さよなら。

歩みを止めて断崖を見下ろす。眼前には実りのついた稲穂が風で揺れるように、白く打ちつける波が立っている。ザンザラと波とも葉擦れの音ともつかぬ音が耳に入りこだまする。


ザリ、と後退りしたのは車酔いに似た眩暈がしたためだった。


私はその場に座り込んで震えながら泣いた。嗚咽を上げ、涎も鼻水も垂らしながら。四方を山が囲み扇状になった湾がサラウンド効果を起こして、私のそれがどこまでも響き渡るようで恥ずかしくてまた泣いた。


「これじゃ飛べないね」


誰に言うでも無く一人ポツリ口から溢れる。


波はすぐに反響して押し流してしまう。こう広々とした場所に一人だと世界に私一人だけみたい。と、ありきたりな感情が湧いてくる。


人並みに頑張っていたから誰にも認められず、褒められ感謝される事もない。むしろ逆の方が目に、記憶に残る。嫌なことはいつまでも忘れられないでヘドロのように沈澱して私を蝕む。


人波に流されて乗る満員電車にも乗れなくなった。へたり込んでふらふらと乗った電車で今ここにいる。波はずっと凪いでいる。


泣いたからかスッキリして陽がより照っているように見える。心にかかる雲も晴れて、重りだけがストンと断崖の硬いその岩肌を撫でた。


「よし、仕事やめよ」


そう決心して周りを見た。やたらめったら綺麗に見えてまた泣いた。

「給料、変わらないといいけど。」

また私は自分に甘えている。さよなら、私の悪感情。波が手を振っている気がした。

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