第7話「明日、明後日、未来のことを考える」

「今日は、炭水化物パーティーですね」

「適当に、添え物用意する」


 そう言ってディナさんは、あっという間に栄養価を考えた小鉢のようなものを用意してくれるから凄い。

 作り置きのおかずなんて適当に並べてしまえと思う私に対して、ディナさんは食材が被らないようにとか、色味的なものとか、いろんなことを考えてサイドメニューを組み立てていく。


「アルカさん、遅いですね」

「コレットに捕まってるだけだろ」

「アルカお兄ちゃん、大好きですもんね」

「ああ、そうだよ」


 綺麗な顔をしておきながら、妹からの好感度を得ることができないディナさんを見て、自然と口角が上がってくる。


「ではでは」

「いただきますっ」

「いただきます」


 異世界に転生をしたと思われる私だけど、共通の言語があるってありがたい。共通の文化があるって、本当にありがたい。


「ん、鯵と梅の組み合わせが絶妙です!」


 アルカさんと共有できるものがあるからこそ、私はこうして食事を楽しむことができているのだから。


「あー、でも、醤油の量は調整だな。そうめんの塩分が多い気がする」

「んー、でもでも、醤油を減らすと、麺同士がくっついちゃいませんか?」

「くっついたそうめんとか、最悪なんだよなー……」


 麺を解す手段はいろいろあるにしても、くっついたそうめんは見ただけで食欲を落とす原因となってしまう。


「油……なんか、油みたいなものと醤油を組み合わせてみては?」

「油か……」


 料理素人としての意見を述べていくことにも、なんの迷いも生じなくなっている今日この頃。

 ディナさんは私の意見を絶対に無視しないと確信できるからこそ、自信を持って自分の意見を伝えることができる。


「オリーブオイルか、ごま油あたりか」


 現代日本と調味料が同じことから、オリーブオイルとごま油が存在することに驚きたくはなかった。

 でも、心の中では盛大にツッコむ。なんでもありな異世界での食生活に、乾杯したいと思う。


「おにぎりの方は?」


 茶碗に盛り付けたご飯を口にしようとすると、ディナさんは握ってくれた三角の形のおにぎりを私に分けてくれた。


「こちらは何も問題ないと思います。梅干しの塩味と……あとは握るときに塩を使ってると思うので、加減がちょうどいいです」


 遠慮することなく、おにぎりを口にする。

 私が遠慮しなくなってきたのは、こういうさりげない気遣いをディナさんが提供してくれるからこそ。


「ですが、旬の鯵を味わってほしいとなると……」

「そうなんだよなー……おにぎりに使ったのは、干物なんだよな」

「鯵のたたきをご飯に乗せたら、丼になってしまいますね」

「目新しさがない、か……」


 コミュニケーション能力が育ててもらっているのを感じられる相手と巡り合うことができたからこそ、私は上辺だけの言葉で会話を終わらせたくないと思った。

 ディナさんのお店を盛り上げたい気持ちがあるからこそ、私はきちんと自分の気持ちを言葉で表現していく。


「行列の絶えないお店を想像するだけで、感動してきてしまうんですけどね」


 昔から、妄想の世界に浸るのは得意だった。

 私が異世界にやって来て、絵描きを始めたことで、ほんの少し増えてくれたお客様。

 そんなお客様の顔を思い浮かべながら、私は明るい未来への妄想を膨らませていく。


「これから鯵の旬を迎えるって考えると、そうめんで勝負した方がいいかもしれないな」


 おにぎりも捨てがたいと考えてしまうあたり、私は相当ディナさんの料理に惚れこんでいると分かる。

 愛情を込めてお店のことを考えているからこそ、鯵の干物おにぎりとの別れは寂しい。


「だんだんと気温も上がってきますか?」

「鯵の旬は春から夏にかけて。そう考えると……」

「冷たいそうめんに需要がある!」

「だな」


 お店に出す新作メニューが決まったら決まったで、私たちの食事はもっと賑やかなものになっていく。


「にんにくと醤油味ってのもいいかもな」

「同じ味のそうめんが続いたら、お客様もがっかりしてしまいますよね」


 毎日ご飯やパンを食べても飽きないのに、どうして夏場のそうめんだけは飽きてしまうのか。

 それはバリエーションのなさが原因なのかなと、なんとなく料理素人なりの意見を出してみる。


「お出汁と醤油の組み合わせとか、いかがですか」

「出汁醤油の案はなかった」

「おっ、ディナさんのアイディアを超えちゃいましたね」

「出汁醤油と組み合わせるなら、生姜か……」


 これだけ大量の炭水化物を口にすると体重が恐ろしいことになるのは間違いないのに、美味しい食事は私たちの会話を弾ませていくからやめられない。


「ディナさん、今後もおにぎりも食べれるようにお願いします!」

まかないでもなんでも作ってやる」


 賄いとして出てくるのも楽しみだけど、この美味しいという感情はお客様とも共有してみたい。

 次から次へと生まれてくる願望は、更に夕飯を美味しいものへと変化させてくれる。


「今から試したいな……」

「え、さすがにもう食べられませんよ」

「ちっ」

「そこで舌打ちしないでください!」




『鯵の漬けそうめん』 明後日からではなく、夏頃ご用意してお待ちしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る