第4話 孤独な惑星
私たちは自然と三人で過ごすようになっていた。
特に日菜は明日香とみるみるうちに仲良くなっていった。明日香の話す東京でのエピソードにも興味津々だったし、日菜の適当な話を真面目に聞いてくれるのも大きかったみたい。
二人だけで放課後に遊びに行くことも多いようだった。
友達同士だし私は水泳の練習があるから仕方ないのに、そこに私がいないことがどうしても胸の奥に引っかかる。
駄目だ、集中しなくちゃ。
私はその度にそうやって自分に言い聞かせた。
スイミングスクールの選抜選手になったのでサボって遊ぶなんて言語道断。
だから私は雑念を振り払って練習へと没頭した。大会が終わったら目いっぱい遊ぶんだ、そう心に決めて。でも――
「そういえば昔、身近な人を星に
それはある日の昼休みのこと。三人で机を囲んでお弁当を食べていると日菜が突然そんなことを言いだした。
「そんなこともあったね」
忘れるわけがない。だってそれは私にとってかけがえのない思い出だったから。
なんでもない風を装ったけど、日菜も覚えていてくれたのがどうしようもなく嬉しかった。
「へえ。なんだかロマンチックね」
最近知ったけど明日香は大分夢見がちというか、乙女だ。まるで少女漫画の主人公みたい。
きっと心の奥底では白馬の王子様を待ち焦がれてるに違いない。
真面目そうな見た目とのギャップも彼女の魅力の一つだけど。
「二人は何の星だったの?」
「んとねー、みなせは水星で」
「日菜が太陽、だったかな?」
「なんだかイメージにぴったりって感じ」
「そう? えへへ」
明日香の言葉を聞いて日菜は嬉しそうにはにかむ。
そう言えば、あの頃はどこまで決めたんだろう。金星が日菜のお姉さんってことは覚えているけど。
「それだったら明日香ちゃんは地球だね!」
なんて考えていると、日菜があの日のたとえ話の続きを唐突に再開した。
「地球?」
「うん。地球って青く綺麗に輝いていて、他の星とは違って特別で、まさに明日香ちゃんだよ」
美人な明日香が地球というのは確かにしっくりきた。
だけど理屈じゃないところで私はそれを受け入れられなかった。
日菜にとって明日香は、太陽系における地球みたいに、他の星とは違うかけがえのない特別な存在なんだろうか。
「それなら私たちは今、明日香の上にいるんだね」
こんなこと気にしているのは私だけ。
日菜だって深く考えて発言してるわけじゃないし、急に落ち込んだりして二人を困らせたくはなかった。
「明日香ちゃんに包まれてる……踏んづけてる?」
「なにそれ、もーっ」
だから私は冗談で誤魔化そうとしたけれど、日菜の言葉は私の胸にいつまでも消えない棘を残した。
家に帰った私はベッドの上へ横になりスマホで水星について検索する。
太陽系第一惑星、大気が薄くていつも同じような顔をしてるけど、実は昼と夜で温度差が激しい。月のように輝き満ちては欠けるその星の地表は、無数のクレーターで醜く荒れ果てている。
そして水星は、太陽系で一番小さい。
それを意識した時、私の心に水銀のようなドロドロとしたものが渦巻いた。
一番近くにいると思ってたけど、日菜にとって私なんてちっぽけな存在だったのかな。
今まで考えもしなかった疑念は思いついた瞬間から私の心を蝕んで、その全てをすっぽりと包み込んでしまうまで大して時間はかからなかった。
大会まで
二人は気にして声をかけてくれたけど、ほとんど予定が合うことはなくて、それに一度断るとなんだか次も行きづらくて。
やがて予定がなくても水泳を理由に私は二人の誘いを断るようになった。
別に大会前に遊べなくなるなんて今までだってあったのに。明日香が来てから私は変わってしまった。
練習にもいまいち身が入らない。私のいない場所で二人が楽し気にしている姿を想像して、モヤモヤとした気持ちが私の中を覆いつくす。
だけど、こんな気持ちもめんどくさい状況も全部大会が終わったら解決する。
そう自分に言い聞かせて私は無理やり気持ちを奮い立たせた。
そして迎えた大会当日。この日は朝から調子が良かった。
ここを乗り切れば全て元通りだと、そう思って気持ちが楽になっていたのかもしれない。
だけどスタート台へ向かう途中、つい二人のことを探してしまった。
そして見つけてしまった。観客席で仲良さそうに談笑する日菜と明日香の姿を。
ああ、私がいなくても二人は――
その瞬間、私は孤独になった。すぐ近くに他の選手たちがいて、観客席には各校の関係者がいて、そこには日菜と明日香もいるのに。
――水星には衛星が一つもないんだって。広い宇宙を独りぼっちで回り続ける。まるで今の私みたいに。
頭にあるのはそんなことだけ。スタートの瞬間、水を掻くイメージ、ターンの感触。思い描くべき全てが消し飛んだ。当然タイムは最悪だった。
「たまには上手くいかないこともあるって」
「また次がんばろ? ね?」
帰り道、二人がかけてくれる慰めや励ましの言葉が余計私を惨めにさせた。
大丈夫だよ、と作り笑顔を浮かべて取り繕う。主演女優賞ものの演技のおかげで二人がそれ以上私に心配の声をかけることはなかった。
戻ってくるはずのいつも通りの日常は大会が終わっても戻ってこなかった。というより、私だけが戻れなかった。
だって日菜も明日香も変わらない。別に大会の前だって後だって二人は二人のままだ。
そう、変わらない。別に私がいてもいなくても。
嫌なことばかり考えてしまう。私って本当に最低だ。
それでも私一人がこの醜い気持ちを隠していれば表面上はいつも通り。そう思っていたけれど。
「ねえ、今度の土曜日皆で遊びに行こうよ」
それは以前のように三人で下校している時のこと。
みなせのお疲れ会も兼ねて、と息巻く日菜の誘いに対して私は――
「行かない。私抜きで二人で行けば良いでしょ?」
堪えていた気持ちが
一瞬の沈黙。面食らった顔の日菜と何事かと心配そうにこちらを覗き込む明日香を見て私ははっとする。
「いや、その、部活の反省会があって。だから、そういうことだから……ごめん!」
慌てて言い訳をしたけれど、いたたまれなくなった私はその場から逃げ出した。
どうしよう、どうしよう。絶対変に思われた。取り返しのつかないことをしてしまった。
ぐるぐると渦巻く思考に合わせるみたいに世界も視界もぐるぐると回っていた。
それは錯覚だと分かっているけど。日菜とも、明日香とももう仲良くできないかもしれない。
そう考えるとまるで本当に世界の終わりが来たみたいだった。
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