第4話 海の向こうの冒険


 その晩、食事を終えて家族とくつろいでいると、父がふと、遠くの国の話を始めた。


「そういえば、若いころに海のある国を旅したことがあったな。」父が懐かしそうに言った。


「海のある国?」私は興味津々で尋ねた。海、という言葉が私にはどこか特別な響きがあった。


「そうだ。海が広がっている国があって、そこには珍しい食材や物がたくさんあったんだ。」父は少し遠い目をしながら話を続けた。「魚が豊富で、あの海の香りが忘れられない。」


 母も頷きながら言った。「あの海の景色は本当に美しかったわ。夕日が海に沈んでいく光景は、一生忘れられない。」


「海か…」私はその言葉を反芻していた。確かに、この土地には広い砂漠が広がっていて、海というものは私には想像できないくらい遠い存在だった。でも、父と母が語るその海の国の話が、私の心の中で何かを刺激していた。


「それで、その海の国は、どうだったの?」私は気になって尋ねた。


「うん、その国には、見たこともないような食べ物があって、珍しいものをたくさん見た。海の幸が豊かで、特に魚は今でも忘れられない味だった。」父が言うと、母は笑って、「あの海の上で食べた魚の塩焼きの味は、どんなに思い出しても、もう味わえないわね。」と言った。


 その言葉が、私の心に深く残った。魚の塩焼き。あの日本の焼き魚に似た味が、海の国ではどんなふうに味わえるのだろう。私の中で、その「海の国」という言葉がだんだんと大きな意味を持ち始めていた。


「海がある国に行ってみたい。」私は突然、心の中で決意を固めた。そして、声に出して言ってみた。「あの国に行って、海を見て、海の幸を食べてみたい。」


 カリムが驚いたように私を見つめた。「本当に?海の国なんて、すごく遠い場所だよ。」


「うん、でも、どうしても行きたくなった。」私はその気持ちを抑えることができなかった。海の匂い、海の風、海の味。どれも私の心に強く引っかかっていた。


 母が微笑みながら言った。「あなたがそう思うなら、行ってみてもいいんじゃない?ただ、気をつけてね。」


「ありがとう、お母さん。」私は嬉しくて、思わず微笑んだ。


 父も頷きながら言った。「行くなら、しっかり準備してからな。でも、行く先が海のある国なら、どんな冒険が待っているのか、楽しみだな。」


 その言葉を聞いて、私は心の中で冒険の準備を始めた。海のある国に行くためには、何を持っていこうか。どんな道を通っていくべきか。考えるだけで胸が高鳴った。


「それじゃ、私はその国に行くために、何か準備をしなきゃ。」私は決意を新たに言った。


 カリムが笑いながら言った。「それなら、僕も手伝うよ。君の旅に僕も同行するつもりだし。」


 私は驚いて振り向いた。「本当に?カリムも?」


「もちろんだよ。」カリムはうなずきながら言った。「君が一人で行くのは心配だし、僕も一緒に行きたいんだ。海の国はきっと面白いところだろうから。」


 その言葉に、私は嬉しさと安心感で胸がいっぱいになった。カリムと一緒に行けるなら、どんな冒険も怖くない。家族の後押しを受けて、私は決意を新たにした。海の向こうには、きっと新しい世界が広がっている。その世界を見て、感じて、味わってみたかった。


「ありがとう、カリム。」私は笑顔で言った。「じゃあ、準備をしよう。海の国へ、出発だ!」


 その言葉を最後に、家族との食事を終えた後、私は旅の準備を始めることにした。海の国へ向けて、私の冒険がついに始まるのだ。




 翌日、家族とカリムと一緒に市場に出かけていると、父がふと立ち止まって言った。


「実は、君たちの旅を支えるために古い馬車を手に入れてきたんだ。」父の声にはどこか得意げな響きがあった。


「馬車?」私は驚いて父を見つめた。「本当に?どこで手に入れたの?」


「昨日、近くの町に行ったついでに見つけたんだ。少し古いけれど、まだ使えるものだよ。」父はにっこりと笑いながら言った。


 カリムが目を輝かせて言った。「それはすごい!馬車があれば、道中も楽になるね。」


「そうだね。馬車があれば、荷物も運べるし、歩くよりずっと楽だ。」私は嬉しさと興奮で胸が高鳴った。


「実際に見てみるといいよ。」父は手をひらひらと振って、私たちを案内するように歩き出した。


 市場を抜け、少し道を進んだ先に、確かに古びた馬車があった。木製の車輪が少し磨り減っているが、全体的にはしっかりとしている。馬車の側面には木の板がいくつも並べられ、長い旅路を想像させる風格があった。


「見た目は少し古いけれど、頑丈だ。中には寝具を置けるスペースもあるし、食料や道具を運ぶのにも十分だろう。」父は馬車の側面を軽く叩きながら説明した。


「すごい!これなら長旅も安心だね。」カリムが嬉しそうに馬車の中を覗き込んだ。


「これで、海の国までの長い道のりも少し楽になるね。」私は心の中で、自分たちが乗るこの馬車で、どんな景色を見ながら旅をするのか想像していた。


 母も馬車を見て微笑んだ。「これで、あなたたちの冒険も準備万端ね。気をつけて行きなさい。」


「ありがとう、お母さん。」私は嬉しさを感じながら言った。そして、カリムと一緒に馬車に乗り込むと、その広さに驚いた。思ったよりもずっと居心地が良さそうだ。


「それでは、早速荷物を積んで、明日から旅立とうか。」父が言い、私たちは馬車の準備を始めることになった。


 馬車の周りには荷物を詰め込むために必要な道具や食料が並べられ、すぐにでも出発できるような準備が整っていった。私たちの冒険は、ここから始まる。海の国へ向けて、どんな道のりが待っているのか、期待と不安が入り混じった気持ちを胸に、私は準備を進めた。


「行こう、カリム。」私はカリムに向かって微笑みながら言った。


 カリムもにっこりと笑い返して、「うん、行こう!」と答えた。


 そして、私たちは新たな冒険へと一歩踏み出す準備を整えた。古い馬車が、これからの旅の相棒となる。どんな景色が待っているのか、どんな出会いがあるのか。期待に胸を膨らませながら、私たちはいよいよその一歩を踏み出すのだった。




 古い馬車を引いて、私たちは数日間の旅路を進んできた。道は思ったよりも険しく、日中は砂漠のように熱く、夜は冷え込んだ。それでも、カリムと私は元気に歩き続けていた。馬車があるとはいえ、長時間の旅は体力を消耗するものだ。何度も休憩をとりながら、少しずつ目的地に近づいている実感が湧いてきた。


 ある晩、私は夜空を見上げていた。星がまばゆいほどに輝き、砂漠の静けさの中でその美しさを堪能していた。カリムと一緒に作った簡単な食事を済ませ、馬車の側に敷いた布団の上で横になったとき、ふと静けさが気に入っていた。


「アリアス、見てみろよ、星がすごい。」カリムが言った。彼は馬車の近くで小さな焚き火を囲んで座っている。


「うん、まるで空が輝いているみたいだね。」私は目を細めて、夜空を見つめながら答えた。


「こうして野営するのも悪くないな。普段の生活では、こんなに空を見上げることはなかったから、ちょっと新鮮だ。」カリムが楽しそうに言った。


 私はうなずいて、その言葉に共感した。家では毎日忙しくて、こんな風に夜空をゆっくり見ることなんてなかった。砂漠の夜は、どこか心を落ち着かせてくれるような気がした。


「そういえば、こうやって野営をしながら旅をするのって、前世ではどうだったんだろう?」私はふと思い出したようにカリムに話しかけた。


「前世のことか。」カリムは少し考えてから言った。「わからないけど、たぶんこんな感じの生活じゃなかったんじゃないかな。君もそう思うだろ?」


「うん、きっとそうだよね。」私はしばらく黙って、星空を見上げていた。「でも、これも楽しいよ。毎晩こんなふうに星を見ながら、少しずつ進んでいくのも、気に入ってる。」


 カリムは笑って言った。「うん、俺もだよ。でも、やっぱりあの魚が食べたいな。」


「焼き魚か…」私は少し笑いながら答えた。「でも、もう少し先に行けば、きっと海が見えるんだろうね。だから、そのときまで楽しみにしておこう。」


「本当に楽しみだな。」カリムは焚き火の火を見つめながら、目を輝かせた。「海の魚を食べるのが待ち遠しいよ。」


 私はその言葉にうなずきながら、星空を見続けた。旅が長くなるにつれて、私たちの間には少しずつ言葉にできない絆が生まれていくような気がした。カリムと私は互いに支え合いながら、未知の世界へと踏み出していく。


「明日も頑張ろうな。」カリムが静かに言った。


「うん、明日も進もう。」私は笑顔で答えた。


 その夜、私たちは焚き火のそばで眠りについた。砂漠の風が心地よく吹き抜け、星空の下で過ごす静かな夜は、どこか特別な時間のように感じられた。

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