皇女は異能の者たちと躍る【本編完結・カクコン11参加中】

りょーめん

第一部 繁栄の裏に蔓延る影

序章 幼き皇女は約束を結ぶ

 「帝国歴二百年を祝福する晴れ渡る空の下、お集まりの紳士淑女の皆様」


 私はお忍びで広場の群衆のなかにいるお母様に手を引かれていた。

 もう片方の手に先ほど屋台で買ってもらったキャンディがつやつやと光っていた。


 「ほら、ジェラード見て、お父様がいらっしゃるわ」


 母様は幼い私を胸に抱いた。

 そうやって、広場の中央の演台に立つお父様──多くの種族が共存するこの大陸を治める帝国の主たる皇帝である父の姿を私に見せた。


 私たちの周りには、それとなく警護の兵士が配されている。


 でも、幼い私はそんな大人の事情はどこ吹く風だった。

 華やかな祝賀の雰囲気と、詰めかけた人の多さにすっかり気持ちが浮き立った。


 父様の姿を見詰めていると、その隣で私たちの今いるトロイメアという大きな街の市長だという獣人種の男が、軽く咳ばらいをして演説を続けた。


 「この〈東部開拓領〉はその成り立ちから、安定した社会基盤を作る人間、過酷な労働に耐え得る獣人種、魔素を操り知的探求に秀でた精霊種……三つの種族が共に一から社会を作り上げてきました」


 「そして……」と、その獣人種の市長は広場の聴衆を見て目を細めた。


 「異なる種族の共存共栄の成果たる、大陸中央の〈帝都〉と、この〈東部開拓領〉の中枢都市トロイメアを結ぶ鉄道が、駅舎の完成と共に開通する運びとなりました」


 市長の演説を見守る父様は穏やかな表情を浮かべている。

 幼い頃の私は、それだけで今この多くの人が集まるこの出来事がめでたいものだと分かった。


 「我らがトロイメア市のこの中央広場に新たに建てられたこの駅舎は、〈東部開拓領〉と大陸中央との結びつきを強め、協調の証となりましょう」


 そう言って市長は、私の父様を、大陸中央の〈帝都〉から出席した皇帝を振り返り、その向こうに見える瀟洒な建物──鉄道の駅舎を見た。


 楽隊のファンファーレが奏でられ、青空に鮮やかな風船が飛ぶ。


 そこで一際、大きな群衆の歓声が上がった。

 この地の人々もお父様を歓迎してくれているのだと分かって、私も両手を打つ。


 私を微笑ましげに見守る母様を振り向き、私は無邪気に問うた。


 「ねぇ、みんな喜んでくれているのよね?」

 「そうよ、ジェラード。みんな、この土地の人々は喜んでいるわ」


 母様がうなずきかけるのに、私はとても嬉しくなる。


 そして、広場の演台の上で立ち上がるお父様の姿を見た。


 その時だった。


 広場に建てられた、まだ真新しい駅舎の建物から──


 突然大きな爆発音と閃光、衝撃が広場に放たれた。


 〇


 その後、幼い私の目の前で何が起こったか──


 私が覚えているのは大勢の人が悲鳴を上げて逃げまどい、広場から逃げ出そうとしてなだれを打って走ってくる姿。


 そして、母様が必死に叫んで私に手を伸ばす姿。


 それで──気が付けば、私は独りぼっちで瓦礫の中にたたずんでいて──


 「お母様……お父様……?」


 私は、あちこちで火の手がちろちろと燃え上がる瓦礫の山に立ち尽くしていた。


 独りぼっちの私は、ただ両親の姿を探し求めて歩き始めた。


 喉がひりつくようないがらっぽさと、ひどい臭いのする黒い煙にせき込む。

 幼い私はとにかく誰か自分以外の人の姿がないか、探し求めて歩いた。


 「お願い……誰か……」


 黒くくすぶる石畳から立ち昇る熱気に顔を両手でかばい、歩き続ける。


 すると──


 崩れた瓦礫の上に、誰かが横たわっているのが見えた。

 私は慌ててそこに駆け寄って「あのっ」と声を掛ける。


 だけど次の瞬間、絶句して立ち尽くす。


 瓦礫の上に横たわるその人は、腹から血を流してぴくりとも動いていなくて──

 その、息絶えた女性に寄り添うように私よりも幼い女の子が膝を抱えていた。


 「あっ……」


 髪も顔も全身が土埃にまみれた小さな女の子が、呆然とその母親らしい女性の姿を見下ろしているのに、私は掛ける言葉もなくて──


 でも、何度もつばを吞み込み、意を決してその子に話しかけた。


 「その人……あなたのお母さん、なの……?」


 私がそう声を掛けると、その小さな女の子は私を見上げた。

 泥だらけの前髪に隠れて目元は見えないが、確かに私を見る視線を感じた。


 そして、こっくりとうなずく彼女に、私は殴られたようなショックを受けた。


 「あの……」


 どうしてこんな事が起こったのか。

 どうして多くの人が巻き込まれて、傷つき、命を喪ったのか。


 あんなに誰もが、幸せそうにしていたのに。


 幼い私にはなにもかもが理解が及ばなくて、その子の前で呆然と立ち尽くすしかなかった。


 「どうして……」


 私は力なくうなだれて呟いた。


 すると、女の子はどこかぼんやりとした顔つきで、目の前に倒れる彼女の母親の顔を見詰めた。


 「この土地が……腐っているから……」

 「えっ?」

 「〈東部開拓領〉が、よくない土地だから、こうなるんだって……」


 その女の子は土気色の母親の頬を、そっと指先でなでた。


 「母さんが……そう言ってた……」

 「そんな……」


 私は、目の前の傷ついた女の子に何を言えばいいか必死で考えた。

 分からないなりに、幼いなりに、それでも懸命に考えて──


 やがて、私はきつく拳を握り締めて顔を上げた。


 「それなら、私が変える!」


 火の手が上がる瓦礫の中で私は気が付けば女の子に大きく叫んでいた。


 「ここがよくない土地だというなら、私が変えるよ!」

 「えっ……」

 「こんな酷い事をした連中を突き止めて、見つけて、捕まえて……絶対に罪を償わせる!」


 私は呆然としている女の子に向けて、何度も必死に訴えかけた。


 「この土地をこんな風にする悪い連中を私の手で捕まえて……。この〈東部開拓領〉を私の力で変える。約束するよ」

 「あなたは……」

 「私はジェラード。皇女ジェラード。私は……」


 女の子に自分の正体を告げ、私はなおも彼女に訴えかけようと手を伸ばす。


 すると、すぐそばで人の駆け寄ってくる足音が聞こえた。


 「いたぞ!ジェラード殿下だ!」


 それは、土煙に汚れつつ私を探していた警護の兵たちだった。

 彼らの姿を見て、私ははっとなって両手を振った。


 「ねえ!ここ!私はここ!私以外にも人がいるの!」


 私は彼らに懸命に少女と亡くなった母親の存在を訴えかけた。

 だが、彼らは私の元へ駆け寄るとすぐさま私の小さな体を抱え上げて、少女から引き離してしまう。


 「待って!その子たちも……!」

 「今はジェラード様の身の安全が第一です!どうぞご理解を!」

 「お父様もお母様もご無事です!二人ともジェラード様の身を案じておられます!どうか、今は陛下たちに無事な姿を見せてあげてください!」


 警護の、一般人に扮した兵たちは私を素早く安全な場所へと運んでいく。

 私は彼らの手を振り切ろうとするが、大人の力に抗いようがなかった。


 「ねえ……っ!」


 それでも懸命に、私はあの女の子に向けて手を伸ばした。

 瓦礫の中を、あの女の子は母親の亡骸に寄り添い、呆然と私を見上げている。


 「私は必ずここへ戻ってくる!諦めない!あなたとの約束を果たすために、なんだってするから……!」


 私は、遠ざかっていくその子の姿に向けて、大きく叫んだ。


 「だから……待っていて!」


 その言葉を最後に私の目の前は黒煙に包まれて──


 ──真っ黒に染まった視界が渦を巻いて、遠く意識の彼方へと遠ざかっていった。


 〇


 ごとんごとんと座席から伝わる振動を背中に感じる。

 列車の揺れる音と、窓の外に吹く風の音を聞きながら私は目を閉じていた。


 「ジェラード殿下」


 すると、不意にそう呼ばれて私は目を見開く。


 「この揺れと騒々しさで、よく寝られますね。リアはもう体の節々が痛くてたまりません」


 向かいの座席でスーツケースを抱いた小柄な修道服姿の少女が唇を尖らせている。

 私は周りの座席に座る他の乗客を見て、唇の前に指を立てた。


 「人前でそう呼ばないで。私は〈帝都〉から新たに派遣された捜査官だから」

 「……全く、本気なのですか?身分を隠して一介の捜査官として〈東部開拓領〉に乗り込むなんて……」


 修道服姿の少女──〈聖都〉から派遣され、私の付き人としてついてきた聖女のリア・バーンズに、私は腕を組む。


 「だから、皇女としておおっぴらにトロイメアに行けないんだって」

 「当たり前です。……十年前にあんな大きな事件に巻き込まれて……陛下や皇妃様が反対なさるのも当然ですよ」


 はあ、と大きなため息を吐いてリアは自分の体ほどもある大きなスーツケースをごとんと音を立てて座席から床へと下ろした。


 「……こんな事を今更言っても仕方ありませんけど……」


 そう言って嘆息たんそくしたリアが、窓の外を振り向いた。


 「ほら、もうすぐ見えてきますよ」


 そうリアが告げるのに、私も列車の窓の外を振り向いた。


 百年前まではまだいくつか開拓村があるだけだった〈東部開拓領〉。

 多くは不毛の荒れ地だったその土地は、この百年で開発が進み、大陸の技術革新と共に長足の発展を遂げた。


 その繁栄の証であり、〈東部開拓領〉の中心都市となったその街。


 私が十年前のあの日に訪れたトロイメアの街。


 それが、私たちの乗る汽車の行く先だ。


 平原の向こうに見えて来た川の中州と両岸に広がる、建物の並ぶ巨大な都市だ。

 私たちの乗る列車は、十年前の事件から再建された中央の駅舎へ向かっていた。

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