21章 コレットの叫び
エリスたちの活動によって、女性たちの生活は徐々に改善されつつあった。売春をしなくても許可証を買えるだけの収入を得られるようになり、街の中で胸を張って歩ける女性たちの姿が増えてきた。だが、その裏では、新たな問題が静かに膨れ上がっていた。
男性たちの中には、売春宿で気軽に楽しむことも、咲き誇る乙女での処罰を観ることもできなくなったことに不満を抱く者が増えていた。彼らの鬱憤は、街のあちこちで小さな溜息や愚痴として漏れ始めていたが、次第に不穏な空気を帯び始めた。
「最近、全然つまらなくなったよな……。」
酒場の一角、薄暗いランプの明かりの下で男たちが集まって杯を傾けていた。
「まったくだ。あいつら、急に高慢ちきになりやがって。」
「許可証とかいう紙切れを振りかざして、俺たちを見下してるんじゃないのか?」
「おとなしくノーブラで歩いてた頃の方が、よっぽど気楽でいい時代だったよな。」
男たちは荒れた口調で笑い合いながらも、その目には苛立ちと虚無感が入り混じっていた。一方で、酒場の隅で耳を傾けていた若い男が低い声で呟いた。
「でもさ、どうしてもって言うなら、俺たちが……無理やり思い出させてやるしかないんじゃないか?」
その言葉に周囲の男たちは一瞬顔を見合わせ、やがて苦笑しながら杯を持ち上げた。その場の冗談とも取れる会話だったが、彼らの心の中には危険な芽が確実に根を下ろしていた。
そして、ついにそれが現実となる事件が起こった。
ある日、街の隅で若い女性が複数の男たちに囲まれていた。日が傾き始めた路地裏には誰も近づかず、彼女の助けを求める叫びが虚しく響いていた。
「お願い、やめて!」
女性は必死に身をよじって逃れようとしたが、男たちは笑いながらその腕を掴んで押さえつけた。
「大丈夫だって。ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだよ。」
「ここじゃまずいから、いい場所がある。」
彼女は震える声で再び叫んだ。
「助けて!誰か……!」
だが、路地を通りかかった人々はその場を見て見ぬふりをし、足早に去って行った。助けに入る勇気のある者は一人もいなかった。
「ほら、行くぞ。」
男たちは彼女を無理やり引きずるようにして歩き出した。女性は必死に抵抗しようとしたが、腕を掴む男たちの力に逆らうことはできなかった。
「やめて、お願いだからやめて!」
彼女の悲痛な叫びが路地に響き渡る中、男たちは顔をしかめる素振りもなく、目的地へと足を進めていく。やがて、目の前に安息所の重々しい扉が現れた。扉にはかつて教会が付けた「安息所」という銘板が掲げられているものの、その名前が意味するものとは程遠い場所となっていた。
扉を押し開けると、薄暗い廊下が続いていた。壁には粗末なランプが灯され、かすかな明かりが影を揺らしている。その光景はどこか冷たく、圧迫感を伴う静けさが漂っていた。
「ほら、早く歩け。」
男たちは女性を押し進めるようにして廊下を進み、やがて一つの部屋の前で足を止めた。
「ここでいいだろう。」
一人の男が無造作にドアを開けた。その部屋は狭く、粗末なベッドと簡素な椅子が一つ置かれているだけだった。部屋の隅には大きな桶が置かれており、その中には澄んだ水が張られている。まるで、ここで行われる「仕事」のために準備されたかのような部屋だった。
「お願い……やめて……。」
女性はかすれた声で懇願したが、男たちはその言葉を無視し、彼女を部屋の中へと押し込んだ。
「さて、楽しませてもらおうか。」
部屋の中に響いた男の低い声に、女性の肩が震えた。彼女は逃げるように後ずさりしたが、背中が壁にぶつかり、それ以上下がることはできなかった。
外では、廊下に響く足音が徐々に遠ざかり、扉が閉じる音が静寂の中に響いた。その音が、女性にとっての最後の希望が閉ざされた瞬間を告げるように感じられた。
数日後、街の広場で別の女性が取り囲まれる事件が発生した。今回の標的はコレットだった。
「やめてよ!私は何も悪いことなんてしていないの!」
コレットは必死に叫びながら身を捩ったが、男たちは笑いながら彼女を囲い込んで動きを封じた。
「おいおい、悪いこと?俺たちに楽しませないのが悪いことなんだよ。」
「許可証なんて持ってても意味ねえだろ。さっさと観念しな。」
周囲の人々はその様子に気づいていたが、誰も助けに入ろうとはしなかった。彼らの目には恐怖と諦めの色が浮かび、立ち止まることすらせずに歩き去っていった。
その様子を遠くから目撃していた一人の女性が、震える手で胸を押さえながらエリスの店へと駆け込んだ。
「大変!コレットが……安息所に連れて行かれた!」
彼女の切迫した声が、店内に響き渡った。話を聞いたエリスと女性たちはその場に凍りつき、誰もが次の言葉を失った。しかし、その沈黙の中で、エリスの瞳には怒りの炎が灯り始めていた。
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