第2話 記憶の焼き魚

 市場で手に入れた魚は、色が鮮やかで、私が知っている日本の魚とは少し違う。川魚だったけれど、その大きさや形が少し珍しい。鱗はきらきらと光り、白く透き通るような身が特徴的で、少し香ばしい匂いを放っている。匂いに引き寄せられた私は、すぐにそれを焼くことに決めた。


「これを焼いたら、日本の焼き魚みたいになるかな?」私はカリムに尋ねながら、魚を串に刺して火を通し始めた。


 カリムは興味深そうに見守りながら言った。「どうだろうな。でも、俺はこれがどう変わるのか楽しみだな。」


 焼き始めた魚からは、ほんのり香ばしい香りが漂い、私は日本の焼き魚を思い出していた。あの香り、白いご飯と一緒に食べる焼き魚のシンプルな美味しさが、急に恋しくなった。焦げ目がつき始めた魚を見つめながら、私はその温かい香りを鼻いっぱいに吸い込んだ。


「焼き魚は、やっぱりこうやって焼くのがいいんだよね。」私はひとりごちるように言った。


「アリアス、そう言うけど、まだ食べてないだろ?」カリムが笑いながら言った。


 焼き魚がいい具合に焼けると、私は心を込めてそれを取り出し、皿に盛りつけた。見た目は、焼き加減も良くて美味しそうに見えたけれど、何かが足りない気がした。


「日本の焼き魚とはちょっと違うな…」私は思わずつぶやいた。


 カリムがその言葉に反応して、「なんで?」と聞いてきた。


 私はしばらく黙って魚を見つめてから、答えた。「味が、少し違うんだ。魚の種類も違うし、焼き方も微妙に違う。でも、どうしても日本の焼き魚を思い出すんだよね。」


 カリムは少し考え込んでから、「じゃあ、どうすればお前の言う焼き魚になるんだ?」と聞いてきた。


 私はふっとため息をつきながら、「やっぱり、あの味噌の香りと、しょうゆの深い味わいが必要だと思う。あれがないと、なんか、物足りないんだ。」


 その言葉にカリムは驚いたように目を見開いた。「しょうゆ?」


「うん。」私はうなずきながら言った。「日本では、しょうゆがすごく大切な調味料だった。焼き魚にも、煮物にも、あらゆる料理に使っていたけれど、それがないと、どうしても心が満たされない。」


「なるほど…」カリムは少し考えてから、「じゃあ、見つけるしかないな。お前が求めているものを。」


 その言葉に、私は嬉しさと同時に、少しだけ不安も感じた。そう、私は今、この異国で何かを探している。でも、それが本当に見つかるのだろうか?今はただ、あの味を懐かしんでいるだけなのかもしれない。それでも、カリムの言葉に励まされて、私は心の中で小さな希望を持つことができた。


 焼き魚を一口食べてみた。確かに、味は異国のもので、私はどこか物足りなさを感じた。それでも、この味はこれで良いのだと思おうと、自分に言い聞かせた。日本の味は確かに恋しいけれど、この世界でも、新しい味を受け入れることができるようにならなければならない。


 でも、あのしょうゆの味が、どうしても恋しくなる。




 市場で手に入れた小麦粉を使って、私はうどん作りに挑戦することにした。見たこともない種類の小麦粉だけれど、触ってみると、なんとなく粘り気があり、これはうどんに使えるかもしれないと感じた。カリムも興味津々で、私の隣に立ってじっと見守っている。


「これで本当にうどんができるのか?」と、カリムは半信半疑な表情を浮かべていた。


「やってみないとわからないわよ。」私は笑顔で返し、こね始める。


 小麦粉を手のひらでしっかりこねていくと、だんだんとまとまってきた。日本でよく見たような、あの生地の感触が蘇ってくる。水を少しずつ足しながら、私は思い出しながらこねていった。


「こうやって、手でこねるんだよ。」私はカリムに説明しながら、力を込めて生地を練る。


 カリムは手を止めてじっと見ている。「うどんって、そんなに力がいるのか?」


「うん。けれど、この生地をしっかりこねないと、うまく伸びないの。こねることで、うどんのもちもち感が出るんだ。」


 しばらくこねて、私は生地を休ませるために布で包んだ。それから、長く伸ばしながら、うどんを切る作業に入る。包丁を使うのは少し慣れが必要だったが、何とかうまく切れるようになった。


「うどんができた!」私は満足げに言った。


「見た目は…うどんっぽいな。でも、どうだろうな?」カリムは慎重な目つきでうどんを見つめた。


 うどんを茹で始めると、家中に湯気と共に心地よい香りが漂う。お湯の中でゆっくりと泳ぐうどんを見ると、少し安心した。うまくいくといいな、と思いながら、私はその間に他の具材を準備した。異国の野菜を使った簡単なスープを作り、少し香辛料を加えて、スープにもこだわってみた。


「うどんにスープをかけるの?」と、カリムが不思議そうに聞いた。


「そう、これがうどんの味わいを引き立てるの。日本では、温かいスープにうどんを入れて食べるのが一般的なんだ。」私は説明しながら、スープを注いだ。


 やがて、うどんが茹で上がり、香りが広がる。見た目はまだちょっと違うけれど、私は心を込めてそれをカリムの前に差し出した。


「さあ、食べてみて。」私はドキドキしながら言った。


 カリムは少し戸惑いながらも、一口食べてみる。「おお…意外と美味しいな、これ。」


「本当?」私は驚いて尋ねた。


「うん、すごくもちもちしてる。でも、君が言っていたのとちょっと味が違うな。」カリムが言った。


 私はその言葉にほっとしつつも、「そうね…でも、少しずつでも、日本の味に近づけたらいいなと思って。」と答えた。


「うん、それはわかる。でも、これはこれで美味しいよ。俺は好きだな。」カリムが笑顔で言ってくれた。


 その言葉を聞いて、私は少し安心した。日本の味にはまだ遠いかもしれないけれど、少しずつ、自分なりの方法でその味に近づいていけたらいいな。





 私はカリムと一緒に、次の料理を考えていた。市場で手に入れた小麦粉やスパイスを使って、少しでも日本の味に近づけるものを作ろうと思ったのだ。しばらく考えた後、カレーライスを作ることに決めた。


「カレーライス?それって、あの、スパイスを使った料理か?」カリムが興味深そうに尋ねた。


「そう、スパイスをたくさん使って、少し甘みのある濃厚な味わいの料理なんだ。ご飯と一緒に食べるんだけど、異国の食材を使って作れば、少しは日本に近づけるかも。」私はうなずきながら答えた。


 市場で手に入れたスパイスを使い、私はカレーを作る準備を始めた。スパイスは見慣れないものもあったけれど、香りだけでなんとなく感じ取ることができた。クミン、コリアンダー、そして少し甘みを加えるためのシナモンとターメリック。これらを使って、カレールーを作ろうと決めた。


「まず、小麦粉を炒めて、そこにスパイスを加えてみる。」私はカリムに教えながら、鍋を使って小麦粉を炒め始めた。少し焦げ目がつくようにじっくりと炒めると、香ばしい匂いが立ち込めて、カリムも嬉しそうに鼻をひくひくさせている。


「おお、いい匂いがするな。これ、きっと美味しいんだろうな。」カリムが楽しそうに言った。


 私はさらにスパイスを加え、そこに少しずつ水を足しながら、ルーを作り始めた。スパイスの香りが強く広がり、私はその匂いを鼻いっぱいに吸い込んだ。ああ、やっぱりこれだ。これが日本のカレーの香りだ。


「カリム、見てて。これでルーを少し煮込んだら、カレーが完成するはずよ。」私は少し自信を持って言った。


 しばらく煮込んでいると、スパイスと小麦粉が混ざり合い、まろやかな香りが広がってきた。あの日本のカレーのように、ほんのり甘みを感じる味に近づいている気がした。私は具材として、手に入れた肉や野菜を切り、ルーに加えて煮込んでいく。


「この具材は、いい感じだな。」カリムは具材を見ながら言った。「でも、これって、日本のカレーとどんな違いがあるんだ?」


「日本のカレーは、もっとまろやかで、少し甘みがあるんだ。あと、ルーがもっと濃厚で、少しとろみがついている。」私は説明しながら、ルーを見つめた。確かに、見た目は少し違うけれど、スパイスのバランスがちょうど良くなってきた。


 その後、もう少し煮込んでみると、カレーの香りが一層引き立ってきた。私は満足げに鍋を見つめながら、「できた!」と声を上げた。


「本当に、カレーができたんだな。」カリムも感心したように言った。


 私はそのカレーを、細長いお米と一緒に盛りつけた。日本のカレーライスのように、ルーをたっぷりとかけて。見た目は少し異国風だけれど、香りと味は、日本のカレーを彷彿とさせるものがあった。


「さあ、食べてみて。」私はカリムにカレーライスを勧めた。


 カリムは一口食べて、目を見開いた。「うわ、これは…すごく美味しい!スパイスが効いてるけど、でも甘みもあって、ちょっと日本のカレーに似てるな。」


「本当?」私は嬉しそうに言った。「この味が近づいているといいなと思って。」


 カリムはまた一口食べ、「うん、これ、すごくうまいよ!俺は大好きだ。」と笑顔で言ってくれた。


 私はその言葉に、胸が温かくなった。日本のカレーには少し足りない部分もあるけれど、この異国の地で、少しずつでも日本の味を再現できることが嬉しくてたまらなかった。

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