孤灯一穂
束白心吏
本編
「
ある日学校に行くとそんな噂がどこからか広まっていた。
根も葉もない噂話であるが、皆興味があるのか、普段は寄り付きもしない立神の席の周りには人だかりが出来ていた。普段は『深窓の麗百合』だの『高嶺の花』だのとあだ名を付けて遠くから眺めてる奴らが、立神の噂話が出た途端にああも群がっているのは酷く滑稽な光景に見えた。
俺の方も俺の方で、親しい友人が祝福なり感心なりの言葉を勝手に述べていく。そして次第に立神に群がっていたクラスメイト達が俺の方にも話を聞かんと突撃して来る。
その最中、ちらりと立神の方を見てみるも平生と変わった様子は見られない。しかし心なしか、窓を眺める彼女の様子が膨れっ面に見えた。
■■■■
「……大変な一日だったわ」
放課後の帰路で、げっそりとした様子を隠そうともせずに隣を歩く立神が言う。
彼らの追及は放課後にまで及んだ。教室内の人口密度も凄まじく、確実に他クラスの生徒もいたことだろう。それだけ立神のスキャンダルというのは彼らの興味を惹きつけたのだ。
「そりゃあご苦労なことで」
「井口君はよくあんな人だかりの中で暮らしていけるわね」
「いつもはあそこまで酷くないっての」
さすがに今日の勢いは異常とまで言っても過言ではないくらいだった。俺とて大変に思うくらいだから、普段は交流の殆どない立神にとっては俺の想像もつかない程疲弊したことだろう。
「にしてもどこから知れ渡ったんだか……」
「さあ? そういうのは貴方のほうが詳しいでしょう」
「んなこと言われてもなぁ」
少なくともクラスラインでもそんな感じの話は流れてこなかった。朝唐突にそう言われて困惑したのだから、間違いない。
それに――
「そういう噂を知ってたら、さっさと立神にラインしてる」
「それもそうね」
それにしても不思議ね……と立神は呟く。
「こうして肩を並べて帰っているだけで、そこまで勘違い出来るものかしら」
「……する奴はするんじゃないか」
「そう? 手も繋いでないし、何か特別親しい訳でもないのに」
「男女が二人で会ってたり、歩いてたりするだけでも、噂する奴はするからな」
「……難儀なことね」
俺の返答に立神はそう荒々しく吐き捨てた。そしてそれで会話は止まる。結局今日はそれでいつも別れる地点までたどり着いた。
「――暫くは、こうして帰るのも止めましょうか」
「何?」
思いもよらない提案に俺は思わず聞き返す。
立神は平生と変わらない様子で更に続ける。
「もともと帰る方向が同じで、話してみたら気が合ったからこうして帰っているだけでしょう? それ以前に戻るだけ。とはいえ今日の様子だと、下校時間まで教室でいるのもいらぬ憶測を生みそうだけどね」
言葉を紡ぐにつれて立神の声音は冷たいものになっていく。余程放課後まで問い詰められたのが嫌だったのだろう。表情も厳しいものになっていた。
「……それに私のような情緒欠落者と付き合ってるなんて、醜聞以外の何物でもないでしょう」
「それは違う」
その言葉は自然と口から出てきた。立神も驚いた様子で此方を見ている中、更に俺の口は続ける。
「数ヶ月の間だけどさ、少なくとも他の奴よりアンタと……立神周って人間と互いに真正面から向き合ってたって思ってる」
不図、立神と会話した日を思い出す。
最初に接触してきたのは立神からだった。そして接触してきた立神は、俺の言動を『愛』と定義し、それを知っていることを羨んだ。彼女の言う情緒欠落とは、『愛』を受け入れること、与えることができないことを指して言っているのだろうが、その姿は俺の目には羨ましいものに写った。
「他の奴より『立神周』って人間を知ってるって自負もある」
意外と話が合った俺達は放課後から帰路にかけての間だけ会話する仲になった。勿論会話のない日の方が多かったが、会話があった時の内容は殆ど覚えていると言っていい。それだけ彼女との会話は有意義であったとともに、『立神周』という人間の為人も見てきた。
「確かにお前は親愛も友愛も知らなかったかもしれないけどさ」
周囲から『高嶺の花』だの『深窓の麗百合』なんて呼ばれて常に一人で、放課後も自身の机にノートを広げて下校時刻まで過ごす変人……けど、その理由は俺と似ていて「家に帰りたくないから」。だからこそ彼女にだけは素の自分で語らうことが出来たのだと、いま改めて振り返ってみると思えてくる。
「俺はアンタから友愛の情を貰ってると思ってる。それに、アンタもう知ってるんじゃないか?」
そう言うと「……ああ、ほんと」そう呟いて立神はクスリと笑った。
「本当、貴方の言ったとおりね。知ったことを今、とてつもなく後悔してる」
笑って言う立神に「そうだろ」と笑って返す。
それから暫く二人で謎に笑った。何かが面白かったわけでもないけれど、何故か心の底から笑みがこぼれて仕方なかった。
「……なあ」「ねぇ」
話を切り出したのは殆ど同時だった。
先に話を聞こうとしたら立神が「井口君からいいわよ」と譲られたので、俺は一度深呼吸して口を開く。
「噂を本当にしないか?」
「……正直、井口君から言われるとは思いもしなかったわ」
けれど、いいの? そう立神は聞いてくる。
その声は心なしか震えているようで、彼女もまた緊張していることが伺えた。
「俺は、アンタだからいい」
「ふふっ、なら言葉に甘えて責任を取ってもらうわ」
――こうして「立神周と井口百人は付き合っている」という噂は本当の話になった。
孤灯一穂 束白心吏 @ShiYu050766
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます