ep.81 だから、今さっきの話だって

 自分の軽率さを反省しつつ、ギルドの壁に寄りかかったまま、さて、どうしたもんか? と思案しようとした矢先、赤い光が目に入った。


 って、こんなときに限って……【呼び出しリング】の点滅……なんだかなぁ。


 あぁ、俺と入れ違いで、さっき入っていったやつか。魔物の発見報告だったわけね。


 あれっ、なんか聞こえる!? って、おぉっ! ──微かに聞こえてきた音を聞き取ろうとした途端、めっちゃ明瞭に。


 ありゃまっ! これも風の守護結界の影響か?! スプライトも音に敏感だって言ってたし、同様の効果だろうな。


 ……おっ、どこで、なんの魔物が発生したか丸聞こえじゃん。別に盗み聞きするつもりなんて無かったのに……。にしても、さっきのいけ好かない野郎が担当なのかよ。へえ、んじゃあ、どうすっぺな?


 魔物になって、苦しんでいる動物を早く救ってやりたいし。どうやら発生現場も町からそう遠くはないようだし。うん、町への被害も心配だよな。


 被害の拡大を考えれば、早いに越したことはない……ということで、行っちゃいますかぁ〜?


 ごめんよぅ、これから集まってくる魔防士さん。君たちは悪くない。大概悪いのは俺だ。だけど、恨むなら、あいつを恨んでおくれ。


 さてと、そういうことなら急ぐべ。目撃情報のあった放牧区域とやらに。北門を下った先だって言うし。


 しれっと北門を通過した後、少しずつ早足に。


 門衛から分からない程度に徐々に加速。


 勾配の加減で死角になったのを見計らい、精霊魔法を全開にして全力疾走。現場へと急いだ。なにせ、召集された魔防士連中がやってくる前に、全て終わらせにゃならんもんで。


 どうせ、この辺りには家畜しかいない。人目を気にせず、ぶっ飛ばす!!



 ──いた! あれだな……ん、なんだ!? 狼の群れに襲われ……いや、逆か。


 ちぃっ、面倒なことになってんなぁ。


 魔物を発見したのも束の間、なんと魔物が魔法を使ってきやがった!? いや、俺にではなく、狼の群れに。


 あぁ、もろにやられたな。群れのボスが間に入って庇ったものの、今の一撃でかなりの数の狼が焼かれちまった。


 ただ、炎が目に入った瞬間、即座に消火──狼たちを焼き尽くそうと荒れ狂う炎を鎮火すべく、いっさいの酸素供給を断った。ほぼ一瞬で消えたから、狼たちの呼吸にも影響はないだろう。


 にゃあろ、こっからでも届くか? なっ!? くそっ、これならどうよ? よっしゃ! 仕留めた。


 にしても、こちらからの一撃をまさか避けられるとは……。


 最初の攻撃は、水魔法の【ウォーターレーザー】だった。


 だいぶ距離があったのと、見通しが利く草原ということもあって、こちらに気づいた魔物が致命傷を避けやがったんだ。


 ただし、その直後には、こちらの放った水に加え、奴の傷口から吹き出した血液をも利用して、足下を凝固させてやった。


 身動きが取れなくなり、勝負あり。そのまま魔物全体を氷漬けに。


 でも、なんだろ? この違和感……。初撃を避けられたのって、本当に距離があったせいだけか?


 そもそも、魔物が避けた様子すら無かったというのに……。最初は、距離が遠いことを考慮して、太めに放った水流が、かえって風の抵抗を受けて横に逸れたのかとも思ったが。


 いや、違うな。なにかが違う……。


 とはいえ、状況が状況だった。あそこにいるのが魔物だけなら、細いウォーターレーザーのまま、横に薙いでやれば事足りたはず。だけど、近くに狼の群れがいたもんだから、どうにも躊躇してしまったのだ。


 まあ結局、倒せたから別にいいけど。


 そして、今、魔物がいた場所に遅ればせながら、やっと到着したところだ。


 あぁ、酷いな。他の狼はともかく、ボス狼がかなりやばい。素人目にもわかるほど深手を負っている。重度の火傷だ。


 このままでは群れを統率するどころか、群れについていくことさえ無理だろう。ここまでの火傷、はたして俺の魔法で治せるだろうか?


 ん?! なんだ? 今なんか……うっ、ボス狼の様子も変だ!? 突然、苦しみ出した?


「ギャン、キャン、クゥーン、キャイーン……グェッ、ゴボォ、ギャワッ……うぼ、ぐべ……ゲヴォッ、グォルゥオォォォッ!」


「げっ、魔物化!? しまっ! くっ」


 巨大化する勢いに任せ、突然飛びかかってきたボス狼──それを紙一重で躱す。


 すかさず魔物との距離を置こうと、目いっぱいにバックステップ──背後から流れる景色が一気に勢いを増す。


 にもかかわらず、相変わらず、目の前には魔物が!


「こな、くそっ! ……く、来んなっ……ちぃっ」


 その後も、サイドステップやら、バックステップを織り交ぜつつ、なんとか相手の攻撃を躱し続けるも、いっこうに距離が開かない。


 ……くっ、いつまでも避けてられん。仕方ないか。


『成仏しろよ』


 再三再四、喰らいつこうと近づいてきたボス狼の頭を水魔法で切り落とす。


 その勢いのまま、胴体が横を通り過ぎるも、地に伏し、びくんびくんと痙攣している。だが、それもすぐに止まった。


 いくら魔物と言えど、首なしで活動できるということはないようだ。


 ああ、確かに。これは後味が悪い……アリエルが言ってたとおりだ。魔物が厄介だという意味が、今更ながら分かった気がする。


 って、おいおい、そんなに唸るなよ、おまえたち。俺は敵じゃねえっての。別におまえらのボスが憎くて殺したわけじゃ……って、言っても分からんか。


 こいつらからしたら、魔物も俺も同じ敵としか思えないわな。


 かといって、あのまま倒さなかったら倒さなかったで、こいつら確実におっちんでただろうし……。


 それに俺の落ち度もある。肝心なことをど忘れしてなけりゃ、もっと上手く立ち回れたはずだ。山羊の足だけ凍らせて、狼たちが逃げる時間稼ぎをすることだって。


 いや、無理か。あの火傷じゃ……でも、他にも方法はあった。水魔法で応急的に傷を治してやることもできたはずだ。


 もっと冷静に対処できていれば、こんなことには……完全に俺のミス。狼の群れが襲われてたことで頭に血が上っちまった。仲間を庇う姿をああも見せつけられちゃな……。


 また肝心なときにやっちまった。とっさの判断が必要なときに限って、いつもいつも。


 なんでいつも後になってから……。なんでその場では頭が回らねえんだよ? このクソ頭……呪うぜ。


 はあ、愚痴ってても始まらねえや。とりあえず、やるべきことをやっちまおう。


 まずは最初の魔物から……うん、こっちは報告にあったとおり、確かに山羊の魔物だな。


 氷漬けにして、正解だった。【魔晶石】を取り出すのに、血液やら体液が飛び散らないのは都合がいい。


 ボス狼の方も、一度、体を凍らせてから魔晶石を取り出すことにした。


 二匹の魔物からそれぞれ生じた【闇の精霊】も回収しておく。


 それにしても、狼と山羊か……殺し、殺される者同士。同じ墓穴じゃ、今回の場合、さすがにどちらも気が休まらないよな。ちょっと離しといてやるか。


 いつもどおり遺骸を充分に灰にしてから、別々に墓穴を掘り、埋めてやった。


 動物だから、墓石や卒塔婆は要るまい。安らかに眠るがいい……。


 そんじゃ、俺もそろそろ、とんずらしないと。


 おっと、このまま魔防士たちと帰り道でかち合っても面倒か。一旦、あの山に登って尾根沿いに帰るしかねえな……あぁ、面倒くせえ、なんだかなぁ。


 はあ、来るんじゃなかった。やるんじゃなかった。あぁ、またしても、やらかしちまった。厄介ごとに首突っ込んじまった……。



 ──山の反対側斜面に隠れるよう、尾根に沿って町の近くまでやってきた。


 途中、【水反鏡】の監視で、現場に向かう魔防士連中を確認し、上手くやり過ごすこともできた。


 人目に付かぬ位置で、こっそりと高原へと降りる。


 何食わぬ顔して北門からハイネスの町へと戻った。


 もう今日は大人しくしていよう……とも、一旦は思ったのだが。ギルドの建物を見た瞬間、ギルドへの報告義務があるのを思い出した。魔物を倒しちまったからなぁ……。


 仕方ねえ。これ以上迷惑が掛からないうちに報告だけはしておこう。


 こっそり中に入ると、大して時間も経っていないこともあって、先ほどの嬢ちゃんがまだ受付にいてくれた。


 むかつくあの野郎が居ないだけいい。さっさと要件だけ告げて帰ろ。


 できるだけ音を立てずに、体勢を低くしたまま受付の前まで近づく。こういうのって、アヒル歩きって言うんだっけ? そういや、昔、サーキットトレーニングの一環でやらされたな……。


 あ、目が合った。


「しっ、ごめんね。ちょっとまた報告することができちゃった。できたら、このまま静かに話させてもらっていい?」


「はい、もちろん。これでいいですか? ふふ、変わってるなぁ。で、なんでしょうか?」


 俺の囁き声に合わせて、彼女も口を押さえる仕草をした後、声を抑えてくれていた。


「ありがと、変なことに付き合わせて悪いね。実は、また魔物倒しちゃった。これが証拠の魔晶石ね。一応、念のため、さっきの魔晶石はこっち。で、魔物は一体だったんだけど、魔法使ってくる手強いやつで……そいつを倒したら、今度は近くで怪我してた狼が魔物に変異しちまった。結局、そいつも倒して、これがその魔晶石。あっと……最初のが山羊の魔物で、遭遇場所は北の牧草地ね。以上で報告終わり……です」


「……」


 なんかちょっと視線が痛い。


「いや、嘘じゃないからね。なんとか騒ぎにならないように済ませられないかな?」


「……」


「ははは、無理だよねぇ、やっぱり」


「無理ですよぉ、そんなのぉ……いったい、いつの間に」


 おっ、やっと話してくれた。


「だから、今さっきの話だって」


「いや、だって、つい先ほどまでここに居たじゃないですかぁ。しかも、一人だし……お仲間はどちらにいらっしゃるんですか?」


「いや、だって……一人だったから。一人で倒しちゃ、まずかった?」


「! ……今一度、確認なんですけど、レクサンドリさんのお知り合いなんですよね?」


「うん。まだ一晩一緒に過ごした程度なんだけど、そんなに仲は悪くはないと思うよ。お互いの相性は結構良い方だと俺は思っているけど。話してて、そこそこ楽しいし」


「! ……わ、わかりました。そういうことでしたら。なんとか、やれるだけやってみます。彼女には色々とお世話になってますから。後は任せてください。あと、できるだけ静かに出ていってくださいね。見つかったら、大変な騒ぎになりますよ」


「了解した。すまないねぇ。いつかお詫びするから、よろしくね。じゃあ、俺はこれで」


「はい、レクサンドリさんによろしく」


「うん……ん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る