満身創痍と仇討ち 22

「敵襲だと!?どうしてここに?」


飛び込んで来た一報。それは自分達をことごとく返り討ちにしてきた不倶戴天の暗殺者がこちらに向かってきているというものだった。


「んなもん分かりきってるだろ!コイツの救出だ!やっぱりあの女と繋がってやがった!」


「兄貴!早くこの地下通路から逃げましょう!片桐ショウジは置いておいて!……あ、兄貴!?」


慌てふためく部下達とは対照的にアズデカはその場に立ちつくし、うつむきながらぶつぶつと何かを呟いている。

その顔は影に隠れ表情は見えないが、怒っていることだけは分かる。

右手に持っていた短杖がプルプルと震えていたからだ。


「逃げる?逃げる?この俺が?このフロア5で最強の俺が?この煉獄のアズデカが?俺達獄王派が?たかが女に対して逃げるだと?あり得ないあり得ないあり得ない。目の前で聖書をちぎってケツを拭き、豚に食わせてその豚にレイプされるが如き屈辱だ……」


「あ、兄貴……悔しいのは分かりますが、拷問で魔力を使いすぎてますぜ。今フロア4の囚人と闘うには分が悪いここは一旦……」


「火魔法『張熱膨裂ボアバースト』!」


「ア゛ッ……」


アズデカが指を弾くと共に進言した部下は一瞬で爆散する。その光景と爆裂音に、部下達の足が一斉に止まった。


「ふぅ、魔法一発したらスッキリしたぜ、これも神の御技か……お前は正しかったぜ。ただ一つの間違いはムカついてる俺に話しかけたことだ。俺は逃げる、お前らはここで俺の足止めをしろこれは命令だ。従わなきゃ地下通路で蒸し焼きにする」


従う他ない、この中にアズデカに敵うものはいないのだから。アズデカは地下通路は続くハッチへと入り、閉める直前で扉に向かい叫んだ。


「チェェェェェェェェェッッッッッ!!!!聞こえてるか!?アバズレ殺し屋女ァ!お前は必ず殺す!そこで焼豚真似てるテメェの男もな!!」


アズデカがハッチを閉める。ザクロがその部屋に飛び込んで来たのはその直後だった。部屋にいる獄王派の囚人達を有無も言わさず再起不能にしていく、勿論殺してはいない。だが暗殺者である彼女にとってなどいくらでも持ち合わせている。


「旦那ッ!!」


ザクロは椅子に繋がれ、みるも無惨な想い人の姿を見た。肌は焼け爛れ、足に関しては完全に変色している。

彼女は繋がれた鎖を外し、ショウジを揺らす。


「旦那お願い…死なないで、死なないでよぉ!ザクロを置いていかないでよぉ!旦那、旦那ぁ!」


ザクロは必死に呼びかける。

既にショウジの意識は無かった。


◆◆◆


「我ここに求める、神罰を受けし受難者に幾許かの救済を。光魔法『聖母の眼差しドレッシング』」


ここはショウジ達が配属された監房棟の医務室。

ベッドに寝かされ、全身を包帯で巻かれ、寝たきりのショウジの周りをヴィクトルとザクロとモトモトが囲っていた。

病床の間にカーテンすら無い大部屋スタイルだが、人は殆どいない。

ボルガノフ囚人内では医務室に行く奴は軟弱者という謎の暗黙の了解がある為、誰も行こうとしないのだ。


「うわ、凄え。光魔法なんて久々に見たぜ」


「ヴィク姉これで大丈夫なの?元の冷静でクールで落ち着いてる旦那に戻るよね?」


同じ意味の言葉で3回ショウジを例えたザクロは、いてもたってもいられぬと言った様子で彼のベッドの周りをグルグルとうろついている。

救出から一晩明けたもののショウジの意識は戻るそぶりは無い、そのことを聞いたザクロはフロア4の午後刑務作業をバックれてまでショウジの様子を見に来ていた。その後に受ける罰のことは今の彼女の眼中には無い。

時々『旦那を守れないザクロなんていない方がいいぃ!』と言ってはナイフを自身の胸に突き立てる為、その度にモトモトが止めている。

あまりの大変さに、後で静止代をショウジに請求する事をモトモトは決めていた。


「いや、まだ分からない。聖母の眼差しこの魔法は目に見える小さな切り傷などを治す魔法だ。表面のやけどなら多少治せるが、ショウジの傷は身体の奥深くまでついている。その傷は自分の自己治癒力でなんとかしてもらうしか無い。上級光魔法ならなんとかなるが……それを使うには私の魔力が足りない」


「つまり……運次第ってことぉ?」


「これ以上はこの医務室に常駐している医者に頼るしか……」


「いや、今この医務室に医者はいねえ。この間唯一働いてた奴が獄厨派のイカれ野郎に殺されたからな。理由は監獄の外にある故郷のことを語ったかららしいぜ?元々通いの医者だったから居ねえ時もあったがよ」


打つ手無しの絶望、そこに一筋の光が差し込んだ。

ショウジが目を覚ましたのだ。


「う……ううん……」


「旦那ぁ!」


「ザクロ……ヴィクトル……それにモトモトまで……こ、ここは……」


ショウジは首が動かないことを悟り、目だけで周りの様子を見る。

本来であれば喋ることさえ難しい状態でありながらショウジは必死で息を取り込み、渇きと喉の痛みに耐えながらそう呟いた。


「監房棟の医務室だ、満身創痍のお前をザクロが運んで来てくれたんだ」


「ありが……とうザク、イ゛ッッ……!!」


身体を起こそうとしたショウジに激痛が走る。

肋骨は折られ、包帯の下は筋繊維がほぼ剥き出しとなっているのだ。擦れるだけでも粗やすりで削られるのと同等かそれ以上の痛みが走る。


「だ、旦那ぁ!動かなくていいよぉ!ザクロが動くからぁ」


ザクロが制止すると彼女の囚人服のポケットからポトリと何かが落ちる。

黒く焼き焦げたそれはザクロがショウジにプレゼントし、アズデカに燃やされた手作りネックレスの残骸であった。


「あ……そ、れ……」


「これぇザクロがあげたネックレスだよぉ。ザクロが来た時にはほぼ燃え尽きててこれしか残って無かったのぉ、ヴィク姉の本もねぇ。でも大丈夫、また旦那に作ってあげるからねぇ」


「本も気にするな。図書室からはした金で買ったものだからな。それに本が無くたってまた私が教えてやる」


二人は本当に気にしていない様子だ。

だが、当の本人はそうでは無かったようだ。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺すか」


「旦那、何か言ったぁ?」


ショウジの呟きは、誰の耳にも届かなかった。


「あ……い、いやなんでも無い。それより……ザクロ、俺の部屋から枕を持って来てくれないか?俺枕が変わると眠れないタイプ……なんだ」


「任せてよぉ♡旦那の為ならひとっ飛びだよぉ♡」


ザクロは豪快な音を立てて医務室の扉を開けると颯爽と駆け抜けていった。

それを見送ったショウジは今度は窓を見ながらモトモトに話しかけた。


「空の暗さ的にもうすぐ自由時間だろ?……獄王派の奴らがまた邪魔しに来るかもしれない。モトモトそろそろ蜘蛛の巣に行ってくれないか?」


「あいよ。……言っとくが俺はお前らの味方じゃねえ、獄王派に詰められたらお前らを売るからな」


「はいはい、それでいいよ」


こうしてモトモトも医務室からいなくなり、ヴィクトルとショウジの二人きりになる。

訪れる沈黙。先に口を開いたのはヴィクトルの方だった。


「で、こんな分かりやすい人払いをして私と何が話したいんだ?」


図星を突かれたショウジは弁明もせず伝えたいことを伝えることにした。


「いや……俺が……死んだら、ザクロと蜘蛛の巣を頼もうと思……」


「二度そんな事を口走るな、いいな?」


ヴィクトルは食い気味に答えた。その顔には怒りが滲み出ている。言い訳は無用だなと感じたショウジはそのまま肯定した。


「あ、ああ……」


「まさかそんな事を伝える為に二人きりにしたんじゃ無いだろうな」


そのまさかだったショウジは、何か話すことはないかと考え考え考え抜いた。考え抜いた後、ショウジはまだ話してなかった身の上話をすることにした


「……少し、俺の話を聞いてもらってもいいか?」


その頼みにヴィクトルはベットの横に置いてあった椅子に座ることで答えた。


「元の世界にいた時、俺は家にずっと引きこもってたどうしようもない奴だったんだ。きっかけははっきりと覚えてない、それぐらいしょうもない理由だったんだと思う。だけどどうしても外への一歩が踏み出せなくて……親にずっと迷惑かけて過ごしてきた」


ショウジは空気の出ない喉を懸命に震わせ、語る。


「どうにかして……親に恩を返してあげたかっ……た。親の知らない間に金を稼いでて……親の知らない間に自立して……て、いつかサプライズみたいに立派になっ……た自分を見せるのを想像してた…………けど、結局俺はなんの才能も無いただの凡人でさ。色んなことに手を出したけど全部上手くいかなくて、苛立って、親を殴ったりもした。最ッ低の息子…だよな。とうとう親も俺を諦めはじめた。それが人生で起こったことの中で一番辛かったよ。正直……今よりも辛い。だから決めたんだ……『次俺を頼ってくれる人がいるなら全力でそれに応えよう』……って」


側にいるヴィクトルの拳が握られる。

異世界に転移し、右も左も分からないままボルガノフに収監されてしまったのに、必死で生き延びようと奮起し、あまつさえ派閥で一定の地位まで築き上げかけた彼の弱い部分。

吐露した想いはヴィクトルの運命に比べれば軽いものだ、それでも16歳の子供にはあまりに重い。


「なあ、ヴィクトル。俺はお前の騎士として……役立ってるか……」


自らを卑下するようなその言い草に彼女は言いようの無い気持ちになって、気づけば彼の頭を抱きしめていた。

彼の言葉を遮り無我夢中で、自身にかけた変身魔法さえ解除してしまう程に。


「当たり前だ!そんなのッ……当たり前よ、片桐ショウジ。私が何度、あなたに救われたか。貴方の言葉と貴方の働きに救われたか。家族も信用出来なくて、部下も自分の手にかけてしまって、一人でボルガノフに来た私から孤独を取り払ってくれたのは貴方だった、私を助けてくれた、私を信用してくれた、私の為に仲間まで連れてきてくれた……そんな貴方が役に立ってるかですって?そんな悲しい質問しないで、昔の私みたいに損得だけで考えないで、ザクロも私も……貴方が好きだから、貴方と一緒にいるの…………」


口調さえ取り繕う事が出来ていなかった。目を赤らめ、鼻声で己の想いを語る彼女。囚人としての『ヴィクトル・ルヴェイン』を忘れ、王族としての『ヴィクトリア・ルヴェイル・カトリーナ』を忘れ、一人の少女『ヴィクトリア』として彼に訴えていた。

優しく抱きしめられている為、ショウジに痛みは無かったが柔らかな物体に顔がムッチリとうずまっているこの状況は耐えられるものでは無かった。

だが、自分の為に涙を流す彼女の優しさに溢れた暖かさを感じた途端そんなことどうでもよくなったショウジはヴィクトルの黄金色に輝く艶やかな髪を撫でた。

かつて母親が自身にしてくれたように。


◆◆◆


「……あの、その……『好き』というのは違って……いや、違わないんだが……ザクロからお前への好意とは別の種類のものでつまり、その……」


ひと段落し、ショウジから身体を離したヴィクトルは自身の言動と行動に顔を紅潮させながら必死に弁解していた。

変身魔法をかけ直した為、美少年が少年に赤らんだ顔を向けながら話し合っているというこの状況をたまたま隅から見てしまったボルガノフ駐在看護師ビエルゥ・ケセメはこの晩、趣味の執筆の筆がとてもよく走ったのだという。この小説が後にカトリーナ王国で三年連続ベストセラーとなるのはまた別の話。


「分かっ……てるよ。そもそも俺とお前は姫様と騎士だぜ?そう言う関係にはなんねえのは知ってる。それよりザクロに……枕はいいからいつも通り蜘蛛の巣で仕事しらって伝えといてくれ、任した。俺は……もう暫く寝てるよ」


「ああ、任された」


そう言ってヴィクトルは医務室への扉へと向かった。


「………………ありがとう」


ヴィクトルが扉を閉める直前にショウジはそう言った。ヴィクトルは微笑みながらドアノブを引き、ドアのすぐ横の壁に寄りかかっていた人物に話しかけた。


「やはり聞いていたか、やけに戻ってくるのが遅いと思ったんだ」


そう言われて暗がりから月明かりへと出てきたのはザクロだった。

右手にはよく研がれた石ナイフが握られている。触れただけでも指が転げ落ちそうだ。


「ねぇ……ヴィク姉。これからどおすんのぉ?ちなみに今からザクロが行くところはもう決まってるんだけどぉ」


前髪に隠れ、ザクロの目は見えない。ただそこから放たれる無尽蔵の殺気は、向けられていない筈のヴィクトルの心臓まで締め付ける。


「ああ、私もだ。そしてザクロと目的地は同じだ。行こうか、獄王派のアジトへ」


「エヘヘヘェ、旦那をあんな目に遭わせといてザクロとヴィク姉が黙ってる訳無いよねぇ」


闇夜に二つの影が消えていく。向かう先はただ一つ。

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