくない食事はサンレードの街のことだけでなく、私にこれから生きていく異世界の仕組みというものを叩き込んでくれた。


「寝込んでいる場合じゃないですね!」

「夕飯ができたら呼ぶ……」

「お腹いっぱいです! 朝ご飯を期待しています!」


 お腹いっぱいというのはさすがに嘘だけど、胸がいっぱいなのは本当。


(サンレードは食事業が盛んな街だけど、いつ似たような街が誕生しても可笑しくない)


 世界のあちらこちらから集客に成功しているサンレードが廃れることはないだろうけど、ライバルの村や街。都市が出てくるのは間違いない。


(そっちにお客様を獲られちゃう前に、私は私にできることを……)


 ライバル店が敵視し合う関係はディナさんに託して、私は飲食店と飲食店が切磋琢磨しながら成長していく過程を手助けしたいと思った。


(もうサンレードは十分に発展した街だけど……)


 私が敢えて、サンレードに関わる理由はないかもしれない。

 でも、写真も食品サンプルも今は存在しないからこそ、食事を美味しく描くという技術は異世界の役に立つと信じたい。

 ディナさんのお店の一角である私の部屋へと籠り、私は異世界に来てアルカさんからいただいた画材を木箱の中から取り出す。


「んん……」


 前世にも、すずめという生き物が存在していたはず。

 年々数が減ってきているとか、そういう事情は知らない。

 けれど、前世の私は小鳥のさえずりを聞いて目を覚ますなんて経験をしたことがない。

 正確には、小鳥のさえずりを意識して生きたことがない。

 これからの私が新しく生きていく場所は、またしても私に初めての経験をプレゼントしてくれた。


「朝……? って」


 異世界のすずめもどきは、深夜にも鳴き声で人間を起こすという習性があるらしいです。


「遅くなりました!」

「はよ」

「おっはよー、ミリちゃん」


 おはようと挨拶を交わし合うけれど、私たちはお客様のために朝ご飯を提供する側の人間。

 太陽が昇る前に自分たちの朝食を済ませて、お客様を出迎える支度を始める。


「あっ、早速、買った服だね」

「ちゃんと服を着るって、こんなにも素敵なことだったんですね」

「ん? 服を着るって当たり前のこと……」

「あ、いえ、なんでもありません!」


 おしゃれに疎かった前世の私を知らないアルカさんは不思議な顔を浮かべながらも、すぐにくしゃっと顔を綻ばせて爽やかな笑顔を私に見せてくれる。


「昔々の私は、アルカさんと出会ったときのような恰好をしていたというわけです」


 ジャージ生活万歳。

 ありがとう、体操着。

 高校時代と大きく体格が変わっていない私は、家の中では高校時代の体操着を愛用。

 おかげで、異世界転生してきたときの恰好も体操着だったという展開を迎えた。


「今日の朝ご飯は、わかめスープですか?」

「わかめとか海藻とか海苔がいっぱい獲れちゃったんだよね」


 わかめという食材は、異世界にもあるらしい。

 このわかめに見えるものの正体は、なんとかモンスターの髪の毛とか触手でした。

 そういう展開じゃないことに安堵の息を零す。

 ただ、海苔がいっぱい獲れたという言葉が引っかかる。

 海苔は、職人さんが手塩にかけて作るものではないのでしょうか。


(あれ? でも、なんだか和風っぽい香りが……)


 この世界には和風、洋風、中華という区別がないらしく、私は心の中で疑問を抱きながら厨房を覗き込んだ。


「海苔の佃煮!」

「ああ」


 缶詰が存在する世界なら、瓶詰もあるはず。

 でも、私がよく知っている海苔の佃煮が入った瓶詰が登場することはなかった。


「海苔の佃煮って、自分で作れるんですね……」

「既製品があったら楽なんだろうけどな」


 トマト缶はあって、海苔の佃煮の瓶詰は存在しないということらしい。


「作り方か?」


 私がよく知っている『海苔』と、異世界の『海苔』は違うのかもしれない。

 そう思ってディナさんの調理工程を覗き込んでみると、ディナさんは親切に私の興味関心を拾い上げてくれる。


「海苔の佃煮は知っているんですけど、自分で作るってことが意外で……」

「ミリちゃんの世界は既製品があるんだ」

「はい、瓶詰っていうものが……」


 瓶詰でお馴染みの海苔の佃煮を説明しようとすると、ディナさんは今から海苔の佃煮を作るぞと私に合図を送る。

 もう既に私たちが食べる分は用意されているのに、ディナさんは一から海苔の佃煮の作り方を教えてくれるという面倒見の良さに感動してしまう。


「海苔を鍋の中に入れておく」


 ディナさんが紹介してくれた海苔は、どこからどう見ても私が前世で親しんできた海苔の見た目で間違いなかった。

 この海苔が異世界では職人の手で作るものではなく、採集できるということらしい……。


「ミリの世界で馴染みのある出汁と、醤油、酒、みりん、砂糖も鍋に入れる」

「ああ、なんか、それだけで食欲をそそりますね」

「で、火を使う前に、調味料で海苔をふやかす」

「確かに、ふやかした方が煮詰めやすそうですね」


 海苔の佃煮の作り方に関心すら持ってこなかった。

 けど、ディナさんはあっという間に私が求めていた懐かしの味を再現してくれるから、興味を抱かざるを得なくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る