第3話 堕蛇、散歩する
最近、村の周辺で比較的強い魔物である魔猪の目撃情報が出始めたのをトニオは耳にして、夜な夜な村の賢人たちと対策会議をしているのだが、実はトニオの心配は別にあった。
バクがこの地に降り立って三ヶ月が経過し、そろそろ村人達も本当に救世主なのか?と疑い始めたのである。
トニオ自身、バクのことを救世主だなんて思わなくなっていたのだが、彼女との触れ合いの中で、彼女のことを自分の娘の様に思う様になっていた。だから村人から「彼女は本当に救世主なのか?」と問われれば「もちろんだ、しかし今は救世主様は療養中なのだ、そっとしておけ」と言って誤魔化していた。
しかし、魔猪が出てしまった今、村の賢人たちも救世主の力を当てにしている節があり会議中でバクの名前が出ない日は無かった。そうなると療養中という言い訳もするのも辛くなってきて、誤魔化すのも限界になってきていた。
当のバクはというと、少しずつだがトニオに心を開き始めて、皿洗いや部屋の掃除などを手伝うようになり、最近では外に出て散歩するぐらいには行動的になっていた。まぁ、村人から挨拶されても挨拶を返さないらしく、その苦情がトニオにきたのは言うまでもあるまい。
バクの強さがどの程度なのか?それは一緒に住んでいるトニオすら知らないことである。バクの話を聞いたところによると何らかの特殊能力を持っており、それを使って悪事を働いてたようなのだが、悪事を働いたことを悔やんでおり、トニオもその能力とやらを使ったところを見たことが無かった。その特殊能力以外は突出した能力はバクには無いらしく、魔法を使えないということである。
トニオはそんなバクに魔猪の相手をさせるのは危ないと感じざるをえない。魔猪は大きなモノになると体長10メートルを超えて、ベテランの冒険者パーティですら苦戦を強いられる魔物である。そんな魔物に華奢で怖がりのバクが戦える筈はないと、トニオはそう決め込んで、自分の身を挺してでも彼女を守ろうとする決意を固めていた。何なら無謀にも自分一人で魔猪に挑むことすら考える始末である。
そんなある日のこと。
「お爺ちゃん、今日も散歩に行って来るよ」
「バクさん大丈夫ですか?村の外には出ない様にして下さいね」
「うん、分かった」
少しだけニコリと笑い、バクは昼過ぎから外出していく。
トニオが外に出ないように釘を刺したのは、何度かバクは村の外に出て、近くの川のほとりで佇んでいるのを目撃されているからである。あの辺は魔物払いの結界の効果が薄く、普通に強い魔物なら入ってきてしまうのである。ゆえにトニオは魔猪が出たら大変だと村の皆にも注意を促している。
それなのにバクは丸腰で出て行くのだからトニオが心配しないわけが無い。噂によるとトニオが与えた小遣いで武器屋で何かを買った様なのだが、その武器をトニオが見掛けたことは無い。だからトニオは救世主を焚きつけようとする輩の流したデマなのだろうと考えている。
日が沈みかけて夕方になってもバクは帰って来ない。心配で落ち着かないトニオであったが、そんな中、村の若い夫婦がトニオを訪ねてきた。
「五歳になったばかりの息子が帰らないんです‼ど、何処にも居ないんです‼」
涙を流しながら訴えかけてくる婦人。自分の子供を大切に思う気持ちはトニオにも痛いほど分かった。
「分かった。村の者に連絡して勇士を募り、村の外に探し行くことにしよう」
トニオは即座に村に伝令し、屈強な者を選抜し、自身も武器と防具を身に纏って村の外に出た。村長自ら出ることも無いと言うものも居たが、村の子供とバクのことを心配する気持ちの前に居ても立っても居られなかったのである。
「おーい‼何処に居る⁉おーい‼おーい‼」
大きな声で子供を探す村人達、日も完全に沈みかけている。早くしなければ視界も悪くなり探すのが困難になる。と、ここで男の悲鳴が上がった。
「うわあああああああああああああああああ‼」
その声の出所は川の方である。まさか魔猪が出たのかと、トニオはその叫び声の方に我先にと走り始めた。そして着いた先で見た光景は、トニオが考えもしなかった驚くべき光景であった。
まず魔猪は居た。しかも体長10メートルはある大物である。しかしながら、そんな大物が、川のほとりで横たわった状態で泡を吹きながら倒れている。よく見ると首のところを銀の鎖が巻き付いており、その鎖によって窒息したとみられた。
そしてその魔猪の傍らには泣きじゃくる子供と、フーフーと呼吸が荒く棒立ちのバクの姿があったのである。
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