ep.41 ミルクに浮かんだプリン……最高です

 朝食を終え、再び歩き始めてみても……いつまで経っても綿、綿、綿、ずっと先まで綿花畑がまだまだ続いている。


 最初は感動したはずの景色も、さすがに飽きてきた。どうやら二人も、気持ちは一緒だったらしい。


 そのせいか、どんどん、どんどん歩くペースが……『いや、これって、もう走ってんじゃねえ?!』ってくらいのスピードで先を急いでいた。


 途中から、まじもんの競争になって──



「風妖精シルフのメンツにかけて、スピード勝負では負けられないもん」と豪語していた四大妖精様。そのスプライトが、まさかの最下位。


 今は膝に手を突き、息も上がってる。苦しそうに喘ぎながらも、時折こちらを睨んでいた。


 そう、勝ったのは、なな、なんとぉ! この俺。


 僅差ではあったが、なんとかユタンちゃんにも競り勝つことができた。


 もちろん、あの馬鹿でかい【歩いてくボックス】を転がした状態での競争となると、ユタンちゃんであっても、さすがに勝ち目はない。だから、単独で走ってもらったわけだけど。


 ちなみに、歩いてくボックスは、精霊魔法で後ろから転がしてきた。


 レース当初、二人に大差をつけられていたんだけど、【イリスの翼靴】に魔素を大量に注いでみたり、精霊魔法を使ってみたら、俺がぶっちぎり……でも、『ずるい』「いかさま」とクレームがついて、そういうのは禁止に。


 それでも、体内魔素を消費する練習も兼ねて、いろいろと複合魔法の実験を試していたら、こんな具合に決着がついた。


 お陰で気がついたら、あれだけ広大だった綿花畑を抜けていたというわけさ。はあ、やっとかぁ……それにしても、長かったぁ。


 まあ、まだ農地が続いてるけど、それでもここから先、これまでの馬鹿みたいな大規模農地とは違う。小麦やら野菜やら食べられる農作物が、常識的な広さの畑で栽培されてるみたい。


 今はちょうどその境に当たる、何もないところに来ていた。


 今日はここまで、最初に二時間ほど歩いた後、競争で一時間くらい走ってきた。時刻はまだ正午前。


 時間的には、たっぷり余裕ができた。


 というのも、ここからでも【水反鏡】を覗いた先に、目的地を確認できているからだ。おそらくあれがエピスコ、その外壁なのだろう。


 残すところ、普段のペースであっても、あと三時間程度の距離にまで来ていた。


 でもね……もう、みんな、結構な汗だくになってるわけですよぅ。こんな状態のスプライトを人前に晒したくない。


 休憩もそうなんだけど、とにかく着替えたい。着替えさせたい。なんといっても風呂に入りたい。


 実際、俺もおったったし。


 みんな聞いてくれ! 俺もついにおったった……今まで全くといって、おったたなかったけど、やっとおったった。


 真っ昼間から、なに卑猥なこと言ってんだよ? と、勘違いしないでくれ。


 秋田弁……えっと、俺が元いた世界の、とある地方で使われている言葉で、「おったった」というのは、くたびれたという意味だ。


 たとえば、「昨日は山さ登っておったった」って感じで使ってるらしいの。本当だってばさ。


 はあ……肝心なところだけは相変わらずで、全然おっ起ってはいない。だから、おじさん、精神的にも充分おったった気分なんだ。


 そこで、是非とも風呂に入りたい……いや、せめて汗を流したいというわけですよ。


 普段は、濡らした布で汗を拭く程度だけ。この辺は暖かい地域だから、夏になれば、水浴びとかもすることもあるのだろうけど……。


 肉体の無い妖精はもちろんのこと、半妖精にも、湯浴みの文化はないらしい。


「無いわね」


「ないわ」


 疲れた身体で温かい湯船に浸かるのは、誰だって気持ちいい。だから、二人にも是非とも体験させてあげたい……うん、特にスプライトには! スプライトさんには!!


 まあ、混浴なんてものは期待してません。どうせ無理なのはわかりきってるから。


 でもね……スプライトの場合、湯上がりで火照った身体を拝ませてもらえるだけでも、充分過ぎるほどのご褒美になるわけですよぅ。


 というわけで、作っちゃいます! シェルタードームを改良しての〜、欲情を……おっと違った、浴場を。


 天井部分が開放されているにもかかわらず、外からは絶対に見えないような、覗き防止用対策──風魔法と光魔法を駆使した疑似マジックミラー仕様にする。


 ほぼ露天風呂に近い通気性、開放感を味わいつつも、セキュリティーもばっちりというわけさ。


 実のところ、自分の身体が目に入ってくる透明なお湯って、なんか苦手……というか、全然疲れが取れる気がしない。


 なので、昔から白濁色系の入浴剤をずっと使っていたんだ。肌にも良いとされる水溶性コラーゲンとか尿素とかが入ってるやつ。


 まあ、今はそれは無理ということで、別の物を……。


 今までもミルク風呂に興味はあったけど、さすがに一回に牛乳一本分使うのは、元々が食品なだけに気が引けた。しかも、入浴後には浴槽から風呂釜まできちんと洗浄しないと臭いが残りそうだし。


 結局、自宅では踏み切れなかったわけ……。


 けど、今回は大丈夫。だって、杖からミルクを出し放題だもの。その上、シェルタードーム丸ごと使い捨て……というか、世界規模のリサイクル型だから。使用後には、土に戻してるからね。


 ということで、ミルク風呂だ。


 牛乳に含まれる各種成分によって、さまざまな入浴効果が期待できる。


 カリウムは血中の浸透圧調節でむくみ改善に。


 カルシウムは心を落ち着かせるリラックス効果として。


 カゼインが古い角質や毛穴汚れを落として美肌に。


 そして、乳脂肪が身体の表面を覆って、冷え性改善と痒み予防にと。なんとも盛り沢山だ。


 これならスプライトを説得する材料にも事欠かないというわけ。


 うっ、【テュルソス】……やはり、恐ろしい杖だ。


 まずは、いつもどおり、土魔法で……いや、天井だけが空いた感じで、しかも大きめに、どっどーんと、ドーム本体をぶっ建てた。


 続いて、内装。


 この内装は初めてなので、細部にこだわって、脱衣所、洗い場、湯船と、ひとつずつ丁寧にイメージしながら作っていく予定。


 是非とも風呂を気に入ってもらわねばならんので、最初が肝心なのだ。


 今回のモデルとするのは、かつての上司に、「絶対お前でも気に入る宿だから」と勧められた高級宿だ。


 お陰で財布の中身がすっからかんになったけど、確かに何から何まで至れり尽くせりの大満足だった。その極め付きが、人生で一番のお気に入りとなった予約制の、あの貸し切り露天風呂。


 風呂の玄関なのに、その気品ある佇まいにびっくり。


 次の間が脱衣所……というには豪華すぎる。黒を基調とした洗練されたオシャレなデザインのラグジュアリースペース──それでいて、イ草と木材をふんだんに使った自然の温もりも感じさせるリラックスルームといった雰囲気だった。


 その中に誂えられた調度品の数々にしても、抜群にセンスの良い物ばかり。ほらっ、このとおり。


 次の洗い場だって、全面ガラスで完全に仕切られた機能的な空間で使いやすい。


 最後の浴槽に至っては、眼前に美しい海が望めるオーシャンビューの露天風呂だった。


 しかも、浴槽のすぐ脇には、専用のボトルクーラーが設置され、冷えたレモン水とオレンジジュースで満たされた乙な形のボトル。それと共に、品の良いグラスも添えられていた。こんな感じに。


 残念ながら、今回はオーシャンビューにはできなかったけど……。さすがに陸に海は作れんよ。いや、やればできそうだけど。


 ともかく、調度品も含め、丁寧に丁寧に細部に至るまで拘って再現していったのだ。


 うん、我ながら、素晴らしい出来だ!


 くっ、だが、やり過ぎてしまった。気だるさが半端ない……体内魔素をほぼ使い切ったみたい。


 いや、まだだ……まだ何もやり遂げてはいない。未だ始まってすらいない。今倒れるわけには……。


 フラフラになりつつも、気力を振り絞って、スプライトを説得しにかかる……。


「ええ、いいわよ」


 あっけなく了承が得られた……のだが、このときには、もう膝がカクカク笑っていた。


 とはいえ、予定どおり、先に入ってもらって、入浴後の色っぽいお姿を拝見させてもらうまでは……倒れはせん! 倒れはせんぞぉぉっ!!


「なに言ってるの? 一緒に入ってよ。あたしもユタンも使い方なんて知らないんだから」


「わからん」


 どぉうぇイッ? いっ、いいんじゃろか!? 夢やなかろうか?! ほんまに、ほんとに、よかとですか?


「よっしゃあっ!」と雄叫びを上げつつも、急遽、衝立だけは拵えた。さすがに脱衣所をもう一つ作るだけの余力が残っていなかったので……ヘタレと笑うがいいさ。


 だって……洗い場だって、湯船だって、一緒なんだもん……ほらっ、タオル一枚では隠しきれないほどのすっぽんぽんのスプライトさんと。


 ……ユタンちゃんも傍らにいるが、さすがの俺でも、今はそっちに意識は割けない。


 なに食わぬ顔しつつ、シャワーやボディーソープのボトルの使い方とかを懇切丁寧に洗い方を含めて、実地で教えていく。おっほぉぅ。


 泡まみれって、なんでこんなにもエロいんじゃろか!? うっはぁ、尋常じゃねぇ。


 はあ、泡と一緒にとろけちゃいそう。


 全身いっぱいに、かいていた汗をすっかり洗い流し、さっぱりしたところで湯船に移った。


 途中、濡れたタオルが張り付いたプリンが、歩く度にぷるんぷるん震えていたのを俺は一生忘れない。


 檜の香り漂う浴槽に張られたのは、乳白色のミルク風呂。


 普段は、お湯の中が見えない方が落ち着くもんだから……って、くぅ。


 スプライトに説明するときにも、そう言っちゃった手前、もう仕方がなかったので。


 こんなことならと、はあ、今は後悔してる。ただのお湯の方がいいケースもあったなんて……。


 いや、俺にしては上出来だっての! なにを贅沢な。贅沢に慣れてちゃ、あかんよ。幸せがどんどん薄まっちゃうから。


 充分だ、これだけで。なにもかも充分すぎる。


 見てみろよ。湯船に気持ちよさそうに浸かって、寛いでる、あの表情を。


 うん、充分だね。


 それに……ミルクに浮かんだプリン、最高です。プリンにミルクをぶっかけたデザートだなんて……。


 ──どれほど起ったのか……う、嘘です。おじさん、嘘吐きました。うん、なんかのぼせて、どれほど時間が経ったのか、ちょっとわからなくなってきた。


 でも、ほらっ! やっとのことで、理性を取り戻すことができました。ふふっ、それもこれもユタンちゃんのお陰。


 だって、半分くらいお湯を入れた洗面器を湯船に浮かべ、それに乗ったユタンちゃんが両手で楽しそうに漕いで遊んでいる姿──それが、目に入ってきたくらいだから。


 しっかり温まって、疲れがすっかり取れた。みんなもそんな感じ。


 完全にのぼせあがる前に、風呂をあがるとしよう。


 ミルク風呂だったから、シャワーでミルクをしっかり洗い流しておかないと。


「スプライトもな」


「うん」


 むっふぁ〜、最高!


 ただし、この湯だけは水の精霊さんの御力を拝借した……すまん、もう、空っぽなんだ。うん、魔素スッカラカン。


 でも、最後の最後で、スプライトのやつがとんでもないことを言い出して……。


「さっき言ってたアレ、やってよ。むくみとかに効くってやつ……えっと、マッサージだっけ? やってよ、やって! あたし経験したことないから」


 やりますとも、槍増すとも、今度こそはと、根性入れ直し……って、はれっ?! ッゥ────


 ──目を覚ましたときには、温かい毛布にくるまれていた……。なんだよ、夢かよ? と思ったが……なんか、いつもと景色が違う。


 しばらくして、ここがさっきまで丹精込めて作りに作り込んだ脱衣所であることに気づいた。


 そばで色っぽく女の子座りしていたスプライトに訊くと──どうやらあの後、俺は疲れ果て、気を失ったそうだ。


 身体を拭いて、パンツだけは穿いた後だったから、そのまま毛布を掛けてくれて。


 何度か様子を見たり、起こそうともしてくれたりしたみたい。だけど、翌朝……そう、もう日が変わっていた。結局は、朝となった今まで寝落ちしたままだったらしい。


「晩御飯どした? 用意してなかったろ?」


「いろんな燻製を二人でちょっとずつ食べたの。レモン水とオレンジジュースも美味しかったから飲んじゃったけど、いけなかった?」


「いや、全然。お腹が空いてなけりゃいいんだ」


 なんにしろ、空腹で一晩過ごさせたんでなくてよかったよ。


「あのね。寝るときだって、ここの床、すごく居心地がよかったよ。気に入っちゃった! 作るの大変みたいだから、無理しなくていいけど、機会があったら、いつかお願いね。また一緒にお風呂入ろっ」


 俺は首が折れるのも厭わぬ速さで何度も頷くしかなかった。


 おぉぅ、生きてて良かったよぉぉぅん! まじ幸せ気分だ。

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