第15話

71、『 まとも 』


 まだ時折頭がクラクラする。健至は駐在所の扉を開けると中に入った。

「こんにちは」

 返事がない。

「あのー、こんにちは」

 すると、奥の方で、はい、とも、おお、ともつかない声が聞こえた。そして程なくして、まだ半分私服姿の猫田巡査が姿を現した。

「ああ、どうも。退院されたんですね。ちょっとお待ち願いますか?着替えてきますんで」

「分かりました」

 健至は頭を下げると、中を見回す。いい具合に小ざっぱりしている。ここに入るのは初めてだ。子どもの頃の駐在所は、今、コンビニがあるところの近くにあった。確か門脇だか、門町だか云うお巡りさんが居て、時々健至ら地元の子どもたちにも挨拶してくれていた。そこには一人娘がいて、健至よりも一つか二つ年下だったが、今はもう立派な大人になっているだろう。その娘が学校で、何かの用事で来ていた父親とばったり会った時の様子を、健至は何故か今でも覚えている。お互いに気恥ずかしそうに、それでいて親しげに、親子は目を合わせて、父親は用が済むと足早にバイクに跨り、校庭を後にした。それを見送る娘の小さな後ろ姿…。

「どうも、お待たせしました」

 猫田が声を掛けた時、健至は外に置いてある、二百五十ccバイクに目をやっていた。

「あ、はい」

「どうぞ、お座り下さい」

 猫田は近くにあった、パイプ椅子を健至にすすめる。健至はそれに腰掛けながら、テーブルに置いてあるミニチュア版のクリスマスツリーに目をやった。


「さて。じゃあ、調書はこれで取らせていただきました」

 猫田がそう言い、健至も一つため息をつく。

「すみませんね、退院されたばかりだというのに」

 猫田は軽く頭を下げる。「そう云えば、今日はクリスマスですよね」

 猫田が書類のページを手繰りながら言った。

「ええ、そうですね」

 健至も応える。

「昨日はケーキ、食べられました?」

「はい。まあ、一応」

「私も、近所の床屋さんからひとつ貰って食べたんですが、一人で食べてもあんまりピンときませんね、ああいうものは」

「駐在さんはまだ、おひとりですか?」

 健至はほぼ同世代の猫田に尋ねる。

「ええ。戸田さんも、ですよね」

 猫田は健至を見て微笑する。「ま、今時珍しくもないんですけどね」

「確かに」

「戸田さんは、子ども好きですか?」

「え?」

 健至は意外な質問に、少し戸惑う。

「いえね。自分、子ども、全然好きになれないんです」

「そうなんですか?」

「はい。職業柄、それじゃあ困るんですけどね。この前もほら、例の猫ばあさんの家に行きましてね」

「ああ、あの女の子の一件…」

「ご存知でしたか。可哀想な子なんですけど、何て云うのかなぁ、妙に大人びてるって云うか、…正直絡みにくい子なんですよ」

「そうですか」

 噂には聞いていた。健至は頭の中で想像してみる。

「確か母親と小学校下の団地に住んでたんですよね」

「ええ。どうも父親が病気で亡くなってから、母子共に孤立してたみたいで」

「孤立…」

「もともとご近所付き合いもそんなになかったんでしょうね。実際夜逃げの後も、誰も気づいてなかったんですから。それに、どうやら虐待の疑いもあって」

「こんな田舎でも、そんなことがあるんですね」

 健至は正直な気持ちを言う。

「そうですね。それも自分は男と逃げて、子どもは近所でも噂の変人のところに置き去りにしちゃうんですから」

「猫ばあさん。昔は普通の家だったんですけどね」

「ああ…」

 猫田は曖昧に返事をする。「確かに話したところ、意外と普通の人でしたね」

「あそこ、旦那と息子がそろって障害者で、僕たち子どもの頃、何かと騒いでからかってたりしてたんですよね。息子の方はそれから長く引きこもりになっちゃって、結局自殺しちゃったんです」

「ええ、聞いてます」

 猫田は健至を見ている。

「今思えば、自分たちも随分ひどいことしてきたんだなって思います」

 健至は言う。

「子どもって残虐なところ、ありますから。動物、わざと虐めたり…」

「そうですね」

「口も悪いし」

「ええ」

「でもそれって、もともと人が持ってる、本性の一つなのかもしれませんね」

 健至はそう言う猫田を、不思議そうな顔で見返す。

「お巡りさん、彼女さんとかは?」

「え?」

「いや、警官にしとくには、優しい人だなって」

 すると猫田は、慌ててそれを否定する。

「そんなこと、ありませんよ。自分、こういう仕事ですから、そうとでも思っておかないと、まともじゃいられませんから」

「ああ、そんなものですかね」

 健至はなんとなく納得する。

「それじゃ、僕はこれで…」

 健至は立ち上がり、駐在所を出て行こうとする。

「あ、戸田さん」

 猫田が呼び止める。

「はい?」

「あの廃坑、もう近付かない方がいいですよ。よくない噂も聞きますし」

「よくない噂?」

「自分、そういうのほとんど信じないんですけど、変なもの見たって言う人もいて」

「そう、なんですか?」

「戸田さんは…」

「いえ、別に」

 健至は即答する。

「…そうですか、分かりました。どうも、御苦労様でした」

「さよなら」

 健至は外に出た。空はどんより曇っている。もうすぐ正月か…。健至は呟いてから、また駐在所の中を振り向く。すると猫田がまだこちらの方を見ていた。お互いに会釈する。

「『まともじゃいられない』か…」

 健至はそう言うと、自分の車に乗り込んだ。




72、『 親族 』


「もう、ビデオとかやめろ」

 食卓の戸田フジは、佃煮を箸でつまみながら息子に言った。朝食。茶碗を持った息子は黙ったまま、時折テレビの方を気にしている。

「健至」

「分かってるよ。マルオが『あと一本作ったら』って」

「全く、いい年して二人とも…」

「しょうがないだろうよ。仕事」

「へん」

 フジは佃煮と白米を憎々しげに口の中に放り込む。

「なんでコンビニの仕事と、ビデオ撮るのが一緒なんだよ。また如何わしいことに決まっとる」

「あのさあ…」

 息子は思わず茶碗を食卓に置く。

「何だよ」

「心配かけたのは悪いと思ってるけど、いつまで引き摺ってんだよ」

「何を」

「『何を』じゃないよ。朝から不機嫌、撒き散らしてよ」

「大体ね、畑仕事もほったらかしにして、何してるかと思ったらこのザマだ。母ちゃん、情けなくて泣きたくなってくるよ」

「勝手に言ってろ」

 息子は席を立つ。

「仕事か」

「決まってんだろ」

「あそこの社長、選挙に出るんだって?」

「ああ」

「どいつもこいつも、何考えてんだか…」

 フジは食卓で一人、大きなため息をつく。


「はい、もしもし」

 畑の中。フジは最近ようやく慣れ出した携帯を手に取る。

「あ、義姉さん。私」

「ああ、どうしたの?」

 義妹の昌代だ。

「健至、元気になった?」

「ああ、もう大丈夫だよ。結局入院も二日で済んだし。あんたにも心配かけたね」

「ううん。私もね、ちょっと責任感じちゃって」

「責任?何の」

「ほら、例の見合い話の件…」

「見合い?ああ、あれは全然関係ないよ」

「でもあの子、ああ見えて、結構ナイーブだからさあ」

 フジは昌代の話を聞きながら、少し苛立ちを覚える。

「どうか知らないけど、見合いを振られたからって、自分を持ち崩すようなヤワじゃないよ、ウチのは」

「だと良いけど、ちょっと心配でね」

 昌代もそれ以上は続けない。

「正月大みそか、どうすんだい?」

 フジは言う。

「うん、寄らせてもらうよ。お邪魔じゃなかったら」

 昌代はそう言って、早々に電話を切る。

 不思議な子だ…。フジは携帯を仕舞いながら昌代のことを思う。人懐っこい割に、遠慮も人一倍。それにしても変なことを言う。見合いのことと、今度の事故と何の関係があるというのだろう…。

 胸の中に、ある思いが過りかけるのを感じて、フジは再び鍬を持って、畑の堅い土を砕き始める。

 冗談じゃない…。フジの手に、いつになく力が入った。


 自分の老いた女房の姿を、すでにこの世のものではない亭主は、言葉もなく見守っている。どうやら息子は何を思ってか、『境目』に近づいてしまったらしい。『境目』。そこはこの世とあの世の隠し扉のようなもの。もちろん自分もこんな姿になったからこそ知り得たことだが、正直あまりいい話は聞かない。そもそも何故そんなものがあるのかさえも、誰もはっきりしたことは答えられない。

 マズイことになる前に、何か手を打つことができたら…。そう思いかけた時、耳のすぐそばで誰かの声が聞こえた。

「慣れないことはやめておけ」

 振り返ってみたが、誰もいなかった。家の方から、先程から犬がこちらに向かって吠えている。

 馬鹿犬め…。亭主はそう呟きながら、もうしばらく女房の傍らにいた。




73、『 機転 』


「おい、兄ちゃん。この辺に猫ばあさんって人の家、あるかい?」

「ええ、ありますよ」

 久し振りにコンビニの深夜シフトに入った健至は、カウンターの見知らぬ客に返事をする。相手は見るからにまともではない格好。

「どう行けばいい?」

「奥迫ったところなんで、ちょっと分かりにくいんですけど」

「いいから早く教えろって」

 咄嗟に声を落とし凄む相手に、健至は思わず目を伏せる。どうする?普通に道を教えていいものだろうか?どう見ても平穏無事には済まない気がする。しかし客に嘘の道順を教えるわけにもいかないし…。

健至は時間を確認する。午後十時半。マルオに電話してみるか?それよりも警察が先か?

「前の国道を左に出て下さい。少し行くと信号があってそこを右折。後はしばらく真っ直ぐです」

「そのばあさん家、目印になるようなものはあるか?」

「目印ですか?ちょっと…分かりませんね」

 健至はわざと言葉を濁す。

「チッ。分かった、アンガトな」

 男はそう言うとさっさと店を出ていく。健至はカウンターの隅に置いてある、電話の子機を手に取る。

「…あ、駐在所ですか?本町のコンビニからですけど」

 電話の相手は猫田巡査だ。相手はどうやら健至には気づいていないらしい。健至は手短に先程の客の話をする。

「…分かりました。念の為、今から行ってパトロールしてみます」

「よろしく」

 電話を切る。やれやれ、できることはやった。あとは本職さんに任すとしよう。それにしてもあの男、猫ばあさんの家にどんな用があるのだろう。おそらくあの子の母親がらみに決まっているが、今頃になって一体?


 三十分後。健至はマルオに頼まれていた、発注の為の在庫チェックを始めている。しばらくすると玄関の自動ドアが開く気配がした。

「いらっしゃいませ…」

 健至が立ちあがると、そこにはさっきの男とは違った、独特の雰囲気を持つ痩せ男が立っていた。片手には大きめの紙袋。男は一旦本のコーナーに立ち、雑誌をめくり始めたかと思いきや、今度はトイレの中にゆっくりと入っていく。

 予感がした。今日は妙なことに巻き込まれる気がする。健至は警戒する。さっきの男といい、今の男といい、自分が暮らしているこの水穂の町には、似つかわしくない連中だ。早く立ち去ってくれるに限る。

 また玄関が開く。見ると、ジャンパー姿の猫田だった。

「あれ、戸田さん?」

「ああ、どうも」

「じゃ、さっきの電話…」

「ええ、私が」

 健至は曖昧に頷く。「で、どうでした?」

「いや、不審な者は見ませんでしたね」

 猫田は応える。

「道、迷ったのかな」

「そしたら、こっちにまた戻ってくると思いましてね」

 なるほど…。健至は納得する。しかし今、トイレに入っている男のことを、猫田に言った方がいいのかどうか、一瞬躊躇する。その時、トイレの方で洗面所の水道の音がし、まもなく男が出てきた…。と思いきや、その姿は頭からつま先まで、すっかり女だった。

「?」

 健至は思わず目を見張るが、猫田は当然だが気がつかないようで、ホットの缶コーヒーを物色している。

 どういうことだ?健至はその者をよく見る。すると先程の違和感が今更のように甦ってくる。そうか、あれは男装だったんだ。ということは…。

 健至は女の様子に注目する。どうやらそれなりに年はいっている。多分、いや、間違いなくあの子の…。

「すみません、レジいいですか?」

 猫田が缶コーヒーを片手に声をかけてくる。女はどうやらそのまま出ていく様子だ。表には白い軽自動車が停まっている。中には誰もいない。つまり女は一人。

 健至はカウンターに回りながら、躊躇する。その時だった。駐車場に先程のチンピラ風の男のセダンが、滑り込むようにして入ってくるのが分かった。

 女は気づいていない。まずい…。

「あの、ちょっと、お客さん」

 健至は猫田を放って、女の方に駆け寄る。猫田も何事かと振り向く。

「…何ですか?」

 女は顔を伏せがちに応える。

「まだ御会計がお済みでない物、ありますよね。ちょっと事務所までいいですか」

 健至は女の目を見ながら、一息に言い切った。




74、『 新春三景 』


 炭鉱の跡地に立つスーツ姿の男がいる。土地の者ではない。しかし男は時折ここに立ち、物思いにふける。そしてその者を背後から窺う亡霊。両者には特に血縁関係がないにもかかわらず、どことなく、だが本質的な何かが似通っている。

「加藤さん」

 名を呼ばれて男は振り向く。今日は待ち合わせがあった。

「ああ、どうも」

 男は目の笑わない笑顔で返す。相手の男は吉田縫製の社長だ。二人は何やら親しげに話をし、そこいらをぶらぶらと歩き出す。その傍らを遠すぎず近すぎず、亡霊は追っていく。


 マルオこと瀬本将雄は、コンビニの新春ブロック会議で発言をしている。パソコンに繋いだプロジェクターからは、将雄と健至が作った水穂のビデオが流されている。集まった店長たちはそれぞれ暗がりの中、無言で視聴しているが、その様子から反応はそこそこと云ったところだろう。それよりも将雄が気になるのは、やはり今年丁度五十になると云う、社長の反応だ。上映が終わり、室内が明るくなると、数人からの質疑応答があり、将雄は緊張しながらも経過を報告する。そして最後に社長がマイクを持った。

「大変感銘を受けました。年末の忙しい時期に、オーナー店のスタッフがこれだけユニークなものを作り上げる、これは大変な作業だったと思います。これからコンビニ業界は更なる寡頭競争に入ると予想されますが、その輪から抜け出る一つの方向性が見えたような気がします。まだ極秘計画ですが、一年後は全店展開できると期待します」

 自然と、将雄に対する拍手が起こり、将雄は始終恐縮し通しだった。帰ったら健至に早く知らせてやろう。最期に将雄は、社長と記念撮影をした。


 康子は義母と息子の三人で食卓を囲んでいる。正月ももう二日。さすがにおせち料理にも飽きてきた。それで今日はあっさりと餅の入った素うどんを食べている。

「宿題は終わった?」

 康子は息子に聞く。

「もう、お正月前に終わってた」

 息子はドンブリを持ったまま応える。横を見ると義母がうどんの麺を一本ずつ箸ですくって食べている。その姿を見ながら康子は、どうにか今年も元気に過ごせますように、そう人知れず祈る。

「康子さん、私、老人ホームに入ろうかね」

 突然義母が言う。

「義母さん、どうしたの?いきなり」

 康子は呆気にとられる。

「前から考えちゃいたんだよ。あんたもさ、まだ若いんだし、祐輔だけだったら、まだ瘤付きでももらってくれるところもあるんじゃないかい?」

 康子は思わず義母の正気を疑う。しかし相手の目は、いつになく穏やかなままだ。

「そんな…。今までのままでいいじゃない。何の不都合があるの?」

「不都合なんてないよ。ただね、その、気になってさ」

 義母はそう言うと、またうどん麺を一本すくう。「たまにはカツオ出汁もいいね」

 康子は一瞬言葉に詰まり、その弾みでうどんを喉に詰まらせる。

「ママ、大丈夫?」

 息子の祐輔は、むせ返る母親に怪訝そうな眼差しを送る。

「あーあ。冬休みもあと三日か」

 テレビでは、相変わらずのお笑いバラエティーが、メンバーだけが入れ替わりながら繰り返されている。

「山本麗華、猫ばあさん家の子どもになるのかなあ」

 祐輔が思い出したかのように一人呟いた。




75、『 続・機転 』


 健至は女と猫田を裏の事務所に引っ張り込むと、

「あなた、猫ばあさんの家に用があるんでしょう?」

 そう女に詰め寄った。

「だから、何?」

「猫田さん、この人…」

 健至は猫田を見る。「そういうことですか」

「今、表にさっきのヤクザが来ています。しばらくここで万引きの取り調べをしているということにしていてください」

「了解」

 猫田はジャンパーを脱ぎ、まだ支払いの済んでいない缶コーヒーを、思わず口に含む。女もようやく事情を飲み込んだ様子。

「おーい」

 表で声がする。健至は足早に出ていく。

「はい、いらっしゃいませ」

「おう。猫ばあさん家な、やっぱり分かんねえや。何か、簡単な地図書いてくれや」

「ええ。いいですよ」

 健至は引き出しから紙とボールペンを取り出すと、几帳面な線で地図らしきものを書き出す。

「それからよ。その猫ばあさん家に、小さな子どもいねえか?」

「子どもですか?」

「ああ、女の子」

「さあ、…どうでしたかねえ」

 健至は応えながら、表にある相手のセダンを一瞥する。中にもう一人いるようだ。

「その女の子がどうかしたんですか?」

「ん?ああ、ちょっとな」

 この手の人間は、人にものを聞きながら自分は答えない。至極我儘な連中。地図は書き上がった。実際より適当にデフォルメした地図。その時、また表の駐車場に一台の車が滑り込んでくる。どうやら駅前タクシー。

「じゃあ、これでいいですか」

 健至は地図を男に渡す。

「大丈夫だろうな」

「え?まあ、多分…」

 すると男は黙って、そのまま玄関を出ていった。入れ替わりにタクシーの運転手が入ってくる。

「こんばんは」

「あ、橋本さん」

 知り合いの運転手だ。

「あれ、珍しいね。一人?」

「ええ。暮れに休んじゃって、皆に迷惑かけたんで」

「そう。お互い、体力の曲がり角だよ」

 そう言うと、橋本はにこやかに笑った。この人もUターン組らしいが、その屈託の無さは他とはまるで違う。健至はそんな橋本を何気に気に入っている。

「戸田さん…」

 その時、事務所の戸が開き、猫田が顔を出した。

「ああ、すみません。もういいですよ」

 すると奥から二人がするりと出てきた。橋本は何事かと目を丸くしている。

「これからどうします?」

 猫田が健至に問う。

「そうですね。私は朝までここを離れられませんし。店長を呼び出してもいいんですが、とりあえず駐在所でかくまってもらうというのは?」

「構いませんよ。私が聞きたいこともありますしね」

 女はその間、ずっと小さく俯いたままだ。

「それでいいですか?」

 健至は女に確認する。女はコクッと首を縦に振ってから

「あの…」

「何ですか?」

「麗華ちゃん、元気でやっていますか?」

 真っ直ぐに健至を見た。

「え?」

 健至は動きを止める。

「だから、麗華ちゃんは…」

「あの、あなたは麗華ちゃんの…?」

「私、麗華ちゃんの母親、山本智香の妹です」

 女はきっぱりと言った。

 健至も猫田も、さすがにそこに立ち尽くした。

「何だか、ややこしくなってきたねえ」

 そこで何も知らないはずの橋本が、誰にともなく笑顔で言った。

 女は近藤遥香と名乗った。

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