第6話

その時だった、彼女の右肩が風船のように膨れ上がり、亀裂が走ると同時に破裂音がした。肩はザクロみたいにぱっくりと割れて血が吹き出している。

 先生は振り返り言う。

「再生がうまくいかなかったせいで内出血を起こしたな」

 先生は額に脂汗を垂らしながら、その怪我をした手で道具を取ろうとした。しかし痛みにより手が震えて、道具は無惨にも床に落下したのだった。

「忍横に立て」

 先生は強ばった声で言った。俺は言われた通りに傍らにたった。

 そして先生は真っ直ぐと少女を見据えたまま俺に語りかける。

「お前がここに来るまで何があったのか分からない。今でも俺は警戒をしている。でもお前が必死になってまで言うならできることはしよう、医者としてな」

 そして先生は血まみれの手を差し出し俺に見せる。

「だが今の俺の手じゃ何もできん」

 俺は唾を飲み込んだ。

「忍、お前が止血をするんだ」

「でもどうやって」

「いいか俺の言われた通りするだけでいいんだ」

 *

 俺は先生の言われるがままに行動をした。部屋中から清潔なタオルやガーゼをかき集め、彼女の肩に宛てがうと思いっきり押した。彼女の柔らかい皮膚が手に伝わってくる。あまりにも細い方だった。このまま力をさらに加えたら折れてしまいそうなほどに。

 彼女の鼓動とともにタオルに血が染み込んでくる。じわじわと広がっていき次第に俺の両手に血がべったりと付着していく。

 俺は自分の手を見て酷く動揺を起こした。心臓がバクバクと悲鳴をあげて、脳裏には災禍の出来事が次々とフラッシュバックする。

「呼吸を整えろ、お前は何も考えるな」

 先生が隣で優しく語りかけるが、そんなのは無理だ。

 頭が勝手に思考を巡らせてしまうのだから。

 瓦礫の隙間から救いを求める腕が無数に蠢いている情景を思い出した。

 酸っぱいものが込み上げて来そうになるが堪える。

 彼女の腕からはとめどなく血が流れ続け止まらない。タオルがビシャビシャになる度に何度も何度もガーゼを当て替え、先生の指示を受けながら処置を続けた。

 ようやく出血が収まると次に先生は言った。

 「いいか次は止血帯で血を止めろ。この娘の再生力ならいくら止めても壊死することは無い思いっきりやれ」

 先生がそう告げる。彼の真剣な眼差しに俺は震え出しそうな手を押さえ込み、止血帯を手に取った。

 彼女の肩に止血帯を巻き付ける。彼女の肩はあまりにも細く、巻き付けた帯が多く余った。

 俺は少しだけ息を吐いたあと、思いっきり止血帯を締め上げた。ギチギチと帯が唸る音がこの部屋中に響いた。

 少女は声をあげ、その表情には苦痛の色で染まりきっている。顔中に汗が吹き出ていて、その顔を見た俺の心がぐらついた。拳に力が入らず、止血帯が緩んだ。それと同時に血が吹き出す。

「本当に助けたいなら、覚悟をしろ」

 先生のその言葉に俺は意を決して再び止血帯を締め上げた。彼女の肩に止血帯が食込み、形が変わっていく。それと同時に帯を握りしめる俺の手からは血が滲み出た。掌がものすごく痛む。でもそんなのに比べたら彼女の方がもっと辛いはずだろう。

 俺は自分自身に彼女を決して死なせはしないと言い聞かせながら、手を緩めなかった。

 それは水の底に沈んでいく手を必死に掬いあげるかのようなものだった。

 どだけ深く沈みこんでも、諦め悪く伸ばし続ける。

 あの時とは違う、そんな思いで俺は止血帯を握りしめていた。

 

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