【急募】68kgの肉塊を完全に処分する方法を教えてください

寝舟はやせ

ただの肉の塊


 拾った犬とふたりで住んでた。かわいい犬だった。

 黒くてツヤツヤで手足は六本で口が三つあって、顔周りに鱗があるくせにベロベロじゃれてくるからすげー困るかわいいやつだった。


 五年くらいかな。飯食わせてやっただけの俺と一緒に暮らしてくれて、辛い時は慰めてくれて、必ず一緒の布団で寝た。

 犬はツナ缶が好きだった。芸は一個も覚えなかった。気まぐれで気分屋で猫みたいなやつだった。散歩に行きたがらなかったのは、よかったことだったかもしれない。


 最近は近所で空き巣の被害が多いらしく、注意喚起の張り紙がされていた。家に金目のものなんぞない俺には関係のないことで、すぐに忘れた。


 家に帰ったら、おっさんが死んでいた。

 バタフライナイフを持ったおっさんだった。

 つまり空き巣である。

 おっさんには犬が巻き付いていた。


 要するに。


 俺の飼っている犬が人を殺してしまった。

 そんで殺されてしまった。


 俺の大事な犬は間違いなく死んでいた。

 大事な犬だ。でも俺は犬のことは、犬と呼んでいた。どんな名前もつけたくはなかった。

 俺はおいとかお前とかそれとかあいつとかでしか呼ばれないのに、お前だけ正しく使われる名前があるのは駄目だろ。だから犬だ。犬って呼んでいても俺は変わらず犬を愛していたし、だからおいとかお前とかそれとかあいつとか呼ばれていても俺は愛されているのだ。間違いはない。証明してみせる。


 犬が空き巣を殺してしまった。伸びた尻尾で首を絞めて、空き巣の顔はぱんぱんに膨れてどす黒くなっていて、あらゆるものが垂れ流しだった。

 なんで疲れて帰ってきたのに他人の汚物を片付けているのだろう。もう犬もいないのに。


 ともかく、俺は、今すぐ68kgの肉塊を溶かす方法を考えないとならない。バラした空き巣の重さを計ったら68kgだったからだ。


 ほら。処分の方法を考えるなら、重さって必要な情報で、いや、全く必要はないんだけど、最悪食べるしかないのかなとか、トイレに流して詰まって捕まったとか聞くし、薬品で溶かすにも割合とかあるっぽいし、小分けにした方が捨てやすいだろうし、とにかく、俺の犬を殺したクソ野郎の残骸をプラ製のランドリーバスケットに入れて体重計にのせたら68キロだった。誤差はあるかもしれない。


 犬はバタフライナイフでめちゃくちゃにさされて、ぐずぐずに溶けてしまっていた。とてちたと遊んでいる六本の短え腕も、真ん中から伸びる尻尾もぐったりして、俺が必死に呼びかけてもぶよぶよに溶けて、何もなかった。


 逃げてくれればよかったのに。

 心の底からそう思った。


 逃げてくれよ。この家にお前より大事なものなんてねえよ。通帳は持ち歩いてるし。銀行印も。年金手帳も。だっていつかは丸ごといなくなりたいし。お前がいるから帰っていただけの家だし。犬。なあ。生き返ったりしないのか。お前化け物だろ。犬じゃないだろ。生き物でもないだろ。生き返ったりしないのかよ。しろよ。してくれよ。

 しないか。


 俺はなんとかして、空き巣だった肉を処分しないとならなかった。

 そうでなければ、此処に住み続けることは出来ないからだ。男の死体には、犬の痕跡が残り過ぎていた。間違いなく疑われ、犬の存在は引き摺り出され、俺の手元を離れるだろう。


 犬は死んでしまった。思い出は此処にしかない。

 俺はこの先も、ぶよぶよの柔らかい黒い死骸と共にここに暮らしたい。犬が腐るかは知らないけれど。腐っても此処にいたい。大事なものは犬しかいない。


 なのでなんとかして68kgの肉の塊を処分しないとならなかった。方法が分からなすぎる。こういう時どこに聞けばいいんだ。

 知恵袋とかで聞いたらいいのか。なんなんだ。


 そう思って調べたら、犬と称して人間の死体の処理を目論んでいるらしき投稿があったと出てきた。

 こういうとこで聞くと、事件性があると判明したときには最悪とっ捕まったりするのだろうか。


 結局、調べたところで答えは分からなかった。俺に簡単に手に入るような方法もなさそうである。

 頭が悪いので考えても分からず、仕方がないので、SNSで捨て垢を取った。【拡散希望】とかつけると質問が出来たりするらしい。


 俺は【急募】とつけて、一つの文面をつぶやいた。

 答えが来るかは知らない。ただ、何かいい方法が見つかれば御の字だなと思った。

 何も考えたくなかったとも言う。


 知らんおっさんを小分けにしただけで、俺にはもう精一杯だったのだ。

 明日も朝が早いし。犬がいないと寝れないし。意味はないし。考えたくもないし。犬がいないし。眠れないし。


 とりあえず、俺はぶよぶよの犬を撫でながら目を閉じた。

 冷えたぶよぶよは、

 朝まで冷えたままだった。



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