夏の夜の旅
青野ひかり
第1話
私はあてもなく道を歩いていた。
目的地など何処にもなく、ただ足を前に動かしていた。
『強迫症』と呼ばれる心の不調を抱いて二十年がたった。
回復してはいるが、社会復帰の目処は全く立たない。
外出も怖く、心療内科やカウンセリングに行くのも毎回、勇気と気力を振り絞っている。
出口が見えない暗いトンネルをずっと歩き続けているような日々。
やりきれない一日一日が、テトリスの積み木のように高さを増し、もうGAME OVER寸前まで迫っていた。
テトリスの積み木のように向きを変えて、やりきれなさや辛さを少しずつでも消していけたらいいのにと何度も思った。
でも現実はどうにもならなかった。
そんな日々を過ごしていたとある夏の日、私は自室のベッドに横になり、何気なく近くに置いてある電波時計の日付を見た。そして自分は一ヶ月、外出をしていないことに気が付いた。
何故か無性に外の空気を吸いたくなり、気付けばルームウェアのまま、自宅を飛び出していた。
十九時ちょうどだった。
そのときの私の姿は酷いものだった。艶のない腰までのびた黒い髪、半袖のくたびれた白いロングワンピース。足は素足に履き古した白いサンダル。
いかにも、Jホラーに出てきそうな女の幽霊に似ている。
白マスクもしているのが、人間である証拠に見えるか、都市伝説の女みたいでますます不気味か……私には分かりかねた。
一応、夜道を歩く人達に一握りの警戒心を抱いていたが、すれ違う通行人の方が何倍も私に警戒心を抱いていただろう。
いかにも仕事帰りのサラリーマン風男性、
少し部活が遅くなった体操着の男子学生、エコバッグを持った買い物帰りの主婦らしき女性……。
出会うのはそんなまともそうな人ばかり。
客観的にも主観的にも私が一番不審者に見えるなとマスクの中で思わず自虐的な笑みがこぼれた。
気付けば、家から坂道を登り続けていて、頂上に辿り着いた。元々山だった場所を削って造られた住宅街なので、登り続ければ最後はてっぺんに到達する。
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