潜入!女子の花園! 33
現在、フロア5の情勢は大きく変化していた。
片桐ショウジによって獄王派が幹部や有力な構成員を多く失ったことによって、フロア5は労働派、獄厨派との三竦み状態から人数の多い労働派の一強となり、一時的には安定していたものの、急速にその勢力を伸ばした労働派は内部分裂を防ぎきれずフロア5は現在暴動にも近い内紛状態へとなっていた。
一方残った獄王派はメンツを潰されまいと不定期にショウジを襲撃したものの全て返り討ちに遭い、残った数少ないフロア5の獄王派の殆どはショウジの軍門に降っていた。
その一人である元アズデカの部下、ポココロがフロア5を訪れたショウジと出逢っていた。
「で、これが先月の【蜘蛛の巣】の収支表とショウジさんの取り分っす。勿論モトモトさんのチェックも入ってるっす」
「ありがとう、ところで例のものは?」
「っす、ちゃんとありますよ。まったく急に頼んでくるから苦労したっすよ。まあ無茶振りには慣れてるっすけどね。理不尽に火傷負わされねえ分ショウジさんの方がいいっすけど」
「身体を縮小する魔法。水魔法『
ポココロが渡した紙には二行ほどの呪文と魔法陣が書かれている。この魔法陣に魔力を流し込みながら呪文詠唱すれば訓練せずとも魔法が使えるのだ。もっともこれは初級、中級的な魔術のみが使える方法だが。
「ご苦労、ところで最近どうだ?」
「まぁ〜荒れてますね。
「分かってるよ。俺はお前のそういうところを頼りにしてるんだ。忌憚なくものを言うその態度がな。賢いし人当たりも良い。腕っぷしは強くないけど」
「『賢い』ねぇ……俺、気になることがあるんすよ。最近、ヴィクトルつう男がフロア5の秩序維持を旗に掲げて今や労働派の最大グループと匹敵するほどの力を持ちだしてるんすよ。特に娑婆での恨みを晴らすかのように獄王派が虐げてきた元騎士、元貴族、元士官、元大臣みてえなのが、アジトに乗り込んで獄王派を半壊させたっつう
「……さあね」
◆◆◆
ショウジがフロア4に戻ると、女子監房の近くで待っていたザクロと出会った。
「……準備は出来たぁ?旦那ぁ?」
「うん、ポココロが用意してくれた呪文を唱えれば大丈夫。後は打ち合わせ通りザクロが運んでくれればいい」
「ねぇ?ほんとぉに女子監房に……ザクロの部屋に入るのぉ?散らかってるしぃ、ヴィク姉みたいにいい匂いもしないしぃ……」
ザクロはモジモジしながらそう言った。
「突然押しかけて迷惑だとは思ってる。けどアイツに借りを作りたくなかったし、何よりザクロの部屋の周りには囚人が配属されてないって聞いたから話もしやすいと思ったんだ。どうしても嫌なら今からでも別の方法を考えるさ」
「そんなことわぁ……ううん、大丈夫。ザクロに任せてよぉ旦那♡」
ザクロの了承を得たショウジは先ほどポココロからもらった紙に手をかざし、魔方陣に魔力を送り出す。右腕につけられた腕輪が、ほんのりと紫の光を放った。
「身よ、万象の縁より解かれ、小さき器に還れ。輪廻の環より外れ、粒のごとき寸に宿れ。我は命ず、開けと。水魔法『
ショウジが呪文を唱えると、彼の体は服を残してみるみる縮んでいく、床を見れば水たまりができていた。体内の水分を絞り出し、体を凝縮させて小さくする魔術だ。
「わぁ!旦那がちっちゃくなって裸んぼになってるぅ♡かゎいいかゎいい♡」
「ザクロ……早くポケットに……恥ずいし、寒いし……」
親指ほどのサイズになったショウジが両手で股間を隠しながらそう言った。
「えぇ?♡もっと観てたいけどなぁ旦那が言うなら仕方ないやぁじゃあポッケに入れるねぇ?」
ざくろは庄司を優しく包むと、自身の囚人服の上着のポケットに入れ、女子監房へ向かった。
「囚人番号と部屋番を言え!」
「しゅーじんばんごぉ 8831910396ぅ へやばんごぉ004298019ぅ」
「チッ……行きな」
女子監房は防犯上の観点から柵に囲われ、入る時には立ち入り検査がある。とはいえ刑務官は基本的にやる気がないため、ほとんどの場合形式上のもので終わる。だがあくまでそれは刑務官の気分次第だ。
「いや待て、アンタ怪しいわね」
その言葉にザクロはピクッと反応する。
勘づかれたのか?
最悪の場合を想定し、彼女は身をこわばらせた。
「調子乗ってんじゃないの、殺し屋のクズガキ?サピ生だかなんだか知らないけど、お前みたいな社会のゴミがアタシ達にそんな生意気な態度とっていーわけ?壁に手をつけな!身体検査よ!もし妙な動きをしたら分かるわね?」
「ッ——!」
どうやらザクロの態度が気に食わなかっただけらしい。だが、ピンチには変わりなかった。
身体検査は、囚人服のポケットの中まで調べられる。
女子監房に男を連れ込む行為は重罪だ。
だが従う他無い。壁に手をついたザクロを門番である女子刑務官はポンポンと上から叩きながら調べていく。
ついに刑務官の手がポケットにかかっ——たがそこには何も無かった。
「……よし異常は無いな。とっと行けアバズレ」
刑務官がつまらなそう吐き捨てる。
もし規律に反するものを持ち込んでいれば、彼女たちには囚人をリンチする権利が与えられたからだ。
刑務官は持っていた警棒でザクロの横腹を思い切り突いた。憂さ晴らしのつもりなのだろう。ザクロにとっては蚊にも等しい攻撃だが鬱陶しいものは鬱陶しい。彼女は刑務官を一瞥し、去っていった。刑務官の背筋がほんの僅かな殺気によってブルリと震える。
ザクロを含めレベルの高い囚人達は大して強くも無いくせに威張る一般刑務官が嫌いだ。
このボルガノフが不落にして不脱なのは上級刑務官の力のおかげであって、ヤツらはその威を借りる狐に過ぎないからである。
しばらく歩き、刑務官の司会から外れた後、ザクロはズボンの中から全身真っ赤になったショウジを取り出した。
ザクロも同様であった。
「も、もうすぐ着くよぉ、旦那♡」
「あっ、ああ…………」
ボルガノフの囚人は男女共に原則、上下一体型の囚人服の他に最低限の下着しか着用を許されてない。
ではザクロはポケットからどこにショウジを移したのか?
つまりは、そういうことだ。
監房棟の入り口から少し歩いたところにザクロの部屋はあった。部屋はアパートのような建物の一室にある。だがフロア5のような無骨なものではなく、ノスタルジックな装飾が施された洋風建築だ。
「その……すまんザクロ。あんなことさせて」
自身を隠したときのことを思い出し、ショウジは顔を赤らめながらそう言った
「いいよいいよぉ〜旦那の為だもぉん♡それに今日のは割と軽めだったしぃ、酷い時は全身裸んぼにされて隅々まで調べられるからねぇ」
「ぜ——ッ!」
「あれ?あれあれあれぇ?♡もしかして旦那ザクロの裸そーぞーしてこぉふんしてるぅ?エヘヘヘェ、旦那もやっぱ男の子だねぇ♡」
「ち、違ッ」
「旦那が望むならザクロの裸ぐらいいくらでも見せてあげるのにぃ♡」
「勘弁してくれ……あ、そうだ。シャワー室から水持ってきてくれないか?バケツ七杯ぐらいあれば大丈夫だと思う」
そう言われた。ざくろはシャワー室からバケツを持ってきた。さすがは暗殺者、そのか細い腕でザクロは4リットルは入るバケツを七つ同時に持ってきた。
左手に三、右手に三、頭に一である。
その水を浴びるとショウジ元の大きさへと戻っていった。乾燥わかめのようだ。
「ふぅ……助かった。ありがとう」
「エヘヘヘェいいよぉ。……なんかぁ不思議な感じぃ、旦那がザクロの部屋にいるなんてぇ。ドキドキしちゃうなぁ♡毎日おんなじ部屋だったヴィク姉が羨ましいよぉ」
そう言いながら、ざくろは自身のベッドに腰掛けた。この部屋には、ベッドが2つある。もう一つはザクロの同居人のものだろう。
「ねぇ旦那、座ってよ。ザクロの隣にさぁ♡」
ザクロは自身の隣に空いたスペースをポンポンと手をで叩きながらそう言った。促されるままにショウジが座ると、ザクロはショウジに体重を預ける。
「ザクロ、初めてなんだぁ。
「俺は大丈夫。それにザクロが辛くなったらいつでも話をやめてもらっても構わない。その時はパスタからの提案は断るさ。それでサピ生と敵対することになっても、得体の知れない奴と組むこと出来ない。その時はザクロ、一緒にパスタ達を倒してくれ」
その言葉を聞いたザクロは、にへらと笑った
「やっぱ優しいねぇ旦那はぁ。……ん、ザクロも覚悟を決めたよ。じゃあまずパスタのことについて喋ろうかなぁ。パスタ・マシーンって男はねぇ……ザクロの実のお兄ちゃんなの」
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