第1話 堕蛇転生
現代とは異なる世界。人々は魔法が使えて、魔物が自然にウヨウヨする異世界がこの物語の舞台である。
この世界の魔物は非常に凶暴で強力な存在ではあったが、人々は剣や魔法でそれに対応、それにより均衡は保たれていた。だが十数年前から魔物達の活動が活発になり、常人では手に負えないレベルの個体も増え、徐々に人々の生活圏内に浸食しつつあった。人々は魔物の存在に怯えつつ、それでも日々の生活を営んでいた。
辺境の村ナスカは、まだ魔物達の問題に比較的に悩まされておらず、村も平凡ではあるものの平和そのものであった。
そんな平和な村で、齢100歳を超える司祭がある予言を出した。
「異世界より救世主来たる‼」
その言葉に村の者は大いに湧いた。
ナスカには救世主伝説があり、数百年に一度、異世界から救世主が現れてこの世界の闇を取り払うのだという。世界が混沌に落ちようとしている中であったので、救世主が現れるのはタイミング的にも合っていたし、遺伝子レベルで村人には救世主伝説が信じられていたので、村ではすぐに祭りの準備が始まった。
この村の村長であるトニオは、村の皆に急かされながら、皆を指示して祭りの準備をし始めたが、あまり乗り気ではなかった。村の農作物も今年は少なかったし、世界が荒れ始めた中、自分達だけ浮かれて良いものかと考えていたのである。
トニオはまだ60歳半ばで、老け顔ではあるが筋肉質のガタイの良い男であり、まだ老齢の人が居る中、自分が村長になるなんて思いもしなかったが、多くの人の推薦で五年前に村長に就任した。自分がなんでそんなことをしないといけないのか?と拗ねる気持ちもあったが、皆の期待を裏切ることは出来ず、この五年間は村の為に尽力してきた。
そのトニオが村で唯一、救世主伝説に対して悲観的な考えだった。異世界からの来訪者が来たとして、その人物一人に全てを任せるのは如何なものだろう?と考えていたのである。人一人に重荷を背負わせて、自分達はのほほんとしているのか?何もしないのか?そう考えると来るかもしれない来訪者が不憫で仕方ない。
トニオの想いを他所にして、祭りの準備は滞りなく行われ、いよいよ当日を迎えることになった。朝から出店が立ち並び、村人が出し物をしたり、大道芸人を呼び寄せて芸をやらせたりして、老若男女問わず祭りは大いに盛り上がった。
こんなにも盛り上がるとは想定していなかったトニオは、厳しい状況だったが祭りをして正解だったなと思う。暗いご時世、祭りで一時の楽しみを経て、村人が活力を取り戻してくれるのなら、村長としてこんなに良いことは無かった。
祭りはいよいよクライマックスになり、救世主召喚の儀が執り行われることになった。とはいえ救世主が今日来るとは限らない。形だけの儀式とトニオは村人に口酸っぱく言い聞かせたのだが、村人は救世主が来ることを信じて疑わない。司祭ですら「この私の命が尽きようとも、救世主をこの地に来させてやるわい」と意気込んでいる。村の熱気が最高潮となり、村長のトニオただ一人だけが客観的に物事を見ていた。
儀式は村の中心にある、四本の大きくて白い柱に囲まれた中の丸い魔法陣で行われる。救世主のお告げが来るまでは、草がぼうぼうに生え、子供達の遊び場に化していたのだが、お告げがあってからは神聖な場所として掃除が行われ、人の立ち入りを禁止されていた。
儀式は至ってシンプルで、魔法陣の前で白いローブに身を包んだ司祭が祈祷を始め、救世主が魔法陣の上に現れるという流れらしい。伝統に沿った流れではあるが、そんなことで救世主が現れるなんてトニオは一つも信じられなかった。信じられないが、村長としての役割はちゃんと果たすことした。
「それで司祭様、儀式をお願いします」
「ふむ、では始めさせてもらう」
そこから司祭の祈禱が始まり、何やら訳の分からない言葉を使ったり、両手を高々と上げて奇声を発したりと、こんなことで救世主が来るのかとトニオだけは疑っていたのだが、他の村の連中は期待に満ちた目で魔法陣の中を見つめている。
10分以上の祈祷が続いた後、トニオはそろそろ祈祷を切り上げさせようと思っていた。だがその時、魔法陣が青白く光り輝き始めた。
「来たぁあああああああああああ‼」
司祭がこれでもかと声を張り上げる。これには流石のトニオも救世主が来るのか?と魔法陣に視線を向けた。そうして魔法陣が一際激しい光を放ち、その光が辺りに広がり村全体が光に包まれた。
「み、みんな大丈夫か⁉」
心配したトニオは大声を上げたが光はすぐに収まった。眩しくて目をつむっていた人々が魔法陣に目を向けると、そこには一人の少女がキョトンとした顔で座って居た。少女を見ると村人は怒号の様な歓声を上げ、村全体が震えているのではと錯覚する程であった。
少女の容姿は、ウェーブがかった緑色の長髪、白い肌、見たことも無い短いスカートの服、極めつけはギョロっとした三白眼であり、トニオはその目を見た時にリザード系やスネーク系の魔物を連想させた。
それにしても華奢そうな少女である。こんな子が本当に救世主なのか?召喚された少女を見ても、トニオは村の中でただ一人だけ半信半疑であった。
「司祭様、彼女が救世主なのですか?」
「トニオ、そんな当たり前の事を聞くな。救世主以外の何に見えるというのだ?ファファファ♪」
ご機嫌そうに笑う司祭。自分が救世主を召喚したのだと得意げな様子だ。まぁ、結果として召喚できているのだから、それも当たり前なのだが。
湧いている村人を見て、少女は体をビクッとさせて怯えている様だった。村長としてトニオは声を掛けに行く。その際に司祭が「失礼の無い様にな」と釘を刺して来たが、そんなことはトニオだって重々承知していた。
「救世主様でございますか?ようこそ、このナスカにいらっしゃいました」
深々と頭を下げるトニオ。しかし少女の反応は薄く、トニオを無視して自分の首をしきりに手で触り始めた。
「首……首が繋がってる……首が」
まるで悪夢でも見た後みたいに顔を青くさせ、コヒューコヒューと過呼吸になり始める。トニオは自分に何か落ち度があったか?と思ったが、今のところ挨拶以外何もしていない。
「あ、あの救世主様?どうし……」
トニオがそこまで言いかけると、少女は「きゃあああああああああああ‼」と雄たけびの様な悲鳴を上げて、その場にうつ伏せに倒れてしまった。
「大変だ‼」
「救世主様が倒れたぞ‼」
ざわめく村人達を尻目に、気絶した少女を抱きかかえるトニオ。彼だけは少女が何かのショックで気絶したことに気付いており、少女の悲し気な寝顔を見ていると、何処か自分まで悲しくなってくるようであった。
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