6.夜風(2)

月が青々と輝く中、幻骨竜げんこつりゅうの背中に跨がった私は屋敷への帰途に就いていた。

夜風がゆるりと頬を撫でる。

その感触は、何とか無事に事を終えたことの感慨を深めるように感じられた。




勇者さまがその剣先を、私の身体へ突き立てようとしたまさにその時だった。

樹隗候じゅかいこうさまが私の首に掛けて下さったペンダントから突風が吹き出し、眼前に迫っていた勇者さまたちを多いに狼狽させ、退けてくれた。

ペンダントの紐は何本もの太い蔓草となって神官さまへと襲い掛かり、彼女を捕えて宙空へと吊り下げた。

その結果、彼女が造り出した結界は解除されたのだ。

結界から解き放たれて身体の自由を取り戻した私にとって、あらがう術は幾らでも在った。

まずは辺りに眠る不死者たちを喚び起こして勇者さまたちへと差し向ける。

突然に地面から湧き出た幾多の不死者たちを、勇者さまたちは辟易した様にて退けようとしていた。

更に攻め立てるべく、強力な死霊を喚び起こそうとしたその時だった。

屋敷で静養していた筈の幻骨竜げんこつりゅうが唐突に舞い降りて来て、勇者さまたちと戦い始めてくれたのだ。

かつては邪竜と怖れられていただけあって、幻骨竜げんこつりゅうの攻撃は熾烈極まりないものだった。

炎や氷、そして雷を帯びた吐息を激しく吹き付ける。

長く太い尻尾をブンブンと振り回しては勢い良く叩き付ける。

それまでの戦いで相応に疲弊していたであろう勇者さまたちは、這々の体で引き上げて行った。

逃げ去る途中、勇者さまは神官さまを縛り上げていた蔓を必死になって斬り裂いて、彼女を何とか救い出したのだ。

一目散に逃げ去り行く彼等を追おうかと思ったけれども、家臣たちが必死になって引き留めたこともあり、それは止めた。

私自身も相当に疲弊していて、もし深追いしていたら逆襲を受けていたかもしれない。

あの神官さまにしても弱った素振りを見せておいて、何らかの逆襲を講じている怖れもまたあったのだ。



私は幻骨竜げんこつりゅうの肩甲骨へと頬を押し当てる。

ひやりとした感触が伝わり来たけれども、それはしっとりと心地良くて安堵の念を呼び起こすものだった。

家臣たちが駆る馬車が夜道を駆け行くのが遙かな眼下に見えた。

皆、無事で良かったと改めて思った。


そう言えば、つい先程に魔王様からご連絡を頂いた。

右手に嵌めている赤い宝玉の指輪は四魔侯達に与えられている、魔王様と会話するための魔道具なのだ。

魔王様は暫しの間、高らかな笑い声を響かせてからこうお告げになられた。


今回の働きは実に天晴れであったと。

期待していた以上の働きぶりであり、実に見事であったと。

そして、存分に恩賞を与えてやろうと。


その額を聞いた私は、まさしく度肝を抜かれた。

幻骨竜げんこつりゅうを幾度も温泉へと連れて行くことの出来るような莫大な額だったのだ。


幻骨竜げんこつりゅうの背に横たわる私は、ゆるゆると微睡みつつあった。

幻骨竜げんこつりゅうが元気を取り戻せることがこの上無く嬉しかった。

そして、樹隗候じゅかいこうさまと再びお話出来ると考えると胸が高鳴るようだった。

勇者の刃が私に迫りつつある刹那に響いた樹隗候じゅかいこうさまのお声は、涙が出そうな程に有り難たかったのだ。

その感謝をしっかり伝えなければならない。


そっと、樹隗候じゅかいこうさまが下さったペンダントを握り締める。

ひんやりとした感触は火照りつつある心を揶揄うように思えてしまった。

ヴァスチン火山の温泉に行く時に樹隗候じゅかいこうさまをお誘いしようかとの考えが心に浮かぶ。

その時、樹隗候じゅかいこうさまはどんな顔をするのかと想像すると、柄にも無く心が熱を帯びるようだった。


【完】

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魔王直属・四魔候の紅一点ですが、無茶振りの末に勇者一味に追い詰められて、 もう駄目みたいです 湯島晴一 @tenjin0405

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