第6話 共に行く決意


 数日間の旅を経て、私たちはようやく海が見える場所に辿り着いた。広大な海原が広がり、その青さに心が震えるようだった。風が少し冷たく、海の匂いが鼻をくすぐる。久しぶりに感じるこの空気に、私は胸を高鳴らせていた。


「ついに海の国だ!」カリムが嬉しそうに言った。


 ザイドも穏やかな笑顔を浮かべながら言った。「そうだな。海が見えると、なんだか心が落ち着くな。」


 レイラは目を輝かせて言った。「本当に、こんなに広い海を見るのは初めてだよ。」


 私も、海の広さに圧倒されながら言った。「すごい…こんなに大きな海、私たちの世界にはなかった。」


 海の国に近づくにつれて、風景が徐々に変わっていった。草原や砂漠が続く景色から、どこか異国情緒を感じる建物が立ち並ぶようになった。その建物は、これまで見てきたものとは全く異なり、まるで絵本に出てくるような洋風の建物だった。


「ここが…海の国?」私は思わず言葉を漏らす。


「うん、そうだ。」ザイドが頷きながら答えた。「ここは俺たちが目指していた場所だ。だが、文化が全く違うから、きっと色々と驚くことが多いだろうな。」


 馬車が町の入り口に差し掛かると、見覚えのない服装をした人々が歩いているのが目に入った。彼らの服は軽やかで、動きやすいデザインだが、どこか上品で洗練されている。そして、その色合いや装飾が、これまでの私たちの服とは全く異なっていた。


「すごい…」私は目を見開いて言った。「服も食べ物も、何もかも違う。」


 レイラが笑顔で言った。「そうだね。ここでは、木の実や香辛料を使った料理が多いんだって。香りも全然違うよ。」


 私たちは町の中心に向かって進みながら、周囲の様子を観察していた。町の道は広く、舗装された石畳が続いている。その周りには、カラフルな旗が風に揺れていて、建物の壁は白く、赤や青の絵が描かれている。


「これが…建物?」私は信じられないような気持ちで周りを見回した。「まるで絵画の中にいるみたい。」


「ここの建物は、風雨を防ぐために壁を厚く作っているんだ。」ザイドが説明してくれる。「その代わり、空間は広くて明るく、室内は開放感があるんだ。」


 私たちは馬車を停め、入国の手続きをするために町の門の前で降り立った。警備の兵士たちが私たちに目を向け、静かに近づいてきた。


「この町にようこそ。」兵士の一人が、驚くほど流暢な言葉で言った。「あなたたちは、この国の土地に足を踏み入れたことになります。手続きを行いましょう。」


 手続きを済ませると、私たちはようやくこの町の中に入ることができた。町の中は賑やかで、異国の音楽や賑やかな声が響いている。市場では様々な商品が並べられ、異国の香りが漂っていた。


「これが…本当に海の国なんだ。」私は目を丸くして言った。





 海の国の市場は、まるで宝物を探しに来たかのような気分になる場所だった。色とりどりの果物や香辛料、乾物が並んでいる中、最も目を引いたのはやはり海鮮だった。新鮮な魚や貝類が、大きな木の箱に並べられている。その鮮やかな色合いと、潮の香りが漂ってきて、私は思わず足を止めた。


「これが海の恵みか…」カリムが目を輝かせながら言った。「普段、こんなに新鮮な魚を見たことがないな。」


「確かに、こんな魚を見たのは初めてだ。」私は目を細めながら言った。「あれは…貝かな?」


 レイラが手を伸ばして、少し遠くにあった貝類を指差した。「あれはムール貝みたいな形をしているけど、色が少し違うね。」


 私たちは市場を歩きながら、さまざまな魚や貝を見て回った。そして、ふと足を止めると、露店に並ぶ魚を見て言った。


「これなら、焼き魚にできるかもしれないな。あの魚、焼いてみる?」


「本当に?」私は驚いて彼を見た。「焼き魚、作れるの?」


 カリム がニヤリと笑った。「もちろん。少し工夫すれば、前に作った焼き魚風の味が再現できるさ。」


 私たちはそのまま魚を買い求め、宿に向かった。宿の主人が、調理場を貸してくれることに同意してくれたおかげで、私は早速調理に取り掛かった。


「さて、まずは魚をさばいて…。」魚を手に取りながら言った。「ここでは日本の調味料が手に入らないから、ちょっとした工夫が必要だな。」


 みんなが見守る中、私は魚をさばき、塩と香辛料を使って下ごしらえを始めた。その手際の良さに、私はただただ感心していた。


「さあ、焼き始めるぞ。」カリムが魚を網に乗せ、火を起こして焼き始めた。「日本の焼き魚の味が出せるといいな。」


 その間、私は宿の厨房で使える道具を探していた。ご飯を炊くために、少し工夫が要るかもしれないけれど、なんとかなるだろうと思っていた。幸い、こちらでも小麦粉や米が手に入ることがわかり、焼き魚に合わせる副菜を作る準備が整った。


「お、いい感じだ。」カリムが焼きあがった魚を見て、満足げに笑った。「これで、あとは少しだけ香りをつけて、完成だ。」


 焼き魚の香りが、宿の厨房に広がり、私たちの期待感をさらに高めていく。レイラとザイドもその香りに引き寄せられて、調理場に集まってきた。


「わあ…!」レイラが思わず目を見張る。「これが焼き魚?」


「うん、ちょっと日本風にアレンジしたものだけど、どうだろう。」


 魚を盛り付け、私はわくわくとして言った。「さあ、みんな、召し上がれ。」


 私たちは席に着き、焼き魚を一口食べた。焼き加減が絶妙で、魚の旨味がしっかりと感じられる。塩と香辛料の加減も、日本の焼き魚に似た味わいがあった。


「うん、美味しい!」私は感動の声を上げた。「これ、まるで日本の焼き魚みたい!でも、少し香りが違うね。」


「香辛料を上手く使って、日本風に近づけられたと思う。」


 ザイドが驚きながら言った。「これ、ほんとに美味しい!こんなに魚が美味しいなんて、想像してなかったよ。」


 レイラも嬉しそうに口を開けた。「日本の料理、すごいんだね。私たちもこんなに美味しいものが作れるなんて、驚いたよ。」


 私たちはその後も、焼き魚を堪能しながら、しばらく食事を楽しんだ。この地で、日本の味を感じられることが、何よりも嬉しかった。






 食事を終え、心地よい満腹感に包まれながら、私たちは少し休息を取った。カリムが笑顔で言った。


「さて、そろそろみんなにも伝えておかないといけないことがある。」


「伝えたいこと?」レイラは少し首をかしげた。


 私は真剣な表情を浮かべて言った。「実は、私たちの旅には目的があるんだ。」


 レイラとザイドは顔を見合わせ、興味深そうに聞き入った。


「目的?」ザイドが声をかけた。「どんな目的なんだ?」


 私は少し間を置き、目を真剣に見開きながら話し始めた。「私たちは、この土地に来た理由があるんだ。私は、日本の食文化をもっと広めたいと考えている。そして、私は前世で日本の食事を愛していた。味噌汁、焼き魚、うどん、そういったものを再現して、この世界でも多くの人に味わってもらいたい。」


「えっ、前世?」レイラは驚いた顔をした。「それって…どういうこと?」


「私も最初は驚いたけど、前世の記憶が少しずつ蘇ってきたんだ。」私は小さく息をつきながら言った。「だから、日本の食事を再現することが私の目的なんだ。」


 ザイドとレイラはしばらく黙って私たちを見つめていたが、次第にその表情がほころび始めた。


「なるほど、面白い話だ。」ザイドが嬉しそうに言った。「でも、そんな素晴らしい目的があったなら、俺たちも手伝いたい。」


「本当に?」私は少し驚きながらも、彼の言葉に胸が温かくなった。


「もちろんさ。」ザイドがにっこりと笑う。「日本の食文化って、すごく魅力的だと思うし、僕たちもその一部になれたら嬉しい。だから、もっと詳しく知りたい。」


 レイラも賛成の意を示して、手を挙げた。「私も!旅の途中で学べることがたくさんありそうだし、絶対面白い冒険になるよ。」


「うん、そうだね!」カリムが頷きながら言った。「僕たちも本格的に行動を共にして、この旅を成功させよう。」


 私たちは互いに顔を見合わせ、笑顔が広がった。これからの旅路が、さらに楽しみになったような気がした。カリムも嬉しそうに微笑んで言った。


「じゃあ、決まりだな。俺たちみんなで、この冒険を共に進んでいこう。」


 私はその言葉に頷き、心から嬉しく思った。この新しい仲間たちと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がした。





 次の日の朝、私たちは早速漁場へ足を運ぶことに決めた。ザイドが「新鮮な魚を手に入れるためには、漁場の仕組みを知ることが大切だ」と言って、現地の漁師たちに案内を頼んでいたのだ。


 漁場へ向かう道の途中、海の風が顔に当たり、潮の香りが鼻をくすぐった。レイラが嬉しそうに言った。


「海って、なんだか広いし、力強い感じがするね。私、こういう景色が好きだ。」


「うん、私も。」私はしみじみと答えた。「まるで、大自然に包まれているみたいだ。」


 そうこうしているうちに、漁場が見えてきた。広い浜辺に、小さな漁船がいくつも並んでおり、漁師たちがそれぞれ魚を引き上げている様子が見えた。船から上がったばかりの魚たちは、ピチピチと跳ねながら新鮮な命を感じさせてくれる。


「すごいな…こんなにたくさんの魚が集まっているなんて。」私は感嘆の声を上げた。


 ザイドがにっこりと笑った。「これが新鮮な海の恵みだ。ここで手に入れる魚は、どれもこれも鮮度が抜群だ。」


 漁師たちの作業を見ていると、一人の漁師が声をかけてきた。


「おお、君たちは旅行者か?もしよければ、漁場の見学をさせてやろう。」


 私たちは嬉しそうに頷き、漁師の案内で漁場内を歩きながら、魚を引き上げる様子を見学させてもらった。漁師たちは、手際よく網を使って魚を捕まえ、その魚を船に積み込んでいく。その仕事の速さと正確さに、私たちは目を見張った。


「こんな風にして、毎日新鮮な魚を捕っているんだ。」レイラがうっとりとしながら言った。「これだけの量を捕るには、相当な技術と経験が必要だろうな。」


 漁師の一人が、網から取り出した魚を見せながら言った。「この魚は、ここの海域で取れる特別な種類のものだ。この地域の人々には欠かせない食材なんだよ。」


 レイラが興味深そうにその魚を見つめていた。「それ、見たことない形だね。でも、きっと美味しいんだろうな。」


「確かに。」カリムがうなずきながら言った。「日本で食べた魚とはちょっと違うけど、これもきっと何か独特の味わいがあるんだろう。」


 漁師はその魚を慎重に捌き始めた。「ここでは、魚を捌く技術も重要だ。新鮮な魚は、どう捌くかによって味が変わるからな。」


 私はその様子をじっと見ていた。「魚を捌く技術か…その点では、日本の技術にも通じるものがあるかもしれない。魚の鮮度を保ち、うまく調理することが、美味しさを引き出す鍵だから。」


 漁師が捌き終わると、私たちにその魚を一切れ分けてくれた。そのままでも、ほんのり塩気の効いた魚は、口の中でふわりととろけるように甘味を感じさせた。


「これは…!」私は目を見開いた。「すごく美味しい!新鮮な魚の味って、こうなんだ。」


「うん、甘さと旨味が広がる。」アリアスが頷きながら言った。「日本で食べた魚と似ている部分がある。でも、少し香ばしい味わいがする。」


 カリムとレイラもそれぞれ一口食べて、驚いた顔をしていた。


「こんなに新鮮な魚を食べたことがないよ!」カリムが声を上げた。「本当に美味しい!これが海の恵みなんだな。」


 レイラも大きく頷きながら言った。「私たち、今まで食べていたものとは全然違うね。でも、これもまた新しい発見だ。」


 私たちはしばらく漁場で過ごし、漁師たちの仕事を見学させてもらった。そして、帰る前に少しだけ魚を購入して、その新鮮さを再確認した。


「こんなに美味しい魚を手に入れられるなら、これからの料理も楽しみだ。」ザイドが嬉しそうに言った。


「うん、これでまた日本風の料理に一歩近づいたね。」私は笑いながら答えた。


 漁場を後にし、私たちは宿へと向かった。新鮮な海の恵みを手に入れ、これからどんな料理が作れるのか、ワクワクしていた。

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